こんなもの要らない

【投稿原文 こんなもの要らない】

コルクボードにはAとの写真が並んでいる。全て屈託の無い笑顔で写っていた。しかしAとそんな写真を撮る事はもう無い。Aに恋人が出来たからだ。私が誰よりもAを愛し理解していたのに。それがAの答えだった。
「こんなもの要らない」
そう何度叫ぼうと私がこの写真を棄てられる日は来なかった。



【改定 こんなもの要らない】

 写真を撮るのが趣味だった。
 別に一眼レフを構えたり三脚を立てたりとか、本格的な事はしなかったけれど、携帯電話のカメラで事ある事に記念の写真を撮るのが好きだった。そうして、気に入った写真をプリントアウトして、部屋の壁いっぱいを占めているコルクボードに飾るのが楽しかった。
 就学旅行先の京都の鹿苑寺。高校の卒業旅行で行った遊園地。夏の湘南。美しい風景を背にした写真は、色々な所に行った証明でもあった。でも一等好きなのは、非日常の中で夢心地ではしゃぐ人の顔だった。
 そんな写真の中で共通する被写体は、幼馴染のAだ。Aは幼馴染だから、私が写真の魅力に取りつかれた時からずっと良い被写体だった。高校がいっしょだから修学旅行も卒業旅行も一緒だったし、家が近いから近所の納涼祭の二人で行った。初詣だって朝から二人で電車に乗って行った。個人旅行も海水浴も、殆どの時が一緒だった。どの写真もAは白い歯を見せて快活に笑っている。よくピースサインでポーズをとるAの、反り返った指があどけなくてお気に入りだった。私がカメラを向ける事が好きなように、Aもまたカメラを向けられる事が好きだった。
 そんなAだから、私はピントを合わせ続けたのかもしれない。Aの溌剌とした笑みを少しでも多く記録していたかった。もしかすると、私の趣味は写真撮影ではなくて、カメラ越しにAと眼を合わせ、Aの姿を保存する事だったのかもしれない。

 サークルこそ違うけれど大学も一緒で、腐れ縁と揶揄されながらも私達は良好な関係を維持する。その筈だった。

 昨日、珍しくカメラを起動させる前に写真を撮ってとせびったAは、他人の肩を抱いていた。友人にするそれよりも遥かに親密さが窺える動作で、自分たちの幸福な姿を収めてくれと笑っていた。私に恋人とのツーショットを取ってほしいと言った。
 暫く返事が出来ない程に呆然とした。そして気付いた。私はAが好きだった。被写体として以上に、Aという存在そのものに対して愛着があったのだ。恋人を紹介された瞬間に気付くなんて、間抜けそのものだった。抜け殻みたいな気持ちで写真を撮った。構図もポーズも何も考えず、虚無感の中でシャッターを切ったのは初めてだった。

 かくして最低の写真が出来上がった。
 その写真の中のAは、今までで一番の笑顔だったからだ。私が過去に撮ってきたどんな写真にも映っていない、多幸感に満ちていて優しい笑み。私は今まで何にピントを合わせていたのだろうと考えなくてはいけないくらい、私の過去を否定する写真だった。
 どんな言葉をかけたらAから自然な笑みを引き出せるのかも、良く知っていた筈だった。観察と記録の反復で、彫が深くて影が出来やすいAの顔が最も映える角度も、健康的に日焼けしたAに似合う色味も、私が一番よく知っていた。それ以外の事も、家族以外の誰よりも近くで、誰よりも長い時間を共にした、私が一番Aを知っている。お気に入りのアニメーションのキャラクター、よく選ぶ色、よく買う雑誌、繰り返し視聴する映画。集中したい時に聞く音楽。嫌いな芸能人の特に気にくわないところ。最初に靴を履く方の脚。機嫌がいい時に口遊む歌のリズムのズレ方。頭が左右にぶれる歩き方。好きなバーベキューの具。好きなアイドル。好きなタイプの人……
 それなのに、紹介された恋人は、好きだと言っていたタイプとは少しズレていた。恋人の趣味なのか、普段は全く選ばない色のアクセサリーを付けていた。何も声をかけなくても、これ以上無い笑みでカメラを見ていた。その、蕩けそうな笑み。私の知らない表情。
 私の知らないA。


 今更Aが好きだったなどと、どの口が言えるのだろう。私はAを誰よりも知っている。私はAの最大の理解者で、幼馴染で、それだけだ。どう足掻いても、それだけでしかないのだ。私の知らない顔をしたAが、その事実を突き付けていた。それがAの答えに他ならない。

 それから、写真を撮るのを止めた。急に何もかもが無意味になってしまった。
 卒業旅行で行った遊園地は、今は更地だ。鹿苑寺だって本物はとうに焼失していて何を有り難がっているのか分かりやしない。まるで肖像権まで私の手中にあったかのように思われたAは、赤の他人の腕の中。
 写真なんて過去の遺物でしかなくて、まやかしなのだ。そう思ってしまったら、嫌に虚しくなって、写真を飾るのが馬鹿馬鹿しくなった。部屋の壁いっぱいを占めているコルクボードに、写真が増える事はもうない。

 「こんなもの、要らない」
何度目だろうか。コルクボードの写真を剥ぎ取って、そう叫ぶのは。
 まやかしだ、過去の遺物だ。紙ペラに収めたところで手に入りはしないのだから、虚しいだけだ。そう分かっている。だから捨ててしまいたい。
 けれど、この写真を見る度にAの快活な笑顔への執着が湧くのだ。写真を棄てようと手にとっては戻しての繰り返しだった。


とうとう、私がこの写真を棄てられる日は来なかった。



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