贄ノ呪 2
「…成る程ねぇ、それでボクなら何か知ってるんじゃないか、そう思ったと」
先輩に指定された喫茶店にやってきた俺たちは、私服姿の先輩に迎えられて、席に着いた。正月だというのに営業していたそこは、如何にも田舎の喫茶店という感じの、ちょっと古っぽい店だった。俺たち以外には客も無く、店主らしき人の姿すら見えない。
先輩は室内にも関わらず、厚手のダウンコートを着ていたので、身体のラインが全くわからなかった。結局のところ、やはり性別不詳だ。
「とりあえず、何か飲みなよ。ここのオススメはミルク珈琲かな〜」
「あ、じゃあそれで…」
「お〜い、マスター! ミルク珈琲、ホットで3つね〜!」
暖簾の向こうの調理場に向かって、先輩が大声で注文するが、返事は返ってこない。異様な雰囲気の中、俺と及川は柄にも無く緊張していたが、やがて先輩が本題に入った。
「まず、キミたちに伝えなきゃならないことが2つ。1つ目は、その『儀式』がどんなものなのか、具体的にはボクは知らないんだ」
「…そうスか」
「待って待って、そう残念そうな顔しないでよ! まだもう1つが残ってるでしょ?」
肩透かしに終わったかと、失望を隠せなかった俺に、先輩はおどけたように笑う。その時、すぐ傍から『カチャ』という音が鳴って、驚いた俺と及川が振り返った。いつの間にか、トレーに乗せられたコーヒーカップが3つ、テーブルの上に置かれている。それを置いた店員らしき人物は、どこにもいない。
「ちょっ、い、いつの間に!? 先輩、ここの店員さんどこにいるんですか!?」
「あはは、コーヒーの腕は一流なんだけど、シャイな人でさ〜。気にしないで、ここのメニューはどれも絶品だから!」
「いや気になるから!! 大丈夫!? ちゃんと生きてる人だよね!?」
「まあ飲んでよ〜。ここまで来る途中、寒かったでしょ〜?」
青ざめる及川を適当にやり過ごして、先輩は平気なツラをしてミルク珈琲を飲む。仕方ないので、俺と及川もミルク珈琲に口をつけたが、ほんのりと甘くて香りの深いそれは、確かにめちゃくちゃ美味かった。…及川の「生きてる人だよね」という質問にハッキリと答えなかったことは、今は忘れることにしよう。
「話を元に戻すけど、知っての通りボクは霊感が強くて、この世のものではないものは、大抵見えるんだ。ま、生霊みたいな中途半端なヤツだと、ちょっと見辛いんだけどね」
「はあ…」
「だからねえ、ボクがはじめて夕莉に会った時、ビックリしたんだよ。こんな状態で生きてる子がいるのか…って」
そう語る先輩の表情は、今まで見たことがないものだった。真剣な表情で、どこか水無瀬を案じるように語る先輩の姿に、俺たちの背筋が伸びる。
「…夕莉の肩にはね、それはもう何人もの女の霊がいるんだよ。しかも全員が全員、常人なら1人取り憑かれただけで死に至るような、とんでもない悪霊なんだ」
「…え……!?」
「だからボクね、思わず聞いちゃったの。『どうして無事でいられるの?』って。そしたら夕莉は…『彼女達を受け止めるのが、私の使命だからです』って、そう答えた」
それは、どういう意味だ? 何人もの女の悪霊を受け止めることが、使命?
