架空卒業試験ナツメ編

 性奴隷を養成する学園にも、卒業試験はある。
 卒業式の日に貰う卒業証書が奴隷の品質を保証し、その品質の保証された奴隷を輩出する事こそが学園の功績となるのである。然るに、生徒達は卒業が認められて初めて、一人前の奴隷として主人に正式に所有されることになるのだ。
 仮に卒業試験に合格できずとも、主人がもう一年分学費を払う事を許せば、留年という手段で学園に留まる事が許される。しかしそれは極めて稀有なケースであり、主人がいない状態で三年という学園に在籍できる期間を過ぎた生徒は、卒業とは別の区分で学園を去ることになる。


 二月末。卒業の資格を持つ生徒が中庭に集められ、卒業の可否を決める為の試験が行われようとしていた。
 生徒達はスカーフとセーラーの襟だけの上半身に、少しでも屈めば尻が丸出しになりかねない短すぎるプリーツスカートといういつもの破廉恥極まる制服であった。彼等は揃って、三年生であることを示す藍色のスカーフをしていた。

 学園の定める卒業の条件とは、ただ三つ。
 一、学園で三年間、性の奴隷としての礼儀作法を学びその精神を涵養されていること。
 二、主人に忠誠を誓い、主人も卒業を認めていること。
 三、主人への忠誠心と奴隷の精神を証明する為のテストに合格すること。

 つまり実質的に求められているのは、服従ただ一つ。
 命令とあらば、如何なる辱めもにも悦びを以てこなせる淫乱か。如何なる状況でも主人を裏切らない鉄の理性を持っているか。それを主人に代わって確かめるのが卒業試験なのである。

 しかし、確立した自我がある程、教養を深めた程、矜持を持っている程、それをパスするのは難しいものとなる。
 まして、学園に在籍する生徒の多くは、望んで人以下の身分になった者ではない。その美貌あるいは才能故にある日突然誘拐されてきた者、親に売られた者、自身あるいは誰かの連帯保証人として借金の返済に充てられた者。これらが圧倒的である。

 誰が好き好んで、自らを貶める者への忠義など示そうか。
 一見、そんな反骨精神が頭をもたげるのも無理からぬ話であったが、中庭に集められた生徒達の表情は皆押並べて真剣だ。

 彼等は三年以上受けた教育の中で、そう躾けられているのだ。
 彼等が教鞭の痛みと共に植え付けられたのは、屈従の悦びと、反抗への恐怖。殊に、後者はどんな生徒にも覿面に効いていた。
 取り分け生徒達が恐れるのは、主人に見放されることだ。
 主人がいない状態で卒業の日を過ぎた生徒の末路は多様であるが、生徒達は学園のカリキュラムによって二年次の研修でその進路の一部を必ず目にする機会を作られている。そこで彼等は、生徒達は四肢を切り落とされて娯楽施設の備品にされる者、素手で殺し合う様を見世物にされる者、屠殺されて出荷される者等の悲嘆と絶望を知る。そして、今の特定の主人に庇護されている立場が如何に恵まれているかを悟る。愛玩される身である事の幸福を噛み締める。
 そんな訳で、彼等は主人に失望されまいと必死なのだ。


 中庭に集められた生徒の一人であるナツメは、緊張でじっとりと掌を濡らしていた。
 彼は、主人の荻生とは僅か数か月の付き合いしかなかった。その上、二年生の生徒たるアキオとの多頭飼いである。まず試験に不合格であれば、留年はさせずに放すであろうと予想できていた。
 元々、彼は中学生の時分に誘拐され、この世界に連れられてきた少年である。誘拐を指示した者は主人として長らくナツメの身体を好きにしていたが、今年の夏に破産し、ナツメを手放した。幸いにも主人不在の期間は短く、秋には荻生が彼を買っているが、ナツメの脳裏に刻まれた不安と恐怖は大きい。

