架空教団脱走

 失踪していると思われていた茶谷が油井の元を尋ねて来たのは、秋も深まった深夜の事だった。

 茶谷は油井と同じ学部の男子大学生で、生来はお調子者で明るい男だ。顔とスタイルの良さに裏打ちされた自信に満ちていて、ともすれば不遜と称される態度だが秀でた社交性と愛嬌が憎らしさを緩和していた。そんな男の筈だった。
 けれどその夜、茶谷は全くの別人になって帰ってきた。酷く怯えた様子だった。腕白に染めていた金髪は、頭頂に黒い地毛が目立つようになっていた。若者特有の無根拠な自身に溢れた態度は喪われ、筋肉はやや衰えて、眼の力も失せていた。吃りがちで小動物じみた雰囲気を醸すようになった茶谷は、油井が彼と最後に会った時の面影を残していなかった。
 聞けば、夏季休暇に好奇心から地元の怪しげな宗教施設を冷やかしに行った所為で、その教団に囚われていたらしい。
 これだけの情報で既に拉致監禁として刑事事件に出来得る事案だが、茶谷は頑なに公にしたくないと拒否した。けれど実家は住所を知られてしまったが故に近付けないらしく、茶谷は油井のアパートに居候として引き篭もる生活を選んでいた。


「ふざけてる訳じゃないんだよな?」
茶谷を匿って三日目、油井の脳裏には再会したばかりの萎々とした姿の茶谷が甦っていた。あの時と同じ酷く怯えた表情で、茶谷は油井に告白した。その言葉は、常人にはあまりに受け入れ難かったいものであった。思わず聞き返した油井を、茶谷が恨めしそうに見遣った。
「マジなんだ。ゆ、油井くらいしか頼めねえよ、こんなん」
茶谷は、自身の身体を抱くように腕を組んで俯いた。真白になる程に噛み締めた唇が震えていた。冷蔵庫の駆動音が嫌に大きく感じるような、寒くて短い沈黙がリビングを通り過ぎていく。

 「俺がウンコする時、尻の穴を見ててほしい」

 やはり油井の聞き違いではないようだった。大真面目に変態行為を要請され、油井も顔を顰めざるを得ない。
 しかし茶谷も、わざわざ酔狂でそんな事を言っている訳ではない。始末の悪い事に、至って真剣だ。本人とて、そんな事を頼むのは苦渋の決断だった。
 茶谷は、教団に囚われた際に教祖から呪いを受けたのだと説明した。茶谷は、尻の穴を他人に見てもらわないと排便が叶わない身体にされていたのだ。教祖自身や信者達はそれを「祝福」と呼んだが、客観的には獲得した信者を教団に縛り付ける為の呪縛に他ならない、悪魔の如き異能。そんなおぞましい呪いを身体に刻まれたと言う。
 油井は呪いという非科学的な事象をそのまま信じた訳ではなかったが、トラウマか洗脳の類であろうと勝手に解釈した。茶谷がそんな突拍子も無い嘘を吐く理由も見当たらないからだ。加えて、茶谷の態度は切実そのもので、くだらないと切って捨てるのは良心が咎めたのだ。
「だから俺なのか」
同時に、油井は茶谷がわざわざ自分を選んで頼ってきた理由に納得がいった。茶谷と油井は学部こそ同じだが、専攻は違ったのだ。茶谷には彼女も居て、大親友と言える関係の男友達が他に居た。とはいえ、幾度か飲みに行った事もある程度の気安さはあった。酔って嘔吐した際は介抱してやった事もある。つまりは、醜態を晒すのには適した距離なのだ。
「あ、あと、たつみ君が、油井はスカトロ平気っていってたから」
「誤解だ。あと今度たつみ君とやらはシバく」
「だ、だめだった?」
「……今回だけだぞ。一回ちゃんと精神科とかで見てもらった方が良いと思う」
暫しの問答の末に油井が了承すると、茶谷は僅かに頬を緩ませて安堵の表情を浮かべた。