「よく夕莉が『陰の気』とか『陽の気』とかって言うじゃない? あれは『陰陽』っていう、陰陽道の考え方でね。簡単に説明すると、この世は陰と陽、マイナスとプラスで出来ていて、そのバランスが保たれていることが一番理想だっていう、そういう考え方」
「つまり、良いこと悪いこと、みたいなことですか?」
「善悪ではないんだよねえ。陰が無ければ陽も無く、陽が無ければ陰も無い。ちょっと難しいかもしれないけど、夕莉の話をする上では重要なことだから」
先輩の言う『陰陽』の意味はよくわからないが、要するに腹が減ってる時が『陰』の状態で、たらふく食って腹いっぱいなのが『陽』の状態だとすると、腹八分目の時が一番いい、みたいなことだろう。…我ながら、頭の悪い例えだとは思うが。
「でね、霊っていうのは死んでる人のことを言うでしょ? 『死』っていうのは『陰』のものだとされてるの。生きている人、『生』は逆に『陽』のものね」
「は、はあ」
「悪霊に取り憑かれて死ぬっていうのは、自分の中の『陰』の気が強くなりすぎて、バランスが取れなくなった末のことなんだよ。でも、夕莉はそんな事がない。どれだけの悪霊にのしかかられようと、この陰陽のバランスが崩れることがない。完全に平静な状態を保てる、そういう人なんだ」
先輩の説明に、俺たちは少なからず驚いた。それなりの付き合いがあるのに失礼だとは思うが、水無瀬は如何にも陰の側に偏った人間のような、そんな気がしていたからだ。だが実際は、どちらかに偏る事なく、全く公平に生きているらしい。でも確かに、あいつはいつも冷静だし、感情的になるってこともないもんな。
「…で、それはつまり、どういうことなんですか?」
「ボクが思うにね、夕莉のそれは天性のものも少なからずあるんだろうけど、努力して身につけたもののような気もするんだ。いわゆる『使命』の為にね」
「努力して…? その悪霊たちの為に、ってことですか」
「うん。で、ここから先はボクの推察なんだけど…。恐らくあの悪霊たちは、過去の『水無瀬の巫』たち。それも、あんな悪霊になるような死に方をした、ね」
先輩の真面目な口調に、俺は背筋が凍るような思いがした。過去の水無瀬の巫たちは、死後に悪霊となって水無瀬に取り憑くような、そんな死に方をした? じゃあ、当代の巫である水無瀬も、そんな風に…!?
「…ボクが話せるのは、ここまで。さて、ここから先は、実際に自分の目で確かめることにしようか!」
「は…? 先輩、それってどういう…」
先輩はそう言って、カップに残っていたミルク珈琲を飲み干すと、すくっと立ち上がった。自分の目で確かめるって、どういうことだ。先輩は財布から俺たちの分も含めたコーヒー代を取り出して、誰もいないカウンターに置くと、調理場の方へ「マスター、お代ここに置いておくから!」と言った。
「2人は日本史で、『神仏習合』って習ったことない?」
「俺たちに勉強関連のことを期待しないでくれます? 習ったかもしれないけど、知らないです」
「ありゃ、学生がそれでいいの〜? まあ簡単に説明すると、昔は神社とお寺ってごっちゃだったんだよ。『神宮寺』とかっていうんだけど。それが明治になった時に、『神仏分離』っていうのが広まって、神社とお寺は別々に区別されるようになったワケ」
「は、はあ…?」
「あはは、岩泉くん難しい顔しすぎ! つまり、昔は清水神社の神宮寺だったお寺が、今も残ってるワケ! そのお寺は明治初期に別の場所に再建されて、今もバリバリお経を唱えてるんだよ〜」
「…ってことはつまり、その寺に行けば『儀式』が何なのか、わかるってことか! そこはもともと、清水神社だったから!」
「ご名答!」
ここに来てようやく希望が見えてきて、俺と及川はガッツポーズをした。シンブツなんとかはよくわからんが、さすがはオカ研の部長といったところか。やっぱり先輩に話を聞いてよかった。
「で、そのお寺ってどこなんですか!?」
「うんとねえ、セイヨウジってとこ」
「………は? 今なんて?」
「だから、青葉寺(セイヨウジ)ってところ。今の住職さんは、尚賢(ショウケン)さんって言ったっけ? 時々、法衣姿で原チャリ乗ってるの、見かけない?」
