贄ノ呪 1
新年が明けた。元旦、という文字がピッタリ似合う、清々しくて気持ちいい朝だった。年末年始は練習も休みなので、俺とクソ川は朝一番に、いつも世話になってる清水神社に初詣に行くことにした。何故朝一番なのかというと、青城チームの連中と自主練する予定があるので、朝を逃すと参りに行けねえというのが理由だ。それを聞いたクラスメイトに「休みじゃないじゃん」と突っ込まれたのは、年が明ける前の話だ。
「もうすぐ清水神社だってのに、参拝客らしい人いないねー。新年だから、もっとワンサカいると思ったのに」
「やっぱ大手に集まるんだろ、大崎八幡宮とか」
「あー。毎年スゴいもんね、人。あんなところにいたら及川さん揉みくちゃにされちゃう」
「そのままペシャンコにされても俺は全く問題ないがな」
「新年早々にそういうこと言うのやめない!?」
及川は新年になっても、相変わらずのクソ川ぶりだ。だが、俺にとってもそうだったが、こいつにとって去年は中々に激動の年だった。呪われるわ、生霊に憑かれるわ、また呪われるわ…。風子のことだって、及川はまだ立ち直りきってないのが、いつも以上に明るく振舞おうとするその様子でわかった。だからこそ、俺はいつも通り、こいつのことをクソ川として扱うことにしている。天才に負けることの次に、同情されることが嫌いなヤツだからな。
「っと、着いた着いた」
人気の少ない田舎道を歩いていると、木々の枝の間にひっそりと隠れた、古い石段に辿り着いた。ここを登れば、清水神社だ。俺が石段を登ろうと足をかけた瞬間、及川が俺の肩を叩いて、ニヤリと笑う。
「岩ちゃん、新年1発目に競争しない? どっちが速くここを登り切るか」
「…俺が勝ったら味噌ラーメンな」
「じゃあ俺は醤油。それじゃ位置について、スタートッ!」
及川の合図に合わせて、俺は対抗心剥き出しで石段を駆け上がった。神様の家を勝負の場にして悪いとは思うが、たとえ駆けっこだろうが早食いだろうがバレーだろうが、及川にだけは負けたくないと言うのが男心というものだ。ムカつくことに脚の長さは、ほんの少しだけ及川の方が長い。だがスタミナは俺の方がある。頂上まであと数段というところで、俺は及川を追い抜いた。
「おっしゃあッ! ラーメン、勝ち取ったりッ!」
「あーくっそ!! 今年は絶対に厄年だ…って、アレ?」
全速力で石段を登り終え、荒れた呼吸を落ち着かせていると、及川がそんな反応を見せた。不思議に思って、俺は及川の見ている方に視線を向ける。及川の視線の先にあるのは、神社にはごく普通にある賽銭箱だ。その前に、1人の女が立っていて、お参りをしている。
「参拝客、来てるんだな。やっぱり霊験あらたかそうだもんな、ここ」
「そりゃそうでしょ。でも、ビックリした。一瞬、夕莉ちゃんかと思ってさ…」
確かにその女の人は、まさに純日本人というような黒くて長い髪をしていて、及川が言うように、どことなく水無瀬に雰囲気が似ていた。しかし、その人が着ている服は、至って女子らしい白のチェスターコートだ。いつも私服は黒ずくめの水無瀬は、おおよそ着ないであろうものだった。
すると参拝を終えたのか、その女の人は後ろを振り返って、俺たちに気付いた。その人は眼鏡を掛けていて、遠くから見てもわかるほど、とにかく美人だった。及川は「うわっ、美女!」と素の反応を見せていたが、俺はその美女に見覚えがあることに気付く。
「確か、前に水無瀬と一緒に神社にいた…!」
「…あなたは確か、夕莉の先輩だっていう…」
「えっ、岩ちゃん知り合い!? こんな美女と!?」
及川が驚く中、眼鏡美女はカツカツと俺たちに歩み寄ってきて、じっとこちらを見てくる。思い出した。前に及川が、新宮というバド部の2年に髪の毛を切られて売られるという事件があった時、清水神社で水無瀬と親しげに話していた人だ。確か水無瀬からは『キヨコねえさま』と呼ばれていた記憶がある。ってことは、この人は水無瀬の姉ちゃん、ってことか?
