新居

 引っ越して初めての正月。二人で迎える初めてのイベント事だとはしゃいでいた青葉だが、二日目には正月番組を見ながら自堕落に過ごす以外に別段やることも無くて若干の消化不良に陥っている。引っ越しの荷解きやその包みの始末で忙しかった年末の反動だろうか。
「初詣行くか」
ソファに凭れていた青葉が前後左右に身体を揺すり退屈をアピールし始めたので、いい加減正月らしい事をしようと提案する。初詣の経験が無い青葉はよく分かっていない顔をしたが、テレビを切ってソファから立ち上がった。
「参拝デート?」
概ね合っているので訂正せず、出店もあるぞと返した。機嫌が急上昇した青葉がいそいそと外に出る準備を始める。


 片手に唐揚げの入った紙コップを持った青葉がむくれる。神社の敷地内にずらりと並んだら出店に興奮していたのも最初の数分で、こんなに人が居ると思わなかったと嘆いてしまった。これでも元旦より人が少なくなった方なのだが、青葉にそんな事情は分からない。御機嫌取りに唐揚げを買ってみたが、あまり効果は無い。青葉が砂利を蹴って不満を吐露する。
「これじゃ手が繋げないじゃん」
デートのつもりで来たのに人の眼が気になってデートらしい事を出来ない事が不満だったらしい。不機嫌になった理由に拍子抜けする。
「繋げば良いだろ」
ポケットから手を出して唐揚げを持っていない方の手を取る。青葉は人の眼を気にして挙動不審な動きをするが、手を掴み返す力は強い。後ろ指差されようと、青葉が楽しいと感じる方が大事だ。と言うよりも、仲の良過ぎる親子に見えるのではないかと思う。それはそれで悲しいけれど。
 それから昼食も兼ねて焼き蕎麦とフライドポテトを買った。食べたのは殆ど青葉で、粗食だったあの頃が嘘のようだ。少年院の食事量は多いらしく、胃袋がそれに慣れてしまったのだと言う。道理で背が伸びる訳だと感心しながら、俺もポテトを摘まむ。骨は細いが人並みに背が伸びて肉が付いた青葉は、甘いルックスも相俟って人目を引く容姿だ。そんな彼が俺と手を繋げないだけで拗ねてしまうなんて、少し気分が良い。