 ナツメは万が一にも不合格になどならないよう、この日の為に訓練を積んできた。
 試験の内容は生徒一人一人によって異なる上、教員はそれを漏洩するなど絶対にしないが、OBはその限りではない。留年した生徒や、主人を同じくする奴隷仲間の内に既に卒業している者の居る生徒を経由して情報を集め、どうにか傾向を掴んだ。曰く、受験する生徒が苦手としている事やその主人の性的嗜好に沿ったものが課題になり易いという。
 例えば、昨年度に卒業した生徒は、痒み責めに弱い傾向にあった所為か、摺り下ろした自然薯の汁を自ら直腸と膀胱に注いで気の狂う程の痒みと痛みを味わう事を所定の回数繰り返す事を課題にされていた。
 あるいは、数年前に卒業した生徒によれば、学外のまるで知らぬ土地に連れ出され、裸で歩いて見知らぬ男を誘惑しなければならなかったらしい。その後に、主人が奴隷を寝取られる背徳に酔う気質だと知ったとも言っていた。

 それらの情報を鑑みて、ナツメは年明けから自身の尿道を拡張し、犬との交合に励んできた。
 尿道は主人に弄ばれる事の多い箇所であり、ナツメ自身もそこを穿たれると弱い自覚があった。犬に関しては、主人が別宅で飼っており、主人を同じくするアキオが罰として尿道を塞がれたまま複数の犬に犯された事があったと教えてくれたのだ。
 自主的な訓練を経て、今のナツメはどんな大型犬でも臆さず受け入れる事ができ、尿道には自らの小指くらいなら入るようになっていた。
 ナツメは堅実で真面目な男だった。完璧主義のきらいすらあった。

 だからナツメは、教員に自身の試験会場が学園の外だと告げられた時、一層の不安を感じた。

 学園の敷地内であれは、庭も運動場も一見は屋外に見えようと人工の空に覆われた屋内である。
 学生の逃走を許さない為であり、部外者からの発見を防ぐ為だ。生徒達が外に出られるのは、主人の要請あるいは許可を得て主人の元へ行く時。それも目隠しをして、輸送車から降ろされる僅か一瞬だけだ。
 つまり彼等生徒の誰しもが、本当の野外でその身体を晒した事など無いのである。
 勿論、ナツメにが屋外で試験の練習をする余地など無かった。


 教員は、野外での受験者だけを呼び出して並び直させると、制服のスカートを捲って尻を突き出すよう指示した。
「今から直腸に課題を指定した用紙を配布する。各々の試験会場に到着してから、排泄して確認するように」
教員の手には、人数分の有線ローターに似た紐の付いたプラスチックがあった。ショッキングピンクの色をした楕円形は半透明で、よく見ればカプセルトイのように中身が入っており、それに課題が記されているのだと分かった。楕円形から伸びる紐には受験者の学籍に対応した受験番号がタグとして付いており、一人一人の課題が異なるという伝聞が真実であった事を伺わせた。

 生徒達は極めて従順にプリーツスカートを捲ると、一人ずつ尻の穴で課題を受け取っていく。
 尻から紐だけが出た姿になるのは滑稽だが、此処にはこれしきで抵抗を示す程に初心な者はいない。当たり前のように直腸の洗浄も済ませており、尻から出た紐をソックスに留めて固定する所作も実に手慣れていた。

 ナツメも、学校指定の薄い上にやたら伸びるショーツをずらされる感覚に小さく息を詰めたものの、大人しく課題を受け取った。
 教員の指は事務的な所作でありながら、男に媚びる事を覚えた媚肉を掻き分け、的確に前立腺に押し当るよう異物を埋めていった。それだけで、ショーツの中のペニスがじんわりと熱を持つ。三年もこの学園で調教を受けていれば、本来は受け入れるようにできていない排泄用の穴も、男性器以上に快楽を教授する器官になり果てていた。
 それは周囲の受験者も同様で、この時点で勃起したペニスがスカートを持ち上げている者も少なくなかった。

 全員に課題が渡ると、教員は生徒達を駐車場へと歩かせた。
 歩く度に性感を刺激されて、ナツメのペニスは益々上を向く。白いショーツがカウパーで濡れるのは早かった。それでも、よく訓練された彼等は我慢も徹底的に仕込まれており、欲情に頬を染め膝を震わせながらも、誰一人として歩みを止める者はなかった。
「呼ばれた者からバスに乗れ。同乗する教員と運転手の指示に従って座れ」
駐車場には二台のバスが止まっていた。どちらも夜行バスのようなラッピングで、窓にはポップな柄の遮光カーテンが備わっている。だが、愛想が良いのは外見だけで、その外観は生徒を乗せて学園の外を走行するにあたって一般人に生徒達を見せない為の措置である。バスの機能は護送車の方が近い事を生徒達は暗黙の裡に察していた。
「3B10、ユハン。3B16、サツキ。3B19、ナツメ。」
教員が学籍番号順に名前を呼んでいく。ナツメは、二台目のバスの奥の方に座らされた。

 否、座るというには些かの語弊があった。
 生徒のスペースは檻で区切られて互いに接触できないようにされている上、教員が座席と呼ぶ物は床から生えたディルド付きの棒に過ぎなかった。生徒達はバスの天井に設置されたフックに通した縄で吊られ、足の先が僅かに床に付くだけの状態でディルドを食まされる。
「まだ卒業前の貴様等は、一人前の奴隷とは言えん。チャイルドシートは必要だろう」
同乗する教員は、よりによって最も生徒に厳しい生徒指導兼体育主任の鬼頭だった。彼は慣れた手付きでナツメを吊ると、脚を持ち上げてアナルにディルドを咥えさせた。既に直腸に居座っているカプセルが、ディルドに押し上げられて、腸壁を嬲りながら奥へと移動する。ディルドに備わった凹凸は、容赦無く悦い部分を抉るよう押し当たる。迂闊に脚を曲げれば床から足が離れ、全体重がその接合部にかかって益々ナツメを苛んだ。
 大人しくしていても、バスのエンジンが掛かれば床の振動に合わせてアナルが掘削される。逃げるどころか、周囲に気を配る余裕すらも削ぐ設備であった。

 これから始まる試験の事を思えば体力を温存しておきたい。そんな打算を嘲笑うかのように、受験者達を乗せたバスは出発した。
 まだ学園の敷地を出ない内に、連日の訓練で拡張されやや緩くなったナツメの尿道から、トロリと力無く精が漏れていた。


.


 昼を迎えた頃、バスが停止し、前方に繋がれていた生徒に声がかかった。
「3B10、ユハン。貴様の試験会場はこの駅から始まる。コートを着て降りろ」
鬼頭は、エキゾチックな顔立ちの少年の縄を解くと、コートを肩に被せた。ユハンと呼ばれた彼は、平時なら涼やかに見えるであろう切れ長の眼に涙を溜めて、どうにか自分でディルドを抜くと壁に手をつきながらよろよろと降車口へと歩いていく。
「あー、理解。露出プレイってワケ。おてんとさんの明るいことで。コレ俺が捕まったらどうなるんですか? もし警察に捕まったら、口封じに拘留所で消されるヤツでしょ?」
異邦の顔立ちと名前に反して流暢な日本語で悪態を吐いたユハンを、鬼頭が蹴り飛ばすようにしてバスから追い出す。
「概ねそんな感じだ。主人のコネクション次第では隠蔽できるかもしれんが期待するな」
降車口が開いた際にちらりと見えた景色から、ナツメはそこが日本であり、結構な都会である事を察した。込み上げたのは懐かしさではなく、母国がこの学園という社会秩序に背いた存在をのさばらせていることへの絶望くらいであった。

 改めて、学園は異常な組織であると身につまされる。
 その学園を支援ないし利用する者もまた異常なのだと、ナツメは自身の主人の恐ろしさと悍ましさを感じて身を竦ませた。バス内の生徒も、試験に慄いてざわめきはじめる。
 降車口から近い者からバスを降りるとすれば、手前に居る生徒達も明るい中で娑婆に放たれるだろう。それも、コートの下には変態にしか見えない制服で、アナルに異物を詰めた状態で。職務質問などされようものなら一発で連行される格好である。
「試験を辞めたい者は申し出ろ。ご主人様には所有する価値も無い不忠者の腑抜けだったと報告しておく」
さもなくば黙れと教員が恫喝すれば、途端にバスの中は凪いだ。
 その後も、バスは停車しては一人また一人と生徒を下ろしていった。