「…初詣?」
「え? あっ、ハイ、そうっス」
「ちょっとちょっと、2人だけで話してないで俺にも紹介してよ! 君は夕莉ちゃんの知り合い? もしかしてお姉さんとか?」
及川がデレデレしながら、目の前の眼鏡美女に詰め寄る。普段はファンの女子に対して「もうちょっと控えめになってくれないかな〜」とかぼやいてる癖して、自分は美人となるとこうなのだから、こいつ本当にクソだよな。眼鏡美女は嫌そうに眉を寄せ、顔を近づけてくる及川から距離を置いた。
「…私は夕莉の従姉妹。姉じゃない」
「そ、そうスか。…あっ、俺は岩泉っていいます。こっちのクソ野郎はクソ川っス」
「及川! オ・イ・カ・ワ! 間違えて覚えられたらどうすんのさ!」
「…私は清水。清水潔子」
俺が自己紹介をすると、清水さんは律儀にフルネームを名乗った。多分、歳は同じくらいだと思うが、眼鏡を掛けているからなのか、やけに大人びて見えるので、俺はつい敬語になってしまう。及川は相変わらずデレデレしていたが、ふと何かに気付いたような顔をして、清水さんの顔をジロジロと見始めた。
「あれ、なんか…どっかで会ったことない?」
「神様の前でナンパとかナメてんのか」
「違うって! ナンパじゃなくてマジで! 多分、いや絶対に会ったことあるよ、君と」
「…インハイ予選の時、すれ違ったことがある。一回だけ」
「え…。ってことは清水さん、バレー関係者?」
「烏野のマネージャーしてる、一応」
「ああ! 『堕ちた強豪、飛べない烏』ね!」
クソ川が無神経にもそんなことを口走った瞬間、清水さんはこれ以上ないくらい不愉快そうに眉を寄せた。俺はクソ川の足を思いっきり踏み付けて、その痛みでクソ川も自分の発言の非常識さに気付いたらしい。あわあわと慌てて清水さんに謝り始めた。
「ご、ごめん! 悪気はなくて、そんな話を小耳に挟んだものだから、つい…!」
「別に。そんな呼び方、今にされなくなる」
「…っていうのは、つまり?」
「今に、あなた達も倒せるくらい、強くなる。いつまでも『飛べない烏』だなんて言わせない」
そう宣言する清水さんに、及川はそれまでの慌て顔から一変して、嫌な笑い方をした。挑発されたと思ったのだろう、あれは敵に対しての顔だ。女子相手にするツラかよ、とも思ったが、相手が誰であろうと勝負である以上は真剣だという、及川なりの誠実さでもある。
「…ところで、水無瀬もいるんスか? 初詣に行くとは言ってあるんですけど」
「…夕莉は巫としての神務中。三が日の最中は、会えないと思って」
「そっかー。やっぱり巫女さんだと、正月は忙しいよね。『明けましておめでとう』はまた今度にしよっか」
予想はしていたが、やはり正月ともなれば、神社や寺は大忙しだろう。方丈さんも「君たちは年末年始が休みで、羨ましい限りですねぇ」なんて言ってたし。水無瀬への新年の挨拶はまた今度にして、俺たちは手水舎で手を洗ってから鳥居を潜り、お詣りをすることにした。用意してきた小銭を賽銭箱に入れて、鈴を鳴らして、2礼2拍手。日本人の常識だ。
「今年こそはウシワカヤローに勝つ!!!」
「うるっせえヤツだな! 願い事は口に出すモンじゃねえだろ」
「いやいや、これは願い事じゃなくて、宣言だから。自分の望みは神様に頼らず、自力で勝ち取る。でなきゃ意味ないからね」
「…珍しくマトモなことを言うな、お前」
「新年早々、失礼だってば、岩ちゃん!」
及川なんぞの発言に、思わず感銘を受けてしまった俺は、「全国行けますように」と願おうとしたのを止めて、「今年一年、母ちゃんと父ちゃんが健康でいますように」と願い直した。ついでに「あとクソ川が少しは静かになりますように」とも願っといた。我ながら無茶な願いを神様に押し付けちまったもんだ。
「さて、帰っておせち食べよ! 練習前に腹ごしらえしとかないと」
「オイ、ラーメンはどうした。言い出しっぺはテメーだぞコラ」
「正月とか普通、ラーメン屋も休みじゃん!? また今度、練習終わりにでも…」
「…あの」
お詣りを済ませ、鳥居を潜って帰ろうとした俺たちに、清水さんが声をかけた。どうやら、俺たちがお詣りするのを待っていたらしい。清水さんはゆっくりと俺たちに近寄ると、少し気まずそうに目を逸らした。
「…夕莉と仲良くしてくれて、ありがとう」
「え?」
「あの子、今まで人と接したこと、殆ど無かったから…。学校で上手くやれてるか、心配で」
「まあ、上手くやれてるかどうかってのは、とりあえず…。そんなに心配しなくても、夕莉ちゃんはいい子だし、俺たち以外に仲良い先輩もいるし…」
「でも、もう夕莉とは関わらない方がいいと思う」
途端に、清水さんが冷たい声で、そんなことを言った。俺も及川も、一瞬なにを言われてるのかわからなくて、間抜けにもポカンと口を開けてしまう。清水さんは目を逸らしたままで、何を思ってそんなことを言ったのか、全く伺い知ることができない。
「ちょ、ちょっと待って? もしかして、俺が言ったこと、まだ怒ってる?」
「それは別に怒ってない。それとは関係なく、夕莉には関わらない方がいいって、そう言ったの」
「…どういう事だよ? どうして俺たちに、水無瀬と関わるなだなんてことを言う?」
俺は何故か、言い知れぬ苛立ちが湧き上がってくるのを感じて、乱暴な口調でそう問い質した。清水さんはますます気まずそうに、俺たちに背を向ける。そして、耳を疑うような言葉を、その鈴の鳴るような綺麗な声で言い放った。
「もうすぐ、夕莉には会えなくなる。きっと、一生」
「え……!?」
「それ以上は言えない。…忠告は、したから」
そのまま立ち去ろうとする清水さんの腕を、俺は咄嗟に掴んだ。頭の中に、今まで聞いた話が目まぐるしく反芻する。水乞いの巫女の伝説、水無瀬の巫、そして潔世山に伝わるという儀式。まさか、その儀式は本当に、水無瀬の身に関わるものなんじゃ…!