「こんのクソ坊主、やっぱり知ってたんじゃねえかああああああああ!!!!!」
「あっはっは、新年早々に随分と喧しいですねぇ。そうめいっぱいに叫ぶと、血管が切れてしまいますよ」
叫ばせているのはどいつだ、そう叫ぼうとした俺を、先輩が「どーどー!」と止めた。俺たちは今、俺たちの住む区域唯一の寺、青葉寺の社務所に来ている。その寺の住職である方丈さん、本名『京谷尚賢(キョウタニ ナオタカ)』は、涼しい顔をして激怒する俺をせせら笑った。ぶっ飛ばすぞ、この生臭坊主め。
先輩が教えてくれた、大昔に清水神社の一部だったという寺、それはこの方丈さんの寺だったのだ。そんなことは俺も及川も知らなかったし、方丈さんも教えてくれなかった。何より、方丈さんは俺が儀式のことについて聞いた時、「知らない」と答えたのだ。俺が怒らないはずがねえだろ。
「岩ちゃんの言う通りだよ、方丈さん! どうして教えてくれなかったんですか!?」
「単純に、教育に悪いからですよ。あまり聞いていて気持ちいい話じゃありませんからね」
「そんなことを隠してやがったのかよ!? 尚更タチが悪いだろ!」
「何とでもお言いなさい。その儀式を知ったところで、君たちに何ができるんですか」
怒鳴る俺たちに、方丈さんは静かな声でそう言った。あまりにもハッキリと「何ができる」と聞かれて、思わず言葉が詰まってしまう。確かに、俺たちは水無瀬に何をしてやれるのだろう。だがそんなことは、少なくとも『儀式』が何なのか知ってから考えればいい。
「方丈さん、教えてあげてよ〜。彼ら、すごく一生懸命だし、本気で夕莉のことを心配してる。こんな若者見過ごしてたら、特大級のバチが当たるよ?」
「…はあ、御仏からの仕置きはご免ですね。わかりました、話して差し上げます」
先輩からバシバシと肩を叩かれた方丈さんは、大きく溜息を吐いて茶を啜った。
「その前に1つ、前置きを。私が今から話すのは、あくまで寺に残る文献から推察したことに過ぎません。ですから、私の話が正しい保証はありませんよ」
「それでも、俺たちがあれこれ考えるより、よっぽど真相に近いでしょ。だから、話してください」
「…全く、君たちは昔から、我が道を行くと決めたら止まりませんね」
真剣な及川や、俺を見て、方丈さんは笑った。ガキの頃、ボール片手に「バレーやらせてください」とやってきた俺たちを迎えた時と、同じ表情だった。俺たちの本気が、伝わったということだろうか。
「君たちは、『水乞いの巫女』の伝説は知っていますね?」
「ハイ、本で読みました。酷い水不足に陥った集落を救う為に、水無瀬の先祖の巫女さんが祈ったっていう…」
「…そうですね、そのように伝えられています。ですが、この寺に残る文献には、少し違った事実が書かれているのですよ」
「え……?」
方丈さんは、いつもの胡散臭そうな表情をどこかへ追いやり、真剣な眼をして語り始める。
「では、話して差し上げます。清水神社に古くから伝わり、今の今までこの地に受け継がれ続ける、『呪い』の話を」
その昔、潔世山の麓に構える集落に、お菊という娘がいた。
潔世山そのものを山神と祀る神社、その社の宮司の娘として生まれたお菊は、気立てもよく誰からも好かれる、そんな娘だった。
ある日、集落は長きに渡る大日照りと、水不足に襲われた。
集落の女子供や老人が、次々に死に絶えていく中、お菊の父である集落の長は、ある決断をした。
山神に助けを求める為、『水乞いの儀式』を行うことを。
必要なのは、若く美しい、穢れのない娘。
その儀式の行い手に、お菊が選ばれた。
集落の男たちは、お菊を潔世山に連れて行くと、
山の水を得る為の井戸に、お菊を突き落とした。
お菊は七日七晩、一片の食べ物も、一滴の水を口にすることもなく、井戸の底に閉じ込められた。
そうして八日目の朝になると、男たちはお菊を引き上げた。
堪え難い渇きに苛まれたお菊が水を求めると、男たちは水を差し出した。
そして、水を飲もうとしたお菊の首を、鉈で撥ねた。
- 32 -
[
*前
] |
シオリ
| [
次#
]
[
戻
]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -