噂ノ呪3
それから数日も経つと、俺はお菊さんに遭遇した時の恐怖心も忘れ、オカ研とは無縁のいつも通りの生活に戻った。っていうか事の当事者は及川であって、俺自体は全く関係ないからな。青城もいつも通り、相変わらずお菊さんと及川の噂で持ち切りだ。最近クラスメイトの内海から聞いた噂はこんな話だった。
「なあなあ、知ってる? お菊さんってああ見えてかなり嫉妬深くて、及川のファンの女子たちを片っ端から呪っていってるらしいぜ」
割と洒落にならなさそうな噂の内容に、俺は思わず食っていた総菜パンを吹き出した。近くにいる女子たちが「やだもー、きったないなー!」だとかいつか聞いたような文句を言ってくるのも尻目に、俺は心なしか青ざめた表情で内海の話を聞く。
「何そのめっちゃ怖い噂」
「いやホラ、お菊さんの呪いのせいで、及川が無理やりお菊さんと付き合わされてるって噂あったじゃん。あれを鵜呑みにした及川ファンの女子がお菊さんに文句を言いに行ったら、翌日その女子が風邪で学校休んだんだと。お菊さんの呪いのせいなんじゃないかって噂で今持ちきりだぜ」
「……いやもうなんというか、ノーコメント」
自分の知らぬところで思わぬ展開を遂げている噂話に、俺はもう辟易としつつ、心のどこかで「お菊さんならそれくらいできそう」と思っている自分がいることに驚いた。この手の話は基本的に信じないことにしているのだが、一度お菊さんに会ってしまうと「ハイハイ、フィクションフィクション」とスルーできなくなってしまった。
そりゃ自分でも馬鹿馬鹿しいとは思うが、何せお菊さんのあの風貌、あの雰囲気だ。人を呪い殺すぐらい余裕だろって思ってしまう。人の噂も七十五日なのに、お菊さんの噂がいっこうに収まる気配が無いのは、こういうことも原因なんだろうな、多分。
「なんだよ松川、いつもだったら『出たよ大喜利大会』とかいって冷やかすのに」
「……俺も一皮剥けて大人になったってことだよ」
「え、お前まさかアレか、ほ……」
「そういうことじゃねーよ、この下ネタ大魔神」
安易な下ネタに走る内海に突っ込みを入れつつ、俺は次の授業のために足早に教室を出た。5限は体育で、岩泉のクラスとの合同授業だった。この頃は冬場の体育お馴染みのマラソンの授業で、俺はいつもクラスメイトの連中と一緒に適当に走っているが、岩泉は陸上部の連中と一緒に全力で走ってる。言うまでもなく大体は岩泉が一等だ。
と、いつもならそうなのだが、俺はあることが気になったので今日ばかりは岩泉に付いていった。あることとは言わずもがな、及川のお守りに入っていた鏡のことだ。あれ以降、及川にそのことを聞こうとしても「そんな怖いこと聞くのやめてくれる!?」と逆ギレされるので、真相は聞けずじまいだった。あれからもう何日か経つのだし、もう解決はしているだろう。そう思って岩泉に聞いてみると、岩泉は微妙そうな顔で俺に教えてくれた。
「ああ、あれか……。あれはどうやら、及川のファンが狙って入れたみたいでよ」
「は? 狙った? 及川を呪おうとした、ってこと?」
「いや、水無瀬曰く、あれは呪詛返しのつもりで入れたものらしい」
「はぁ?」
聞き慣れない単語に、俺はアホ面を浮かべてしまった。呪詛返しってアレか、「破ァー!」ってヤツか、とアホっぽい反応をしていると、岩泉は前を走っている奴らをビュンビュン抜きながら、難しそうに眉を寄せて説明をする。
「よく知らねえが、鏡を神社に持って行って手水で鏡を洗って、それを常に持ち歩くんだと。そうすると呪いを跳ね返すことができる、ってのを及川のファンがネットかなんかで見て、近所の神社の手水で洗った鏡をお守りに入れて及川に渡したらしい」
「何ソレうさんくさっ、効くの?」
「水無瀬曰く、神社で神様の力を借りるって考え自体は間違ってないんだとよ。だがそれをやった時間帯が悪かったらしく、なんか変なモノまで連れて来ちまった……らしい」
「時間帯? そんなんがあんの?」
「朝か昼ならよかったらしいが、夜だとマズイらしい。よくわかんねえが、夜だと成仏できない霊やら何やらが、神様に救いを求めて神社に集まるだとか何だとか……」
このハッキリしない語り口を聞くからに、岩泉も100%理解してるわけではないようだ。そりゃそうだ、全く理解できんもん。理解できるのは「お菊さんやべえ」ってことだけだっつーの。人は見かけによらないものというが、そこらへんは見かけ通りで、やっぱり心霊方面には強いんだな。
「まあ……お祓いしてもらったんならいいんじゃねーの、実害もほぼほぼ無かったし」