 幸いにもと言うべきか、油井のアパートは浴室とトイレと洗面が一体になった三点ユニットバスだった。その為、油井が茶谷の排泄を見学するのは窮屈ではなかった。
 シャツ一枚の格好になって下半身を露出した茶谷は、洋式便器を逆向きに跨がっておずおずと肛門を割り開いてみせる。赤黒く縁の盛り上がった菊門が、羞恥と排泄への期待の間で浅い開閉を繰り返していた。
「うう……臭かったら、ごめん」
先に謝ってから、茶谷は静かに息んだ。教団から逃走してからは初めての排便だった。かれこれ一週間近く溜め込んでいたらしい。貯水タンクに額を預ける茶谷の顔こそ油井の死角だったが、朱に染まった項や両耳が彼の苛まれる羞恥心を如実に伝えていた。
 深い吐息と共に、緊張した肛門が口吻の如く突き出る。
 プピィ、と間の抜けた高音。そして、アンモニアや硫黄を思わせる腐敗臭。鼻に衝く濃厚な臭気が、広くない浴室に立ち込めた。
「ん、んんぅ……っんぐぅ……」
内側から徐々に押し開かれ、肛門が緩慢に口を開けていく。溜め込み過ぎて腹の中で固くなった便の大きさに、茶谷が息を震わせた。その幽かに漏れる声は交歓の吐息にも似ていた。見るからに硬い便が肛門の皺を引き伸ばしながら顔を出す。黒く太いそれは、腸液に濡れて艶々と生々しい存在感を放っていた。黒光りするそれは、ミチミチと音をたてながら、途切れる事無くトイレの水面を目指して降りていく。その動きは余りに焦れったく、いっそ官能的ですらあった。
 そんな場違いな考えが過ぎった油井は、思わず茶谷から眼を背けた。
 その瞬間、アッと茶谷が悲鳴を漏らした。
 茶谷は悲痛な喘ぎと共に、膝を震わせて悶絶した。その股の間では、数センチ程出ていた便が巣穴に帰る蛇の如く引っ込んだ。
「ちゃ、ちゃんと見ないと、ダメなんだってばぁ。油井っ眼、逸らしただろっ」
茶谷が涙声で油井を責める。突如として硬便を腹に戻された茶谷は、強烈な閉塞感に嘔吐いていた。不恰好に開いたままの菊門が、不自然に痙攣する。硬く膨らんで張り詰めた下腹が鈍い痛みを訴えて、茶谷を打ちのめす。尋常ではない脂汗が、茶谷の項を舐めていく。
 これは精神病ではなく、呪いなのだ。必要なのは茶谷の肛門が観測されているという事実であり、茶谷が視線を認知しているかは関係が無いのだ。
 まさか自身の数秒の迂闊さがそんな事態を招くとは思っていなかった油井は、狼狽えるばかりだった。呪いに対して懐疑的だった油井も、この理不尽を前にしては現実の事象を受け入れる他に無い。

 辛うじて息を整えた茶谷が、眦に涙を溜めたまま油井を振り返る。
「もっかい、ちゃんと尻穴見ててくれよ……」
嘗ての腕白な双眸が嘘のように弱弱しく濡れた瞳が、油井に縋っていた。赤みを帯びた目尻が、被虐者の色を濃くしていた。
「お、おう……」
油井は短く返事をすると、唾を嚥下した。筋肉がやや衰えた所為か雄雄しさが薄れた尻は丸く、自然と油井の視線を引き付けた。
 茶谷がまた下腹部に力を込めると、肛門が再びおずおずと便を搾り出し始める。やはりそれは太く、幼児の拳と然して変わらない直径を有していた。密度も相当なのだろう、自重で切れる気配すら無く、真っ直ぐ下へ下へと伸びていく。
 肛門の縁を真赤に充血させて巨大な異物が進んでいく様子は、排泄というよりも出産を思わる迫力があった。
「んんっ……ンゥッ」
やがて、小さな水音をさせて、便が途切れた。見事な一本糞がトイレの水底に沈んでいく。息を継ぐ間も無く後続の便が降りてきて、茶谷は放屁混じりの軟便を排泄した。最初の大きくて硬い便が栓になっていたのだろう、だらしなく拡がった肛門は文字通り堰を切ったように茶色の便を次々に落としていった。


 漸く短い放屁を繰り返すのみになった茶谷は、静かに体勢を変えて尻を拭った。
 排泄の達成感ともいうべき余韻の所為か、茶谷のペニスは甘く勃ち上がり始めていた。互いにそれに気付いて、茶谷は咄嗟に脚を組んだ。
「もう見なくて大丈夫だからっ、あ、ありがとね」
茶谷は羞恥と罪悪感に俯きながらも、油井に退出を促した。しかし油井はそれに従わないばかりか、茶谷のシャツを捲り上げた。
「ちょっと!」
茶谷の悲壮な抗議が浴室に響く。動揺で体勢を崩せば、勃起したペニスが間抜けにも顔を出す。適度に淫水に焼けて濃い小豆色をした形の良いペニスだったが、油井の視線はそこよりも少し上に注がれていた。
「……それも教祖とやらの呪いってヤツなのか」
茶谷の臍の下には、火傷痕のような赤い紋様が刻まれていた。梵字を鏡合わせに描いたような左右対称の意匠は、全体像で見ればハートマークに見えなくもない。それは事故で焼き付いたものではなく、誰が見ても人の手に拠るものだと分かるものだった。先細りの左払いと先太りがちな右払いに、手書きの癖が見て取れたからだ。女であれば子宮があろう位置なだけに、淫猥な意図と結びつけるのも容易い。
「う、うん……コレが教団の性奴隷の証なんだって」
茶谷は便座に腰掛けたまま、肩を震わせて泣いた。

 この紋様が刻まれた者は、教祖や幹部連中に身体を玩具にされるのだと。最早、硬い便が直腸を擦って肛門を押し開くだけで、どうしようもない欲情を持て余すのだと。その紋様を刻まれてから、茶谷は異常な性欲と性感に支配されて儘ならなくなったのだと。嗚咽混じりの小さな声で打ち明けた。
 その惨状を証明するように、この状況においても未だ茶谷のペニスは萎えなかった。排泄に変態行為を伴わせる呪いはただ屈辱的なだけでなく、茶谷の自尊心を徹底的に圧し折っていた。
 教団が茶谷に施した措置の実態に触れ、油井は憮然とした顔のまま押し黙った。
 油井は、茶谷にかける言葉が見付からなかった。茶谷を哀れだと思った。可哀想だと思う。だから守ってやらねば。
 

 それからというもの、茶谷は二日に一度のペースで油井を頼るようになった。
 一度は精神科に行く事を進めた油井だが、茶谷の名誉の為にもこの症状は秘匿されるべきだと判断して、排泄の介助を引き受けたのだ。呪いなどという信じ難い事象を医療が解決してくれるとは思えないのに、無闇に排泄に伴う変態行為を他人に打ち明けさせるのは余りに惨いからだ。

