七ノ呪2
やあやあ、久しぶり! 巷では『ナナシ先輩』なんて呼ばれてる、オカ研の部長で夕莉の先輩だよ。この間、ボクが話した青城の七不思議、みんなは覚えてるかな? 今頃、夕莉と阿吽コンビが頑張って、七不思議の秘密を解き明かそうとしてる頃だと思うよ。
まず、おさらいをしようか。あの3人にとって鍵となるのは、『第二体育館の教官室の止まった壁時計』『美術室の絵画『血の林檎』』、『第一体育館の女子トイレの一番奥の個室』の3つの七不思議。これらのうち、どれか一つが『本物』なワケで、3人はそれがどの七不思議なのか、それを突き止めに行ったんだっけね?
うーん、そうだなぁ〜。この部室から一番近いのは、『血の林檎』がある美術室だから、まずはそこに行ったと思うよ。幾人もの生徒が魅入られ、手首を切った呪いの絵画なんて、是非ともその眼で見てみたいもんねぇ。で、今は昼休みだから、5限の授業のために美術のお爺ちゃん先生が、授業の準備をしている頃なんだよね。阿吽コンビと夕莉の性格からして、如何にも『血の林檎』についてよく知ってそうな先生がいたとしたら、絶対に真相を聞くだろうから、今頃はこんなやり取りをしてるんじゃないかな?
「ああ、あの絵の七不思議かい? それは半分あたりで、半分はずれってところかなぁ」
「「は?」」
美術の担当教諭である菱川(70歳、あだ名は『ヒッシー』)の答えに、質問を投げかけた当人である及川と岩泉は、素っ頓狂な反応をしてしまった。菱川は美術室と隣り合わせの教材倉庫から、問題の絵である『血の林檎』を持ってきて、3人に見せてやる。
その絵画には、確かに『先輩』の語った七不思議通り、真っ赤な林檎を落とす女の姿が描かれていた。絵には疎い及川や岩泉にも、その絵がとても精巧に描かれていることはよくわかる。しかし、自ら進んで自傷に走ろうと思えるほどの魔力めいたものがあるかと言われれば、そんなことはないという印象だ。
「これを描いたのは、確かにうちの卒業生でね。源廻(ミナモト メグル)って子なんだけど」
「ミナモト? メグル?」
「もしかしてその方は、『Eris』というファションブランドの、デザイナーの方でしょうか」
「え? 夕莉ちゃん、知ってるの?」
「先輩が教えてくれた、私がよく着ている服のブランドなので。私も先輩から教えてもらっただけで、詳しくは知りませんが」
「おお、それでもよく知ってるねぇ。源はデザイナーだけじゃなくて、画家に映画監督に歌手にと…とにかく多才な子でねえ。まあ、いわゆる『アングラ系アーティスト』ってやつだよ」
「…あれ? 確かこの絵を描いた卒業生って、手首切ってもうこの世にはいないんじゃなかったっけ?」
ふと、及川がそんな疑問を口にする。七不思議では、『この絵を描いた当時の美術部部員は、卒業後に再び手首を切り、既にこの世にはいない』と語られていたはずだ。そのことを問いただすと、菱川は困り笑いのような笑みを浮かべて、『血の林檎』の絵画を見つめる。
「まあ、そのね……手首を切ったことは事実なんだ。源曰く『アートの一環』でね」
「はぁ? アート?」
「いやね、今から10年前に、源は『血まみれのエリス』っていう、アングラ系のロックバンドをやっていたんだけどね。今でも熱狂的なファンがいるほど、当時のアングラシーンで大活躍したバンドだったんだけど」
「ヒッシー、そんな『クラシックしか聞きませんよ』的な穏やかそうな見た目なのに、めっちゃアングラシーンに詳しいじゃん…」
「うるせえ及川、くだらねえ茶々いれんな」