 先程まで人懐こそうな垂れ眼を細めて家内安全を祈祷しようねなんて言っていた青葉の手がするりと離れる。どうしたものかと見やれば、青葉は気不味そうに前方を指差す。指の先には御守りや破魔矢を売る授与所があった。そこで働く巫女の衣装に身を包んだ女性には俺も見覚えがある。去年の彼女の成人式以来だが俺が見間違える筈も無い、娘だった。バイトに違いないが、黒い髪と切れ長の眼は和装に合っていて中々板に付いている。冷蔵庫に幼い娘の写真と一緒に成人式を迎えた娘の写真を貼っているので、青葉が彼女に気付く事が出来たのだろう。青葉はどう振る舞って良いのか分からないという顔をしている。彼はもう未成年ではないし俺も独身だし咎められる謂れは何一つ無いのだが、娘に彼女と同じ年の男に骨抜きにされている姿を見せるのに抵抗が無いと言えば嘘になる。それを青葉は察してしまっている。
「明けましておめでとう、お父さん」
此方が戸惑っている内に、向こうからやって来てしまった。逃げ遅れた青葉が掃除機を前にした猫のように固まっている。バイト仲間が気を利かせて時間を作ってくれたらしい。授与所で娘と同じような格好をした女性が悪戯っぽく手を振っているのが見えた。娘と会うのは大学入学の報告を受けた時と成人式以来だ。取り敢えず新年の挨拶を交わすがその後の世間話は用意していない。御年玉をやろうかと財布を開くが、そんな歳ではないのだと娘に止められる。娘とは昔ほど刺々しい関係ではなくなったものの、共通の話題も無ければ世話を焼いてやるような歳でもなくなく、いつもどう接するべきか分かりかねる。
「彼氏がさ、どうしてもお父さんに挨拶したいって言うんだよね」
だから都合の良い日を教えて、と続く娘の言葉に開いた口が塞がらない。彼氏。娘の言葉を反芻する。親に挨拶をするという事は結婚まで考えているのだろうか。大学で知り合ったとか今年で付き合って二年になるとか律儀で生真面目だとか惚気八割の紹介が続くが頭に入ってこない。そうか、なんて曖昧な返答をするのがやっとだ。
「で、そちらは?」
娘が青葉を見遣る。元々女嫌いで人見知りがちな青葉は俺の身内に挨拶せねばならない緊張も相俟って硬直したまま視線を彼方此方に巡らせている。こういう時は自分から名乗るべきだと気付いた娘が自己紹介を始めてしまえば、完全に退路は断たれた。
「えっと、誠嗣サン……柏田さんに、お世話になっている者です」
青葉がぎこちなく会釈をする。完全に挙動不審である。娘ももう大きいので打ち明けても良いのではないかと思ったが、それより早く青葉が喋りだした。
「少年Xの件で、お世話になりました」
よりによって自分の前歴を告白しだした青葉に、娘が瞠目している。少年Xといえば通じてしまうのが、彼が起こした事件の恐ろしいところだ。俺が少年Xに出頭するよう説得したというのは公の事実であり娘も知るところだが、まさか対面するとは思ってもみなかっただろう。尤も、娘と彼は一度マンション前で鉢合わせてはいるのだが。
「貴方が?」
訝しんで此方を伺う娘に頷いてやる。
「はい。柏田さんは僕の恩人です」
平時の柔和な表情を隠して審査の受け答えでもしているかのような硬さで答える青葉。一人称を僕と言っている青葉は初めて見た。嘘は吐いていないというのに、他人行儀な響きを感じる。
「と言う訳で今は同居してる」
そう言葉を引き継いでみる。僕はお世話になれる親族が居ないので、と言い訳がましく補足する青葉。
 事件から随分経つが一応青葉の事は口外するなと約束して、娘とは別れた。家内安全を祈祷して家路に就く。昔は甘酒が無料で配布されていたのに、いつの間にか有料になっていた。境内を出た後はもう一度手を繋ぎ直した。青葉の力は強くて、握り返された手が痛い程だった。はぐれまいとする子供よのうな仕種だった。

 不安になるならば、無理に他人行儀に振る舞う必要なんて無かったのに。青葉は健気だけれど、その根底には遠慮が有った。では、遠慮しなくてはと感じさせてしまう原因は何か。青葉の自己肯定感の希薄さか、俺に対する信頼の乏しさか。何れにせよ、俺は青葉に後ろ暗い思いをさせてしまっている。じゃあ俺はどうしたら良いんだ、なんて聞いても青葉は困った顔をしてお茶を濁した。