「まあ及川には害は無かったが、あのお守りを作った女子はヤバかったらしいぞ。そいつは水無瀬の同級生だったらしいんだが、変なモノに憑りつかれたせいで熱出して学校休んだらしい」
「あ、そういう風に繋がってんのね、そこんとこ……」
ついさっき内海から聞いた噂話を思い出しながら、俺はそろそろ岩泉に付いていくのがしんどくなってきて、徐々に走るスピードを落としていった。岩泉は俺を待つ気はゼロなようで、「まあもう心配いらねえらしいから安心しておけ」と言い残してさっさと走って行ってしまった。ウチの副主将のスタミナどうなってんだ。
つまるところは、お菊さんと及川の噂を鵜呑みにした及川ファンの女子が、及川に向けられた呪いをお菊さんに跳ね返そうと、お節介にも呪詛返しのお守りをプレゼントしたと。ところがそのお守り、正しくはお守りの中の鏡自体に問題があったせいで、呪いは跳ね返らずに及川の顔色を土気色にしただけだったと。そもそも本当に及川が呪われてるのかどうかもわからないが、事の真相はファンの有難迷惑だったということだそうだ。分母の数が多いとメンヘラを引く可能性も高いってことか、ファンが多いっていうのも考え物だな。
「いやー、モテる男は辛いねまったく」
「なんだよ松川、お前ってそんなにモテてたっけ?」
「モテとるわ! 主におじ専の女子たちに!」
「お前マジで三十路でも通用しそうな老け顔だしな」
通りがかったクラスメイトに反論しつつ、俺はまたオカルトなんて関係のない、普通の日常生活に戻っていった。いやマジで、関わりたくないです、俺別にホラー大好きってワケじゃないので。
とまあ、今現在における俺が体験した最大級のホラー体験、そして俺が聞いた噂の数々でした。「それはねえだろ」って思うような荒唐無稽な噂話でも、少し紐解いてみると真実が隠れてるかもしれない、そういう教訓になっただろうか。及川や岩泉があれほどお菊さんに入れ込むのは、案外本当にお菊さんが呪ってるからだったりして……。ってそりゃないか、アハハハ。
「いやー、凄いヤツを連れてきたね夕莉!」
小さな鏡の欠片を手にして学校をあとにしようとする水無瀬夕莉を、彼女から『先輩』と呼ばれる人物は驚いたような表情で呼び止めた。夕莉は急に声を掛けられたにも関わらず、能面のような無表情をピクリとも動かさず立ち止まる。
「先輩にも見えますか」
「トーゼン! ボクは完全に死んでるヤツらなら、ハッキリと視えるからね。夕莉にはソイツ、どう視えたの?」
「私には……」
夕莉はその真っ黒な瞳をふっと下げ、手の中の鏡を見つめる。鏡には夕莉の顔だけが映っているが、彼女の黒い瞳には全く別のものが視えている。
「首が90度折れ曲がっている女性の霊が視えます」
「アハハ、大当たり! 般若の面みたいな凄い表情してるからね、彼女」
「…この鏡に触れるなり、彼女の最期が視えました。男性の私室らしい場所で、首を吊ったようです」
「うんうん、なるほど。生きてた頃の恋人の部屋かな?」
「その部屋のベッドの上に、裸の男女が抱き合いながら眠っています。恋人の浮気を目撃して、そのショックで自殺してしまったようです。恋人に裏切られたことがよほど許せなかったのでしょう、憎悪と怨念の塊となってしまっている」
「あ〜たまにいるよね! 復讐の相手をもう呪い殺しちゃったのに、怨念から解放されなくて苦しんでるヤツら! 神社で拾ってきたってのも納得、救ってほしくて仕方ないんだよねぇ、可哀想に」
可哀想、などという言葉に全くそぐわないニコニコとした無邪気な笑顔を浮かべながら、彼、もしくは彼女か、そのどちらともとれない姿をしたその人は鏡の破片を覗き込んだ。その視線から隠すように、夕莉は鏡をぐっと握りしめる。
「何にせよ、及川さんに何かある前に見つけられてよかった。彼女の為にも、すぐに清水神社で祓います」
「そうだね、そうした方がいいね。部活のことは気にしなくていいから、お祓い頑張ってね〜」
丁寧に頭を下げてきた夕莉に、先輩はヒラヒラと手を振って見送る。そのまま学校から去っていく夕莉の背中と、彼女の背中に縋りついている女の姿を見ながら、冗談を口にするような気軽さで、ぼそりと呟いた。
「だって彼女、ずっと『トオル』『トオル』って言ってるもん。及川くんの名前が彼女に知られちゃってたら、その『トオル』さんみたいな目に遭ってたかもしれないもんねえ」
噂ノ呪・終
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