「あはは、まあ卒業生のことだからね。…で、中でも伝説と語られる『輪廻転生ギグ』っていうのがあって。その内容っていうのが、ライブの初めに手首を切って、その状態で意識が無くなるまで歌って、出血で意識が無くなったらすぐに病院に担ぎ込まれて、処置が終わるとライブハウスに戻ってきてまた歌うっていうライブなんだけど」
「うっわ…何ソレめっちゃドン引きなんだけど…」
「まあでも、源曰く『私は一度死んで、そしてもう一度生まれてきた』っていうことらしいから、ある意味『もうこの世にはいない』っていうのは正解なんだよ。源は本当は、『恵み』に瑠璃の『瑠』って書いて『恵瑠』って名前だったんだけど、そのライブのあとに輪廻の『廻』に改名したからね」
「俺にはサッパリ理解できねえが、まあ一部の物好きが好きそうだということだけは理解できた」
「では、七不思議にある『描き手が手首を切って流した血を、絵の具に混ぜて作られたとされている』というのはどうでしょうか」
「ああ、それは間違いだね。源がこの絵を描いた時は、アングラ系のサブカルが好きだっていう、ちょっと変わった生徒ではあったけど、手首を切ったりなんてことはしなかったよ。多分それは、源のファンが言い出した、一種の都市伝説なんじゃないかなあ」
「じゃあ『この絵に魅入られた生徒はたちまち自傷行為に走るという』ってのは?」
「……実は、生徒じゃない外部の人で、源のファンだっていう人が、夜中に学校に忍び込んだことがあってねぇ。まあ何というか、高校時代の源の絵を見れたことに感極まっちゃったのかなぁ、安直に盗むとかすればまだよかったのに、よりにもよって美術室で手首切っちゃって。職員たちで内密に事を済ませたんだけど、そのことが噂として広がっちゃったみたいで、その噂に尾ひれがついたんじゃないかなあ」
「うっわ……やっぱりドン引きだわ……。俺、そっちの趣味の女の子とだけは、絶対に付き合わないようにしよ……」
「今日ばかりは珍しくクソ川と同意見だな……」
『血の林檎』にまつわる血みどろの裏話を聞いた及川と岩泉は、げんなりとした表情を浮かべていたが、夕莉だけはいつもの氷のような無表情を崩すことは無かった。
とまあ、こんなところじゃないかなあ。『血の林檎』の七不思議は、アングラ系アーティスト源廻さんの熱狂的ファンの、これまた熱狂的な行動が噂になって、それに尾ひれがついたっていうのが正解なんだよね。あ、ちなみに絵を見て手首を切ったファンの人は、ちゃんと生きてますよー。実は、そのファンの人を真っ先に見つけたのが、何を隠そうこのボクなんだよね。あの時は本当にビックリしたなぁ。
で、残る七不思議は2つ。だけど昼休みはそろそろ終わっちゃうから、一旦3人とも教室に戻るってところかな。でもでも、夕莉は5限に体育があって、七不思議の舞台の1つである第一体育館で授業が行われるはずだから、自分から進んで『第一体育館の女子トイレの一番奥の個室』の調査をするって言い出すはずなんだ。夕莉の性格的に、事を後回しにしないタイプだからね。
夕莉がそう来るとなると、2人だけサボってるわけにはいかないと、真面目な及川くんと同じく真面目な岩泉くんは、残る1つの『第二体育館の教官室の止まった壁時計』の調査をしようと言い出すよね。第二体育館の教官室は、主にバスケ部が使ってるから、それぞれのクラスのバスケ部の子に話を聞くのが一番手っ取り早いかな。でも、及川くんのクラスメイトのバスケ部の子は、レギュラーじゃないから教官室に出入りすることはあんまり無いんだ。だから、今回情報を掴むのは、岩泉くんの方だね。それは多分、こんな感じで。
「ああ、あの時計? あれは別に、そんなヤベー話じゃなくて、単純に壊れてるだけだぞ」