 二人は秘密を共有し、小狭い浴室の中に完結させた。
 屈辱の記憶も恥知らずな行為も、その空間でのみ許される。そんな暗黙の了解が形成されるのに時間はかからなかった。
 糞を捻るだけで陰茎からしとどに蜜を零す淫らな身体は、最早排泄だけでは満足できない。教団に囚われていた頃の茶谷は、脱糞を鑑賞されてはもののついでとばかりに名も知らぬ男達にアナルを犯されていたのだ。身体に染み付いたその習慣は、脱走後も消えないどころか、益々酷くなっていた。
「ゆ、油井っ見てる? ウンコ出す穴っ見てぇっ」
全裸で様式便器に反対向きに座って尻を突き出した茶谷が、甘えた声で肛門を割り開いた。使い込まれた縦割れのアナルだ。油井の視線を受ければ、赤黒い縁がみるみる隆起して便を覗かせた。鼻にかかった甘い吐息と共に、焦げ茶色の野太い大便が排泄される。
「あああーっウンコだけできもちいいっどうしよ、こんなの、おかしいのにっ」
自身の排泄物が肛門を通っていく快楽に茶谷は胴振るいした。陰茎は触れられずとも硬くいきり立って、射精寸前まで張り詰めている。ミチミチと湿った粘こい音をたてて柔らかい便も出しきれば、物欲しそうに口を開けた肛門が淫らに男を強請る。
「油井っ油井っ、見捨てないでっああっ」
何処か舌足らずな声だった。排泄に快感を得るという人間の発達に逆行した性欲が精神も退行させるのか。頼れる者が油井しか居ない不安がそうさせるのか、茶谷は甘えた口調で縋った。
「何を今更」
温水で茶谷の肛門を洗浄させ、油井は洗面にストックしていたコンドームの封を切った。茶谷との習慣が確立されてから、油井はトイレ周辺にそういった物を常備するようになっていた。最初は同情と気の迷いから始まった肉体関係だったが、今では茶谷の身体に愛着を覚えていた。
 糞便の臭いも、慣れてしまえば二人の興奮材料に変わる。油井は茶谷の腰を後ろから掴んで、怒張を突き入れた。
「んあああっ」
肛門に分け入ってくる陰茎の感覚に、茶谷は背を反らして悶えた。陰茎よりも遥かに太い糞を通したばかりの穴は、それを難無く受け入れる。腹に収めた質量に押し出されるように、茶谷は吐精をした。男としては余りに情けない、お漏らしのような射精だった。
 油井は、茶谷の射精が済むのを待ってから、緩慢に抽挿を始めた。挿れる分には無抵抗で素直なアナルだが、決して緩い訳ではない。雄のペニスの凱旋を歓待し、よく蠕動する襞の多い肉壁が貪欲に吸い付いてくる名器だった。その反応の速さと自然さは、赤子の吸啜反射を思わせる程。茶谷の身体には、雄を搾り取る所作が本能と同じレベルで刻まれているのだ。
「あん、あんっあんっあっあっあっ」
徐々に抽挿を早められれば、それに合わせて鳴く茶谷の声も早く激しくなっていく。瑞々しい若い皮膚がぶつかり合う音が浴室に響く。油井は短い息を繰り返し、夢中で腰を打ちつけた。
 茶谷は張り詰めた陰茎を尻尾のように振り、尻だけの刺激で何度も達した。雄としての機能が薄弱な上に出す回数も多い精液は、淫液と区別を付けかねる程薄い。ただ壊れた蛇口のように尿道口から断続的に精を垂れ流しては、トイレを汚していた。
 彼女とだって、こんなに熱烈で激しい性交はした事がなかった。
 そも、教団に囚われる前に付き合っていた茶谷の彼女の存在など、もうどちらも気にしてはいなかった。こんな身体の茶谷が女と付き合っていける筈がないと、二人とも気付いていたからだ。同期や教授達の知る腕白で闊達な茶谷はもう、何処にもいないのだ。彼の身体は、か弱い受け身の性として雄に媚びる悦びを選んでしまう。男の股間が視界に入っただけで、淫らな紋様の入った下腹がキュンキュン疼いてしまう。変えられた身体と嗜好が精神すらも捻じ曲げてしまったのか、茶谷は自ら腰を振って尻の穴で逞しいペニスに奉仕する事に悦びを感じるようになっていた。
 茶谷のアナルに扱かれて、油井も官能の吐息を漏らす。陰嚢が一際競り上がるのを感じた油井は、僅かに胴を震わせてゴムの中に射精した。
「ああ……中に出してくれても良かったのに」
アナルからペニスを引き抜いた油井に、茶谷が淫蕩に微笑む。排便で性感を得えてしまえる茶谷は、中出しされた精液を掻き出す事すら快感になっていた。殊に、大量の精液を浣腸液と共に下痢便のように排泄するのもお気に入りだった。
「すっかりスケベじゃん」
油井は、用済みのゴムを縛って汚物入れに突っ込んだ。その所作はすっかり手馴れたものになっていた。
「み、見捨てないでね」
「はいはい」
俺もすっかりスカトロが平気になっちゃったしな、と油井。

 淫乱の性か教祖の呪いか、まだ茶谷の陰茎は未だ萎えきらない。下腹に淫靡な熱を抱えたまま、物欲しげに肛門を開閉させていた。それを見遣った油井は、剥き身のペニスを茶谷の肛門に宛がった。
「ねえ、やっぱりもう一回出すとこ見せて」
油井は茶谷の耳に口を寄せて、悪戯っぽく囁いた。そして下腹に力を入れると、直腸内で放尿をした。
「ああぁんっおしっこっ、キたっあああっ」
「はは、めっちゃ出た」
精液よりもうんと熱いものが大量に注がれ、茶谷は喉を反らして喘いだ。腸を逆流する異物に茶谷の腹はグルグルと鳴ったが、そんな生理現象すら快感の前では無力。粘膜に沁み入る小水の存在感だけで、茶谷は蕩けた顔を晒した。
「茶谷も出しなよ」
油井はペニスを挿したまま茶谷の膝の裏に手を入れて抱えると、立ち上がって浴槽の縁を跨いだ。急に大きく動かされた茶谷は一滴たりとも零すまいとアナルを締め付け、まろい尻に笑窪を作る。
「ほら、小便も見ててやるから」
ガニ股のまま抱えられた茶谷を浴室の壁に向けて立つ油井は、幼い子に野外で用を足させる保護者のような体勢だった。
「そ、そっちは、見られなくてもできるのに……」
「嫌だった?」
その問いかけに茶谷は俯くが、緩慢な放物線を描く尿が答えを出していた。その体勢では上手く力めないのか、コントロールの下手な勢いのない尿が壁や浴槽の底を濡らしていく。
「可愛い」
油井は小水を出し切った茶谷を褒め、自らの陰茎を引き抜いた。普通ならこの体勢のまま尻から小水を漏らすであろう筈だが、茶谷の呪われた身は減った圧迫感に身を震わせただけに終わった。油井の視線がアナルに向いていない為に、排泄が叶わなかったのだ。
「見ててほしい?」
「うんっうんっ、見ててっ」
油井は茶谷を浴槽の中に降ろした。四つ這いの体勢で尻を高く上げた茶谷は、自身の顔が尿で汚れる事も構わないようだった。
「ああーっでるっおしっこ浣腸、きもちいいよおっ」
油井の視線を受け、充血しきったアナルは勢い良く決壊した。尻から尿を噴き出しながら、茶谷はペニスからザーメンを垂れ流していた。
「そりゃあ何より」


 そんな性行為と一体になった排泄を隔日に行うのが、二人の習慣になって二ヶ月。
 茶谷は益々淫乱になっていったが、地毛が見えていた髪も染め直し、闊達さと愛嬌を取り戻しつつあった。少なくとも、教団から逃げてきたばかりの頃の小汚さは消え失せていた。トイレ以外ではまともに振舞う事が出来ている茶谷だが、取り敢えず大学に休学の申込書を出した。茶谷の彼女といえば、いつの間にか新しい彼氏を作っていたようである。薄情さを感じなくもないが、自身を欠いても世間が滞りなく日常を維持していく事に茶谷は少なからず安堵を覚えていた。

 世間はもう歳の瀬で、安アパートには厳しい寒さを呈している。
 この頃の油井の日課といえば、冬期休暇こそは実家に帰省せよと命じる母からの連絡をのらりくらりと躱す事くらいだ。

 そんな中、二人のアパートを訪ねてきたのは大家だった。
 歳は油井より一回り程しか違わず、大家にしては若いが、金銭面では大変しっかりとしている男だった。
「油井さん今、ルームシェアしてるでしょ。困るよ、一人暮らしの料金で契約してんだから」
「うわっすみません」
インターホン越しに咎められ、油井は初めて己の落ち度に気が付いた。慌てて謝る油井に、大家が聞こえよがしな溜息を吐く。
「今回は契約を更新し直すだけでいいよ。印鑑ある?」
油井が印鑑を片手にドアを開ける。
 しかし、ドアの前に居たのは大家だけではなかった。
 見知らぬ男達が大家の後ろに控えていた。それも、大家を除いた全員が古代ギリシャ風の白布一枚纏っただけの格好で。仮装大会にしても、冬場には寒々し過ぎる。
 油井が何か言うより早く、男達は彼の部屋に踏み入ってくる。土足を注意する間すら与えぬ速さだった。油井はあまりの異様さと突然さを処理しかねて絶句した。

 大家に何事かと問い詰める油井だが、部屋の奥に居た茶谷の悲鳴と慌てぶりで、大家の言葉を待たずとも全て合点した。
 茶谷を狂わせたあの教団の連中が、茶谷の所在を突き止めてやってきたのだ。
「警察っ警察呼びますよ!」
油井は堪らず、大声を張り上げて威嚇した。
 油井の叫びに反応した隣人達が、開け放たれたままのドアから顔を出す。しかし、窮地を脱した訳ではなかった。寧ろ逆に、油井は絶望に喉を引き攣らせる事になった。
隣人や同じ階に住む見知った人々もまた、古代ギリシャ風の格好をしていたからだ。アパートの住人達も皆、この教団に入信あるいは洗脳させられていたのだ。
「このアパートは教団の支部として活用していただくことにしました」
大家が誇らしげに宣言した。彼も教団の手に落ちていたのだ。そして、既に教団の手先となった近隣住民達を次々と油井の部屋に招き入れた。その中には全裸の男も居て、彼等は下腹部に茶谷と同じ紋様を刻まれていた。
「最悪だ……」
油井と茶谷は男達に取り囲まれ、逃げ場を失った。油井は舌打ちするが、それは最早虚勢に近かった。茶谷に至っては、恐怖のあまり震えている。
「壁の薄いアパートでアレだけ交尾三昧のクセに、苦情の一つも付かないっておかしいと思いなよ」
大家が後ろ手でドアを閉める。鍵をかけた後、丁寧にもドアチェーンまで付けた。
「そうだっお前達が二日に一回必ずパンパンパンパンヤってるからよぉ、こっちは気になって寝れなかったんだよおっ」
右隣の部屋に住んでいた中年男性が口角から泡を飛ばして詰る。大声で怒鳴られた茶谷が、ヒッと息を呑む。縋るように油井の裾を掴む茶谷の手は、関節が真白になるほど強張っていた。
「そうだ! レイプさせろ!」
たまにゴミ捨て場で会う上階の青年が吼える。そうだそうだと見知らぬ男達も拳を振り上げる。
「教団を裏切って脱走した分際で、まともに生きられると思うな」
「そうだそうだ! 一生チンポに傅いてろ!!」
遂に茶谷と油井は、男達によって引き離され、それぞれ羽交い絞めにして取り押さえた。聞くに堪えない下品な野次が飛び交う。教団とは名ばかりの色に狂った暴徒達は、今から行う制裁という名の強姦に舌なめずりしている。

 彼等の常軌を逸した性欲と嗜虐心を身を持って知る茶谷は、うわ言のような謝罪を繰り返すのみになってしまった。眼の力も失い、怯えに支配されていた頃に逆戻りしている。
「まあまあ皆さん。寛容を忘れてはなりませんよ」
いよいよ教祖が演説を垂れる。彼が二人へと歩み寄れば、信者達は葦の海の如く分かれて道を作った。教祖は一際上等でドレープの多い布を纏う、哲学者然とした知性溢れる面立ちの中年男性だった。筋骨隆々の身体と嫌に艶の良い肌が正確な年齢を掴ませない。ストイックな剃髪が、禁欲的にすら映るのだから、つくづく妙な男だった。
「慈悲の心で茶谷君を赦してあげようじゃあないですか」
説法でもするような、優しい声音だった。けれど教祖の非道が既に知られているタイミングでは、不気味さが鼻に付く。
「油井君という新たな信者も連れてきてくれたことですし」
教祖の瞳が、油井を真正面から捉えた。こんな時だというのに穏やかで優しい色を浮かべている、根から常識の通じない生き物の眼だった。
「大学生だってよ」
「やめっ、やめろ!」
羽交い絞めにされた油井から、信者達が衣服を剥ぎ取っていく。羽交い絞めにされた肩が邪魔になれば、鋏を持ち出して服を切った。廊下にボタンが虚しく転がっていく。油井の裸体が晒されれば、信者達が熱っぽく手を叩いて喜んだ。
「良いね良いねえ、若い身体は最高だ」
「おチンチン逞しいね」
「真っ黒チンポコじゃん」
「チンポ使い込んでばっかで学業疎かにしてたのかァ?」
信者達が油井の身体を突付き、口々に揶揄する。その中には油井の顔見知りも居るのだから、酷い裏切りだ。
「茶谷君に沢山おねだりされちゃったのカナ?」
「ハメハメされる側になる気分はどう?」
「ボク、若い子の顔に精子かけるの大好き」
信者の一人が、油井の唇を食んだ。蛞蝓のように蠢く舌が、歯列を割って侵入してくる感覚に、油井は嗚咽した。茶谷が油井を巻き込んだ事を蒼白な顔で謝罪するが、何もかももう遅い。

 教祖が油井の腹に例の紋様を刻む。信者の証にして、淫奔の呪い。性の奴隷であることの印が、下腹を甘い疼きをもって焼く。
「やめ、やめてくてれぇ!」
意思に反して勃起し始めるペニスに、油井が頭を振る。
「君はこれから敬虔な信者になれるように修行を積んでいく必要がありますね。なに、心配は要りません、茶谷君とお揃いの人生です」
慈悲深い響きを帯びた祝詞で、教祖は油井に呪いをかける。真っ当な女を抱く事はもう叶わない、娑婆では生きて生けない、支配欲に塗れた男を満足させるだけの身体になるのだと。


 油井は、アパートの自室で名も知らぬ男達に処女を奪われた。
 その隣では、身包みを剥がされた茶谷を犯しながら、新しい支部の設立を祝う信者の宴が始まっていた。
 肉欲の宴は数時間に及んだが、油井にそれ以降の記憶はない。いつの間にか、犯され疲れて泥のように気を失っていた。次に目覚めれば教団の本部で、己の所在すら分からない。
 そうやって、教団は従順な信者を獲得し、勢力を拡大していくのであった。



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