 奥の方に座すナツメが下車することになったのは、夕方を過ぎて辺りが濃い紫色になった頃だった。
 彼は辺りに人も居ない寂れた公園に降ろされた。
 それを幸いだと思ったのは一瞬だけで、辺りを見回したナツメは身が凍る気分だった。そこが幼い頃に何度も遊びに来ていた公園だと分かったからである。遊具は撤去され、周囲の住宅も様変わりしたが、公園の看板とそこに書かれた地名だけは変わっていなかった。

 ナツメは逃げるように公園の公衆トイレに駆け込むと、課題の内容を確認した。
 ディルドの所為で随分と奥に入ってしまったが、紐を引きながら息めば直ぐに取り出せた。眼に優しくないショッキングピンクのカプセルを開けると、神社で買う御神籤と変わらぬ大きさの紙が一枚入っている。
 それに目を通したナツメの顔は、尻を弄っていた直後とは思えない程に蒼褪めた。
『自宅から500メートル以内の野外で排泄すること』
嘘か読み間違いであってくれと思いながら読み返すも、文面は変わらない。その代わり、ナツメは裏面にも課題についての指示がある事を知った。
『なお、排泄に用いる浣腸ゼリー等の薬液は公園のトイレの掃除用具入れに用意している。それを全て使い切ること』
その文章の下には簡略化された地図があり、自宅の位置が記されていた。親切にも、排泄に指定された範囲が赤いインクで囲われている。絶望を深くするための親切さだった。ナツメに許された範囲は、あまりに狭く、あまりに自宅から近かった。
 排泄する物まで周到に用意してあるのも、課題が簡単に済まされる事を許さない意思が伝わってくる。
 掃除用具入れを開けると、紙袋の中に液体に詰まったボトルとプラグが用意されていた。ボトルは三本あり、それぞれ色は異なるが、いずれもも自販機で買えるタイプのペットボトル程の大きさで、直に身体に注入する為のノズルが付いている。その内一本は膀胱用とあり、ナツメは試験対策の全てが間違いでなかった事も知った。

 ナツメは憂鬱さを堪えながら、紙袋をトイレの個室に持ち込み、課題に取りかかった。
 指定は排泄だけであるので、液の注入等できる限りの部分を人に見つかる心配の薄い場所で済ませたかったのである。
 ナツメはショーツを膝まで下ろしてから、青色の液の詰まったボトルを手に取った。便器に片手を着き、肛門にノズルを奥まで挿し込んていく。出来る限り腰を上げてから、ボトルを握る手に力を込めて薬液を腸内へ絞り出す。冷たいジェルの感覚に、ナツメは眉根を寄せた。
「うう……」
どろりと重い粘性の液が腹に溜まっていく不快感に膝を擦り合わせながら、ナツメは二本目のボトルを開けた。
 自身を性的に追い詰める事に関して、彼等は実技の授業等で幾度も訓練してきている。このボトルとゼリー浣腸の液も、ナツメは何度か経験している。それだけに、道具の扱いに手間取る事もない。しかし裏を返せば、その効能と快楽を身を以て知っているという事だ。ボトルを掴む手が震えるのは、異物による不快感や込み上げる排泄欲だけではない。被虐の快楽を覚え込まされた身体が、畏れと期待に戦慄いているのだ。
 ナツメは意を決して、二本目のボトルに入った黄色の液を注入した。
 その浣腸液は、催淫効果のある二種の液が人肌以上の温度で混ざり合う事で凝固し、五分もすれば腸の形を象ったような立派なゼリーの一本糞が仕上がる仕組みである。完全に固まったゼリーは固く重い上に弾性も靭性も備えており、排泄に多大な労力を要するのは当然のこと、媚薬の塊のようなゼリーが主人の陰茎や一般的なディルドでは到底不可能な長過ぎるストロークで腸壁を押し開いていくのが実に凶悪なのだ。ナツメは排泄時を想像して下腹を疼かせると、膀胱が圧迫された事で更に緩くなったペニスから潮とも小便ともつかぬ汁を零した。

 ナツメは排泄を急く身体を叱咤してアナルプラグを嵌めると、膀胱にも薬液の注入を始めた。
 膀胱用のボトルのノズルは柔らかく、透明のチューブ状になっていた。その先端を摘んで尿道に押し込めば、余裕をもって膀胱口に到達する程に長い。眼が覚めるような蛍光オレンジの液がチューブを通って陰茎に入っていく様が、ありありと見えた。
 ナツメは膀胱を圧迫し過ぎないよう慎重に液を体内に送り込んでいくが、排泄を急く身体が冗長さを許さない。ゼリーを形成しつつある腸が活発に蠕動して、下腹が鈍い痛みを発し、プラグを食む前立腺が早く穿り回されたいと主張する。尿道を通るオレンジには利尿作用があり、入れた端から膀胱が収縮して排泄を訴える。
「ン、ンン……ン……」
苦しみを紛らさせる為か快楽に指が縺れたか、チューブを支える手が小刻みに震えれば、尿道が擦られてナツメの息が上がった。発情させられた身体が半ば無意識に刺激を求めて、ナツメの手遊びは益々激しくなる。尿道側からも直腸側からも前立腺を圧迫する性感に、笑窪を作った尻がカクカク揺れていた。
 このままチューブを引き抜いて今すぐ膀胱の中のものを撒き散らせたら、どんなに気持ちの良い事か。
 ナツメの脳裏に、そんな甘い誘いがちらつく。それを理性で押し留めて、ナツメはどうにか尿道にもプラグを入れた。


 ショーツを穿けば迫り上がってくるものの水圧で今にも弾け飛びそうなプラグがやや安定し、ナツメはコートを羽織り直して公衆トイレを出た。
 記憶にあった街並みより大分寂れているのも幸いして、辺りに人はいなかった。コートを着てるとはいえ、職務質問でもされようものなら一発で全てが駄目になる懸念があった。人目を避けるに越した事はない。

 トイレの中ではすっかり発情していたナツメだが、外の空気に触れると、たちまち身体は冷えていった。
 膨満感訴え前立腺を重く圧迫する感覚は、猥らさよりも場違いさを生んでいた。
 こんな姿を幼少期に遊んだ公園で晒しているという実感が、新鮮な悲哀と惨めさとなって淫靡な気持ちを圧し潰していくからだ。
自宅に近付くにつれ、悲痛な気持ちはナツメの中でどんどんと大きくなっていった。
 殊に、ナツメがまだ人間として扱われていた頃の記憶が蘇るのが厄介だった。
 もう二度と穏やかで健全だった頃には戻れないと分かっているのに、悪い夢がちらつく。

 まるで治りかけの傷口から瘡蓋を剥がしたように、じわと悪い考えが噴き出してくる。
 それは、嘗ての人生への憧れだ。何度も夢想してはその度に虚しくなって、今では意識的に忘れよう努めていた淡い夢だ。
 もし誘拐されなければ。もし人間としての人生に続きがあったならば。


 腹を庇うように背を丸めて歩くナツメは、街灯の特に少ない道に差し掛かって、更に脚の動きが鈍くなっていく。
 ナツメが誘拐されたのが、その地点だったからだ。
 自宅と公園の間、見晴らしの悪い細い道。
 ナツメは、自身の人生が変わった瞬間を今でもありありと思い出せる。

 中学生になったばかりの頃だ。
 算盤塾に通うのが煩わしくなって、塾に行ったふりをして公園で時間を潰すのが日課になりつつあった木曜日。ナツメは誘拐されたのだ。
 算盤は大会に出れば必ず上位の成績を収める程度には得意だったが、密かに思いを寄せていた三つ上の少女が高校進学を機に退塾したので、ナツメが算盤塾に通う動機が失せてしまっていたのだ。なまじ優秀だっただけに退塾したいと言い出せず、公園で同級生達と暗くなるまで駄弁っていた。思春期の少年には、何ら特別さもない非行である。
 きっと、誘拐されなければ、一週間もせずにナツメの嘘は両親に暴かれていただろう。不誠実さを一頻り怒られた後、正式に退塾して新たな生活を送っていただろう。
 異常な学園に囚われてサディストの男に奉仕するよう調教されなければ、また新たな恋を始めていたかもしれない。

 総ては、ナツメが誘拐された時点で無意味になった仮定である。
 現実のナツメは、誘拐された時点で人としての生を終えた。
 今とて、コートの下は変態としか言えない格好だ。尻に異物を詰めて、緊張で乳首を固くしている。屈辱と被虐で性感を得られる身体に仕立て上げられ、人間としての資格を徹底的に剥奪されている。
 それに、ナツメのような身分の者は、たとえ主人の手から離れても自由にはなれない。
 明らかな違法行為を組織的に行える学園とその支援者達を知った者は、告発を恐れる彼等によって永遠に黙らせるしかないのだ。ナツメは、主人を楽しませる愛玩物としての価値で、辛うじて五体満足に生きているだけなのだ。
 そも、学園と主人に徒為す事が無いと言える程の忠誠がある事を試すのがこの試験だ。身体への拘束をせずとも謀反を企てる事無く命令を遂行する、奴隷としての価値があるかを示すよう試されているのだ。
 ナツメが過去を思い出して人間に戻りたがる事すらも、課題として想定されているハードルに過ぎない。

 そう分かっているのに、懐かしい風景がナツメに甘美な「もしも」を想起させる。
 その度に、ナツメは現実の非情さと過酷さを何度も反芻して、逃亡の誘惑に抗った。
「あ……あぁ……」

 けれど、もしも。
 ナツメが主人を裏切って、学園から逃げた時、匿ってくれるものが居たならば。
 人として扱ってくれる人が居るならば。

 ナツメは、自宅の塀を目にして、立ち竦んだ。
 塀に、随分と古い貼り紙があったのだ。劣化で赤色インクが著しく退色しているが、ラミネート加工のお陰で破損は無く、全文が読めた。
 そこには、ナツメの顔写真と「探しています」の文字があった。あの日の午後7時頃に公園で友人と別れてからの消息が不明とあり、情報の提供を求める旨が記載されていた。

 香川夏芽。
 長らく目にすることのなかったフルネーム。人だった頃の名前。その文字列の輝きに、ナツメの目が眩んだ。
 彼の両親は、確かにナツメを探していたのだ。チラシが製作されたのは四年前。まだ両親は諦めていないかもしれない。課題を放り出して、家に駆け込めば助けてもらえるかもしれない。
 ナツメの心臓が、緊張でドッと跳ねた。
 悪い夢が、甘く優しく思考を撫でていく。

 ナツメの足は、ふらりふらりと自宅へ向かっていた。
 排泄を指定された区間にはとうに入っている。それでもなお、課題を済ませる場所を探すのではなく、自宅へと足を向けていた。

 そんな折、ナツメは背後から車の走行音が迫ているのを聞いた。
「ヒッ」
この醜態が誰かに見つかる恐怖で、ナツメは塀の向こうに走った。勢いのまま、ナツメは自宅の敷地内に足を踏み入れたのである。

 ナツメは人の視線を恐れて身を小さくしながら、自宅の様子を窺った。
 香川家は二階建てだが、どの窓にも明かりが漏れている様子はない。外出中かとうに就寝しているのかは判断付きかねた。ナツメが暮らしていた自分なら両親共にまだ起きている時間だが、急に子供を失った夫婦の生活がどう変化するかなど予想もできなかった。
 塀と家の間には、芝生とも雑草ともつかない草の生え散らかした小さな庭がある。その隅には、空の犬小屋があった。番犬はナツメが小学校を卒業する直前に老衰で死んでおり、それ以来小屋は空なのだ。飼い犬を忘れたくなかったナツメは空の小屋を定期的に掃除しては奇麗に保っていたが、その彼を欠いた今は随分と朽ちていた。
 それでも空の小屋がそのままなのは両親がナツメとの思い出として取っているからかもしれない。一瞬だけそんな希望的観測が過るも、小屋の手入れのされていない様子に彼は逆の可能性を悟った。
 即ち、両親がナツメとの思い出を極力触らないようにしているだけの可能性だ。

 彼等の中でも、ナツメの誘拐は辛い記憶に違いない。チラシが作られて、もう四年も経っている。退色の激しいチラシを作り直すでもなく、剥がす事すらしていない。
 そう考えた方が適切な気がしてきたのだ。

 絶望に思考を揉みくちゃにされ、ナツメの呼吸が荒くなる。

 何せ、誘拐はナツメの非行が切欠で起こった事件なのだ。
 ただ退塾を言い出せない意気地の無さが、不誠実な行動を生み、その結果が不幸を作った。親不孝にも程がある。
 両親は、世間や警察に監督不行き届きを責められたかもしれない。もっと早く非行に気付いていればと自責を重ねたかもしれない。
 そんな息子が、畜生以下になって帰ってきたならば。
 両親は卒倒するかもしれない。いっそ死んでいてほしかったと思うかもしれない。

 ナツメはとうとう実家に逃げる意思を無くして、塀に背を預けてしゃがみ込んだ。
 視界が涙で滲む。耳の奥で高音の耳鳴りが続いていた。
 その嫌な感覚から逃げるように、ナツメは性器に手を伸ばした。
 淫靡である事を美徳として教え込まされた身体は、刺激してやればすぐに快楽を拾う事に意識を割き始める。辛い現実から逃避するには、それだけで良かった。浅ましくも便利な身体だ。
 誘拐され、適応教室と呼ばれる檻で数ヶ月、中等部で二年半、高等部で三年。ナツメの身体はそうあるよう最適化されてきた。
 尿道に挿したプラグを抜けば、けばけばしい蛍光オレンジの液が地面に叩きつけられていった。
 薄暗い中でもよく見える蛍光色は、そこだけ現実離れして見える。さながら人里に戻ってきたナツメのような、滑稽極まる場違いさで嫌に目立つ。

 あ、あ、と白痴じみた声がナツメの喉から漏れた。
 こんな時でも、身体は快楽に従順だ。否、こんな時だから快楽は絶大だった。虚しさと絶望を、即物的な興奮だけが埋めていく。
 尿より粘性のある液体が尿道を勢いよく通っていく感覚に、ナツメの背筋が大きく震えた。射精の上位互換というべき性感があった。

 最早ナツメには、近隣の住民に聞かれぬよう声を抑えなくてはという意識すらなかった。涎で濡れた口許はだらしなく緩み、笑いに似た嬌声が引っ切り無しに漏れていた。
 更なる悦楽を追って、ナツメはショーツの隙間から指を突っ込んで肛門を穿ると、詰めていたプラグを引き抜いた。
「お゛っ、おほっ、おぁああーーっあーっ、あー」
蛍光グリーンになった半透明のゼリーが、ナツメの肛門から飛び出していく。開きっぱなしの口から出るのは、恥じらいをかなぐり捨てた獣の声だ。

 最後の人間性を自ら手放して、ナツメは畜生以下の己を受け入れた。
 その解放感たるや、射精の比ではない。
 塞いでいた尿道から膀胱いっぱいの薬液を排泄しても、その解放感には及ばない。
 尊厳も矜持も希望も何もかも捨て去って空になった心に、快楽だけが沁みる。


 肛門をむっちり開いて押し出てくる長いゼリーに直腸を蹂躙され、ナツメは蛍光オレンジの排泄物の上に転がった。
 がに股に開いた足の間から、腸の形を写し取ったゼリーが尻尾のようにぶら下がっていた。アクメで下腹の筋肉が収縮すれば、野太いゼリーが肛門を捲り上げてながら出て行く。その刺激でまた絶頂が訪れる。
「あ゛あーっ、ああっあーーっ」
ナツメは人語すら忘れて、排泄の悦びに悶えた。腸内で形成されたゼリーの長さの分だけ、その刺激が長引く。ゼリーに前立腺を圧迫され続けることで、ナツメの陰茎はしとどと精を漏らしていた。射精と呼ぶには烏滸がましい、女性に種を付ける事などに合わない、おちびりに似た弱弱しい吐精だった。
 彼は既に、雄であることも卒業していたのだ。