5限が開始する前、自席の後ろに座るバスケ部の小宮(バスケ部の副主将)から返ってきた返答に、岩泉は「だよなあ」と言うような呆れた表情を浮かべた。先ほどの菱川の話を聞いて、七不思議というもの事態に懐疑的になっていたこともあり、この真実は半ば予想通りというものであった。
「ま、金属バット持って教官室に殴り込みしたヤツがいたってのは、本当だけどな」
「は? 嘘だろ?」
「いや、マジマジ。先輩から聞いた話なんだけどさ」
しかし、小宮がぼそりと呟いた内容のショッキングさに、岩泉は思わず食いついてしまった。本人は知らぬとはいえ、自分の大先輩にまつわる話だというのに、小宮はスマホを弄りながら半笑いで語りだす。
「練習がキツすぎて精神病んで、監督をぶっ殺そうとした部員がいたんだってさ。そんなヤワな気持ちでバスケすんじゃねーよハゲって感じだよな、マジで」
「ま、まあそれはそうだな。で、どうなったんだ? まさかマジで殺したのか?」
「いや、バットでぶん殴られはしたらしいけど、命にかかわることではなかったらしいぜ。でもそのことがきっかけで、当時の監督は辞めちまったんだって。だから『殺された』なんて噂になってんのかね」
「へー……。じゃあ、その件とあの時計は、別に何も関係無えってワケか」
「いや、例の金属バット野郎が暴れた時に、弾みで時計が落っこちて、それで内部の機械かなんかがイカれて、時計が止まったんだってさ。だからあの時計が差してる時刻が、バット野郎が暴れ回ってた時間だっていうのはマジだよ。ま、監督は死んでねーけど」
「何か、絶妙に嘘と真が入り混じってんのな。っつーか壊れてるんなら捨てろよ」
「大昔の卒業生から贈られた記念品なんだと。だったら捨てなくてもいいから直せよって話だけどな」
そんな会話をしているうちに5限の担当教諭が来たため、岩泉は教卓の方へと向き直った。世の中の都市伝説や怪談というのは、実際にあった真実と尾ひれのついた噂が混じって、こうして1つの話となるのかもしれない。岩泉はそんなことを考えながら、鞄の中から教材を取り出した。
って言う感じだろうねぇ。15年前、1人の生徒が金属バットを持ってきて、監督さんを襲ったっていうのは事実で、それ以外はみーんな噂なんだよね。やっぱりみんな、己の身にさえ降りかからなければ、その手の血みどろの話が好きだってことだね。ちなみに、その監督さんを殺そうとしたっていう生徒は、その後に退学処分になったよ。ま、当然と言えば当然なんだけど。単純に向き不向きの問題だったのか、バスケ部を辞めてからカウンセリングとかを始めたらだいぶ良くなって、今はごく普通の社会人。たまに会って話をすることもあるけど、「当時の自分は明らかにまともじゃなかった」って言ってるね。
さて、残る1つは夕莉が調べてる、第一体育館の女子トイレの霊の七不思議。ま、残る2つが違かったってことは、もう答えはわかってるよね? それに、そろそろあのトイレに行ってみた夕莉が、ボクのところへやってくる頃だよ。
「先輩」
ほら、来た。これから体育だから、制服姿ではなくジャージ姿の夕莉が、オカ研の部室にやってきた。あの眼を見るに、あの個室にいる『あの子』に、会ってきたみたいだね。
「やあ、夕莉! もうすぐ授業始まっちゃうよ? こんなところにいていいの?」
「先輩、あの霊は一刻も早く成仏させるべきです。本人のためにもなりません」
うーん、やっぱり夕莉は賢いなぁ。ボクもそう思ってたところだったんだよ。でも、こればっかりは当人の問題だからね、ボクには何ともできないや。それに、あの子があそこにいる限り、夕莉にもどうすることもできないからね。
「夕莉、不思議に思ってるんじゃない? どうして今まで自分は、あの子に気付かなかったのかって」
「…はい。恐怖や恨みを抱く霊の存在を、私が察知できないはずはありません」
「だよねえ。キミの霊感は『悪いモノ』にしか働かない。あの子にとってはね、あの個室の中は『シェルター』なんだよ。あそこにいる限りは、誰も自分をいじめることはない。心から安心できる絶対的な場所なの。あの子があそこに閉じこもる以上、誰に危害を加えることもないし、キミが察知できるような『悪いモノ』になることもない」
夕莉が見えるのは、恨みや悲しみ、怖れや憎しみといった陰の気、つまりは負の感情を抱く霊だけ。けど、あの個室にいる霊は、彼女の領域を犯そうとしない限りは、そんな感情を抱くこともない。
あの子は生前、家にも学校にも居場所が無かったんだよね。そんな彼女がようやく見つけた、安心して閉じこもることのできる場所が、いじめっ子から逃れるために飛び込んだ、『第一体育館の女子トイレの一番奥の個室』だった。七不思議には『恐ろしさのあまり彼女は個室から出ることができず、やがて餓死するまで外へ出ることはなかった』ってあるけど、それは実は嘘なんだ。本当は、『ここが一番安心できて、ここから出たくなかったから』、彼女は餓死するまでそこに居続けた。…トイレが唯一の自分の居場所なんて、哀しい話だよねぇ。
「あの子を見ることができたってことは、あの個室の扉を開けようとしたね? ダメじゃん夕莉〜、またボクが落ち着かせに行かないと〜」
「すみません。ですが、彼女はここにいるべきではありません。先輩があの霊と親しいなら、一刻も早くあそこから出て、成仏するように説得するべきです」
「夕莉は正しいねぇ。でもね、正しさを誰かに押し付けるのは、傲慢だよ」
ボクがそう言うと、夕莉は黙っちゃった。ちょっと厳しかったかな? 夕莉の言っている意味はわかるし、ボクもそうすることが正解だとは思う。でもね、彼女は出たくないんだよ、あそこから。生きている間、ずっと苦しんできた彼女に与えられた唯一の安寧を、奪ってしまうのは酷だって、甘ちゃんかもしれないけどボクはそう思うワケ。
「ま、暗い話は置いといて〜! これで晴れて、青城の七不思議の秘密を解き明かせたことになるね! それじゃあご褒美を上げないと〜」
「私には必要ありません。及川さんと岩泉さんにあげてください」
「ありゃりゃ、無欲な子だよねぇ、夕莉は。よーし、それじゃあ奮発して、あの阿吽コンビには『名誉オカ研部員』の称号を与えてしんぜよう〜! ねっ、豪華なご褒美でしょ?」
「先輩、それではお2人があまりにも報われません。もっとマシなものをあげてください」
「えぇ〜っ!? 豪華じゃんよ〜!」
ボクの渾身のご褒美を、夕莉にバッサリと否定されて、ボクはガックリと落ち込んじゃった。結構本気で考えたんだけどなぁ、名誉オカ研部員の称号。そうすれば2人はオカ研部員だって勘違いした女の子たちが、たくさん入部してくれるかもしれないじゃん? …ボクの邪な思惑も、夕莉にはお見通しってことかぁ、がっくり。
とまあ、いかがだったかな? 『青城の七不思議』のお話。キミたちが通ってる学校や、昔通ってた学校にも、ウチみたいに七不思議はあったりするのかな。もしあったら、きっとその裏には面白い裏話があると思うから、是非調べてみてね! みんなもレッツ・オカルト研究だよ!
……え? 結局、お前の正体は何だって? あはは、決まってるじゃんか。年齢不詳、性別不祥、名前はおろかクラスすら誰にもわからない、オカ研の部長の『ナナシ先輩』その人ですよ。
……もしかしたら、この世の存在ではなかったり、するかもしれない、ね。
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