 その夜、異様な重圧で目が覚めた。人の顔が暗闇に浮かんでいるのが見えたので一瞬金縛りかと勘繰ったが、青葉だった。二人暮らしを想定した家なので勿論彼の部屋もベッドも有る筈だが、深夜に俺の部屋に忍び込んで眠っていた俺の身体に跨った青葉が退く様子は無い。
「コミュニケーションが足りてないと思うんだよね、圧倒的に」
倒置法で告げたそれは俺の質問への答えだろうか。じゃあ一緒に寝ようかと提案して布団に招き入れようとしたが、青葉は違うのだと首を振った。
「誠嗣サンさ、俺の事本当に好きなんだよね?」
愚問だと首肯しても青葉は切羽詰まった顔で首を振る。嘘だ、と小さく呟いた青葉は勢い良く寝間着を脱いだ。眉はハの字で、鼻の頭が赤い。泣きそうだ。
「好きな相手と一つ屋根の下で、何で手ぇ出して来ないわけ?」
どんな朴念仁だ、さもなくばインポか、背が伸びて男らしくなってしまったのが気に食わないのか、恋慕じゃなくて親愛でしかないのか。そう詰ってくる勢いに、思わずたじろぐ。俺が彼に興奮しない訳が無いのだ。いい歳した大人が性欲に振り回されてどうする、と弁解すれば子供扱いしていると噛み付かれる。俺は誠嗣サンの子供じゃない、なんて分かり切っている事だと思っていたのに青葉は随分思い詰めていたようだ。
「……嫌じゃないのか。手を出しても」
股を開く事でしか評価されなかった青葉が、俺相手にもそれが必要なのだと思ってほしくなかった。そもそも、幾人もの身勝手な大人達に悪戯に身体を開かれてきた彼の過去を思えば、トラウマになっていても可笑しくはないのだ。なんて、気遣っていたつもりが逆に彼を苦しめていた。結局は彼に拒絶されて傷付くのが恐ろしかったのかもしれない。本当に俺はどうしようもない朴念仁だ。
「ね、触って」
俺の手を取って唇に導く青葉。腰が揺れている。俺の指を青葉の舌が這う。暗闇で色彩が損なわれているが、その舌が美味しそうな赤色だと俺は知っている。その舌を吸うと彼はとてつもなく甘美な吐息を漏らすという事も。
 青葉を布団の中に引きずり込んで、その身体をまさぐる。脱毛された彼の身体は何処までも滑らかで、眩暈がした。寝間着はベッドの隅に押しやって、脚を絡めながら性器を擦り合わせる。やはり彼の性器の周囲も毛は生えていなくて、それが育ち切った男性器とは不似合で倒錯的だ。変な性癖を植え付けられていきそうだ。青葉の薄くて長い掌が性器を包み込んでくる。冬だからか彼の指先は若干冷えていて心地良い。半開きの唇が煽情的で、何度もキスをする。
「お尻も触って……俺、お尻弄らないと、イけない……」
青葉がもどかしそうに頭を振りながら強請った。刺激的な告白と共に指を彼の肛門に導かれた。そこは既に綻んでいて、滑りを帯びている。風呂に入った時に自分で準備したのだと明かす青葉。用意の良さに呆れるよりも興奮した。望み通り尻に指を突っ込んでやれば青葉は面白い程反応した。青葉のぴんと立った性器がとろとろと先走りを零す。それはまあまあ長くて、無用の長物なんて言葉が浮かんだ。俺が見たり触ったりすると楽しいので無用という訳ではないが。
「シックスナインにしようか」
青葉は肛門を掻き回される快感を追うのに必死で、両手でシーツを掴んで悶えている。俺の性器が放置されてしまっているのだ。互いが触り合える態勢を取ろうと提案する。
「ううん、入れて……もう、おチンチン入れてほしい」
朽葉色の瞳を生理的な涙で潤ませて甘えた声で強請る青葉。長い脚を絡ませて腰を擦り付けてくる。甘美な誘惑に頷きかけるが、精神力を総動員して散り散りになった理性を回収する。ゴムが無いのだ。そう伝えると青葉はいそいそとベッドの隅に押しやっていた寝間着を回収してそのポケットを漁ってゴムを出した。数日前にこっそりと購入したのだと羞恥で俯いたまま明かす青葉。己の甲斐性の無さを申し訳無く思うが、今すべきは反省ではない。恥ずかしさで震える青葉を抱きしめて顔中にキスを降らせる。その間にゴムを付けて、鼻にかかった声で俺の名を繰り返し呼ぶ青葉の泥濘んだそこに自身を当て行う。
「あっせいじさ、あっ……あ、あぁっ」
青葉の脚が攣ってしまいそうな程ビンと伸びる。まだ入れただけだが青葉は達してしまった。早く短い呼吸を繰り返す青葉は陸に打ち上げられた魚のようで酷く儚くて、欲情を誘う。荒い呼吸のままもっと頂戴と健気に乞うので、此方も律動を刻み始める。青葉の両腕が縋るように背中に回る。爪を立てて良いと言えば、青葉は蕩けた顔で笑った。
 肉と肉がぶつかる音と、荒い息。青葉の最早意味を成さない喘ぎ声。ベッドのスプリングが軋む。耳から侵入した情報がより官能を掻き立てて、結果音は激しさを増していく。今までで一番近くに居るのに、それでもまだ互いを欲して名前を呼び合った。
「せい、じ、さっ……すき、すきっすきだから……」

 青葉は俺が二回果てるまでに幾度も精を放っていて、まだ新しいシーツが酷い有り様だった。外は雪が降っていて洗濯しても乾きそうにないが、青葉の部屋の布団は無事なので問題は無い。
 今回は青葉に不本意な恥を沢山かかせてしまったので、二箱目のゴムは俺が買いに行こうと決めた。青葉が買った分は早々に使い切ってしまうに違いないのだから。



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