「待てよ、それって……!!」
「い、岩ちゃん、ちょっと!」
「…離して」
及川が俺を止め、清水さんは俺の手を振り払って、そのまま足早に石段を降りていった。俺は追いかけようとしたが、その瞬間に風が強く吹いて、神社の鈴が甲高い音を鳴らしたので、俺は我に返って足を止める。及川は俺の様子を不審がりながらも、俺の肩にポンと手を置く。
「どうしちゃったのさ? 岩ちゃんらしくないよ、あんなの…」
「…悪い」
冷静になれば、今回ばかりは及川の言う通りだ。女子相手にあんな乱暴に振る舞うなんて、我ながら後悔の念でいっぱいになる。
「それにしても、夕莉ちゃんに会えなくなるって、どういうこと? 岩ちゃん、何か知ってるの?」
「……」
そういえば、方丈さんから聞いた水無瀬に関わる話を、及川には話したことがなかった。俺は自分の頭を整理するのも兼ねて、及川にこれまで聞いた話を説明する。全部聴き終えた及川は、「なんで俺には教えてくれなかったのさ」と怒ったが、すぐに真剣な表情になって清水神社の拝殿を振り返った。
「つまり、俺たちが夕莉ちゃんに会えなくなるっていうのは、もうすぐその儀式が行われるからってこと? それも一生ってことは、まさか夕莉ちゃんが生贄にされるとか、そういうことなんじゃ…!」
「…もし本当にそうなんだとしたら、絶対に認めねえ!」
俺は声を荒げた。及川の推察は、多分間違っていない。それがどんな物なのかはわからないが、水無瀬はその『儀式』の為に、犠牲にされようとしてるに違いない。
ふざけんな、水無瀬は良い奴で、及川の恩人で、俺のダチだ。あんなことを言われたからって、はいそうですかと距離を置く訳がねえだろ。意地でもその儀式が何なのかを突き止めて、水無瀬を助ける。それが今まで何度も助けてくれたあいつにできる、俺たちの恩返しだろう。
「及川、図書館行くぞ!」
「え!? 図書館!?」
「あの烏野マネの態度からして、清水神社のヤツは絶対教えてくれねえだろうからな! こっちで調べるしかねえだろ!」
「いや、それはいいんだけど…年末年始は図書館も休館だと思うけど…」
「あ゛ぁ!? クソが、何のために市民税払ってると思ってんだ、ゴルァ!!」
「俺に八つ当たりするのやめて! とりあえず落ち着こうか、岩ちゃん!」
及川なんぞに諭されて、俺も冷静さを取り戻す。だが、どうやってその『儀式』のことを調べればいいのか、それは思いつかない。俺が頭を悩ませていると、及川は急にニヤリと笑って、俺に向き直った。
「岩ちゃん、一番最初に当たるべきところを忘れてない?」
「はぁ?」
「夕莉ちゃんに一番近くて、夕莉ちゃんのことを一番よく知ってそうな人が、俺たちのすぐ身近にいるじゃんか!」
「……あっ! そうか、あの人なら……!」
俺と及川の脳裏に、ある人物の顔が思い浮かんだ。及川はすぐに携帯電話を取り出して、その人に電話を掛ける。電話を掛けて数秒もしないうちに、その人は電話に出て、妙に明るい声で新年の挨拶を述べた。
『ハッピーニューイヤー! このオカ研の部長たるボクに何の御用かな、及川くん?』
- 31 -
[
*前
] |
シオリ
| [
次#
]
[
戻
]
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -