胞ノ呪 1
昔々の、今でも続くお話です。
ねえさまにだけ教えてさしあげます。
他の人には、決して話してはいけませんよ。
あの子はそう言って、聞くに悍ましい物語を、私に聞かせてくれた。
「清水って、兄妹とかいんの?」
ある日、何の気なしに、菅原が私にそう聞いてきたことがあった。きっかけは単純だ。バレー部の人たちだけで、「兄弟はいるか」という話をしていたから、ついでに私にも聞いてきただけ。けど、私は思わず、答えに困ってしまった。
「…なんで?」
「いや、なんでって、そういう話してたからさ」
「……」
「ハァ〜…。潔子さんが姉貴だったら、俺の人生は薔薇色一直線だっただろうになぁ〜…」
「田中、それ冴子さんにチクっとくからな」
「ちょっ、やめろって、力!」
1年生の田中たちが騒いでくれたから、私が沈黙したことで雰囲気を気まずくせずに済んで、ホッとした。私は心を落ち着かせて、小さい頃から言いつけられていた教えの通り、答えることができた。
「私には、兄妹はいない」
「へぇ、清水は1人っ子かぁ。しっかりしてるもんなー」
「…それより、クールダウンしたなら早く部室に戻って、着替えて。体育館、閉められない」
「ハイッ、潔子さんの仰せのままにっ! オイ龍、部室まで競争するぞ!」
「おっしゃノヤっさん! 俺の方がタッパがある分、有利だぜェェェッ!」
「練習終わりだってのに元気だなー、あいつら」
きびきびと体育館を出るみんなを見送ってから、私は戸締りの準備をする。用具倉庫に鍵をかけて、窓とカーテンをしっかり閉めて、照明を落として、最後には体育館の入り口の鍵を閉める。それが、この約2年間ずっと続けてきた、マネージャーとしての私の仕事だった。
(…兄妹……)
私には兄妹はいない。兄も、姉も、弟も、そして妹もいない。誰かに問われたなら、そう答えるようにと、昔から言いつけられてきた。
「……夕莉」
それでも、あの子の存在に蓋をすることができなかったのは、この身体に流れる血がそうさせたのだろうか。
「きよこねえさま」
もう何年前になるのだろう。小さなあの子は、小鳥みたいな可愛い声で、私をそう呼んでくれた。私があの子と会うことができたのは、小学校が終わってから、仕事をしている親が帰ってくるまでの、ほんの1時間。
「夕莉、こんにちは」
夕莉は、私の祖父と一緒に暮らしている子だった。初めて出会ったのは私が5歳の時、夕莉はまだ4歳だった。穏やかで優しい、私の大好きなじじさまに会いに行くと、この子は必ず一緒にいた。いつしか私は、じじさまではなく夕莉に会いに、じじさまの家を訪れるようになった。そんな私を、じじさまはいつも笑顔で迎えてくれて、私たちが食べるお菓子を用意してくれた。
「2人ともこっちへおいで、手を出してごらん」
「うん。…あ、キレイな飴」
「潔子、お父さんとお母さんには内緒だよ」
「…ありがとう、じじさま」
じじさまのくれる飴は、いつも綺麗な色をしていて、泣きたくなるくらい甘かった。その飴玉を舐めながら、私たちはいつも、じじさまの家で遊んだ。
「夕莉、こっち来てごらん。髪、結んであげる」
「はい、ねえさま」
「夕莉の髪、キレイだね。ツヤツヤした黒髪」
「ねえさまこそ、綺麗な髪です。烏の濡れ羽色ですね」
「カラス?」
「じじさまから教わりました。綺麗な黒髪のことを、そう言うんだそうです」
「そうなんだ…。じゃあ私たち、烏の姉妹だね」
「姉妹…ですか?」
「うん。…烏野住まいの、烏の姉妹」
「…それは、ダジャレでしょうか」
「面白かった?」
「…すみません、私にはわかりかねます」
学校の友達なんかと遊ぶより、夕莉と一緒に遊んでいる方が、ずっと心が楽だった。昔の私は、望んでもいないのに綺麗だ何だと言われて、勝手な理想を押し付けられてはそれに辟易していたから。まるで流れる水のように、何も言わずただ穏やかな夕莉とじじさまのいるこの場所は、私にとっての聖域だった。
「…ねえさま、そろそろ時間です」
「あ…そうね。母さんが帰ってくる前に、帰らないと…」
「潔子、くれぐれも他の人には…」
「わかってる、誰にも夕莉と遊んでいたことは言わない」
この聖域を守る唯一のルール、それは『夕莉と一緒にいたことを秘密にする』というものだった。夕莉は、本当はじじさまの神社で修行をしなくてはならない巫女で、こんなところで遊んだりしてはいけないらしい。けれど、普通の女の子としての暮らしを知らないままでは、あまりにも夕莉が可哀想だからと、じじさまが内緒でこの家に住まわせているのだ。だから、私は自分の両親にさえ、夕莉のことを話しはしなかった。
「夕莉、また明日ね」
「…はい。また明日、きよこねえさま」
小さな可愛い私の夕莉。まるで、本当の妹のように可愛がっていた。あの黒髪を梳いて、自分のお下がりの洋服をこっそり持ってきて、あの子に着させてあげたこともあった。折り紙も、あやとりも、絵の描き方も、全部私があの子に教えてあげた。
けど、不思議なことがあった。夕莉は、決して笑わないのだ。笑うことだけでは飽き足らず、泣くことも、怒ることも、喜ぶこともなかった。夕莉はまるで、何かを我慢するように、ぎゅっと口と結んでいた。
けれど、私はそんな不愛想な子が、可愛くて仕方が無かったのだ。表情が少ないのは私も同じだったし、あの子は何より純粋で、真っ直ぐだった。その優しさと誠実さが、伏し目がちな真っ黒な瞳からでも感じ取ることができたから、だから私は夕莉のことが好きだったのだ。
だから、夕莉から”あの話”を聞かされた時、私は酷く絶望したのだ。
あの子に待ち受ける未来が、それほどにまで悍ましいものだったなんて。
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