 一際派手な放屁を以て、長い排泄が終わった。
 疲弊して汚れた地面に横たわったままのナツメだが、全て出し切った肛門だけは物欲しそうに開閉を繰り返していた。

 その時、急に香川家の玄関に明かりが灯った。
 鍵が開けられる音がして、ナツメは身体を硬直させた。 
 咄嗟に犬小屋の陰に身を隠す探すナツメだが、彼の傍らの蛍光グリーンのゼリーと蛍光オレンジの水溜まりは到底隠せそうになかった。何より、栗の花のような特有の匂いが、そこで何をしていたかを如実に語っていた。
「誰か居るのか」
懐かしい父親の声に、ナツメは息を飲んだ。
「――夏芽?」
庭を彷徨っていた懐中電灯の明かりが、遂に犬小屋を照らす。ナツメは震え上がって、身を縮めた。誘拐された当初はあんなに恋しかった筈なのに、いざ会うと恐ろしさが勝っていた。向けられる軽侮の視線が怖かった。
「夏芽なのか?」
土を踏む足音が近付いてくる。ナツメが顔を上げれば、父親のシルエットが視認できた。逆光で顔は分からないが、記憶より二回りは太っていた。加齢とストレスを思えば無理からぬ事ではあるが、その変化に己が学園で重ねてきた年月の重さを感じて、ナツメの絶望は殊更に深まった。香川夏芽という人間はこの世の何処にもおらず、此処には浅ましく発情する愛玩動物として生きるナツメしかいないのだと、その実感が強く脳を殴ってくる。

 黙って逃げればいいものを、ナツメは親への謝罪を繰り返した。
「な、夏芽は、香川夏芽はもういません……ごめんなさい……ごめんなさい……」
産み育ててくれた両親に申し訳が立たぬという気持ちがそうさせた。社会との断絶を受容するにあたって、訣別の挨拶を必要としていた。

 父親は狼狽えた声をあげたが、それは言葉になる前に鷹揚な拍手に遮られた。
「試験は合格だそうだ」
父親の後ろから、恰幅の良い男が歩いてくる。ナツメには、それが何者か足音だけで分かった。幾度となく靴を舐めた、彼の主人だからだ。
「荻生、様……お久しゅうございます」
ナツメは学園で身体に刻み込まれた礼節に従って、咄嗟に伏した。何故こんな所に居るのだという疑問はあれど、ナツメには尋ねる権利はなかった。
「休みを取って参観に来た甲斐があったよ。私の奴隷は何と健気なんだろう」
硬直したままの父親を通り過ぎ、荻生はナツメの顔に靴を近づけた。ナツメは革靴を舐めさせていただけることに感謝を評してから、靴裏まで丁寧に舐め回した。それが主人に相対した奴隷の礼儀作法だからだ。

 こんな姿を父親に見せている事に罪悪感を覚えるナツメであったが、同時に、父親が通報もせず大人しくしている点や荻生が堂々と関係性を明らかにしている点から、親が自身の末路を知っていたのだと悟った。
「貴方達は本当に良い子を育ててくれました。どうもありがとう。約束通り、口座にもう半分振り込んでおきます」
荻生は、呆けた表情の父親に握手しながら、金銭の話をした。息子の身代に対する金か口止め料か、敷地の使用料か、何に対しての約束かはナツメには分からなかったが、全てはどうでも良い事だった。彼にとって肝要なのは、主人に可愛がられることだけだ。そうする事でしか生きられないからだ。たった今、実家が逃げ場になるのではないかという脆い夢が終わり、主人への依存は益々強まった。
「いい子だ。お前は賢い子だ」

 ナツメは香川家の玄関で主人に抱かれてから、彼の手配した車で学園へと返された。
 帰路の車には外界を隠すカーテンは無く、拘束具も無かった。試験に合格するという事は、そんな事をせずとも逃げないという忠誠が認められた証だからだ。

 ナツメが卒業証書を貰うのは、それから二週間後のことであった。



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