噂ノ呪1
百聞は一見に如かず、という言葉がある。人から何度も聞くより、一度実際に自分の眼で見てみた方が確かだし、よくわかるという意味の言葉だ。だから本来ならば、誰かから聞いただけの噂なんてものは、あてにしないのが一番なんだろう。
だけど、火のない所に煙は立たぬ、という言葉もある。まったく根拠がなければ噂は立たない、噂が立つからには何らかの根拠があるはずだ、という言葉だ。そういう意味では『彼女』は火の立つところどころか、全身大火事みたいな感じで、まあそういう噂が立つだけの説得力があることは確かだ。
今から話す話に、俺は深くは関わっていない。噂で聞いた話がほとんどだ。だけどまあ、少しばかりはこの眼で見たこともある。つまり、信じるか信じないかはあなた次第、ってヤツだ。
おっとその前に、俺の自己紹介をしておかないといけなかった。青城バレー部期待のミドルブロッカー、この老け顔のせいか何故か人からよく相談される男、その名も松川一静です。どうぞよろしく。
事の始まりは、クラスメイトの内海(野球部の坊主、下ネタ大魔神)から聞いた、こんな噂だった。
「なあ松川、おたくの部のイケメンが『お菊さん』に呪われたって噂ってマジなの?」
開口一番に告げられた内容に、俺は思わず飲んでいた飲むヨーグルトを噴き出した。その辺にいた女子が「やだ、きったないなー!」と叫んでるのも尻目に、俺は爆笑しながら内海の話に耳を傾けた。
「なにそのクソ笑える噂、ちょっと詳しく」
「いやさ、俺の後輩の友だちが文芸部で、オカ研の隣の部室らしいんだけどさ。最近オカ研の部室が騒がしいから何かと思ったら、あのイケメンがお菊さんと仲良さげに話してたって」
「そこは仲良きことは美しきかな、じゃねーの? なんでそっから呪われる話にジョブチェンジすんの?」
「いやだって、あの『お菊さん』だぞ!? お菊さんには寿命が見えていて、もうじき死ぬヤツの前に現れてはケタケタ笑いだすなんて噂のある、あのお菊さんだぞ!?」
「なにそれ死神の眼? いつも思うけどその噂を考える奴がすげーよ、絶対文芸部か漫画研究会の誰かだよな」
もう何度聞いたかわからない突拍子もない噂話に、俺は半分呆れながら笑った。お菊さんの噂はいつだって、どこぞのアニメやら漫画やらの死神みたいな設定が飽和状態になった、とにかくぶっ飛んだ噂話ばかりだ。その噂を最初に言った奴に「お前、それはいくら何でも盛りすぎだろ」と突っ込みたいとよくよく思うほどだ。っつーか半分ぐらいはお菊さんを使った大喜利みたいになってるよな、毎回。
「まあ大丈夫だろ、及川は呪われたくらい屁でもないスーパーイケメンだから。岩泉がいくら暴言を吐いても一切傷つかない鋼鉄メンタルだから」
「お前らんとこの及川の扱いがほんとよくわからん。一応主将なんじゃねーの?」
「主将である前に及川だからな。さーて、今度は何のネタでビビらせてやろっかな〜」
まあ、俺は及川のことは大して心配はしなかった。っつーか俺が及川の心配とかマジありえねーけど、まあ及川はお菊さんの話を俺らにもよくしてたからな。及川と岩泉の話で、俺はお菊さんの本名が『水無瀬夕莉』ということを知ったくらいだ。お菊さん、いや水無瀬チャンの話をしている及川は、少なくとも呪われたようには見えなかったし、ムカつくほどにいつも通りだったし。及川にとってはお菊さんよりも、俺が渾身の稲川語りで話す怪談話の方が、よっぽど怖いみたいだったし。
「お前らってホントに薄情なチームメイトだよなー」
「ははははー、なんとでも言え言え」
とまあ、最初はこの程度の、ゆるーい話だった。人の噂も七十五日、こんなくだらない噂だったらいつの間にかヒートダウンしていくのがよくあるパターンだが、誰かから誰かに伝聞で伝わる以上、知らぬ間に噂の内容がエスカレートしていくこともある。それから1週間後に聞いたのは、こんな噂だった。事が面倒くさくなるのは、これからだ。
「ねえ松川くん! 及川くんがお菊さんに呪われて、無理やり付き合わされてるってホント!?」
「……ちょっと待って、なにそのスゲー噂」
クラスメイトの北野さん(合唱部、呆れるほどに声がデカい)が他のクラスの女子をゾロゾロと引き連れて、俺にそんなことを聞いてきた。「松川っていつ殺されてもおかしくないから常に覚悟してる殺し屋みたいなツラしてるよな」とか言われる程度にはポーカーフェイスに定評のある俺が、この時はさすがにアホ面を浮かべて驚いた。そんな俺とは対照的に、北野さん他女子陣は大真面目な表情を浮かべてて、隣に座っていた内海が噴き出しそうになっていた。
「ウチの部の1年がお菊さんと同じクラスなんだけど、最近お菊さんがよくケータイの画面見てるから覗いてみたら、及川くんとラインしてたっていうの! 及川くん、練習で忙しいからファンの女の子とはラインしないっていつも言ってるのに!」
「いや、いくらお菊さんとはいえ他人のケータイ覗くのってどうなのソレ」
「それはそれ、これはこれ! 実際どうなの、松川くん!?」
「もし及川くんが本当に呪われてたら、バレー部にとっても大問題でしょ!?」
「もし呪いの副作用で死んじゃったりしたら……!」
「いやーっ! 考えたくもないーっ!」
……女子っておまじないとか好きだよな、とかそういう言葉で片づけていいのか、コレ。なんでどいつもこいつもお菊さん絡みというだけで、呪いという非科学的現象に疑問を抱かないんだろうか……。もう否定するのも面倒くさかったが、ここで下手に流して噂がどんどんエスカレートしていくのも面倒くさそうだし、俺は適当に彼女たちを宥めることにした。
「いやいや、及川は大丈夫だって。誰かに呪われるようなタマじゃないし、最強の守護神こと岩泉もいるし」
「そうだけど、でもお菊さんは岩泉くんにも近づいてるっていうし…!」
「余計なお世話かもしれないけど、及川くんも岩泉くんも優しいから、お菊さんのこと邪険にできないんじゃないかって、私たち心配なんだもん!」
女ってのは、なんで余計なお世話だと自覚しておきながら、平気で来なくてもいい領域に足を踏み入れるんだろうな? いやいや知らねーよ、あの2人の個人的事情なんて。だって俺ら、ダチだしチームメイトだし仲間ではあるけれど、でもあいつらの事情に首突っ込もうとは思わねーもん。お菊さんとしっぽり仲良くやるというのなら、それはあいつらの勝手だろ。っていうか何でお菊さんは巨悪の権化みたいな扱いがデフォなんだよ。
「だーいじょうぶだって言ってんでしょーが。っていうかそういうのは及川たちに言いなよ。俺に言ってどうすんのよ」
「だ、だって、お菊さんの呪いは呪われた人からも伝染るっていうし……」
「お菊さんはインフルエンザか何かなの?」
思わずそう突っ込むと、隣にいた内海が腹を抱えて笑い始めた。それを見た女子たちはぷりぷり怒りだして「この薄情者!」と言って教室を出ていってしまった。呪い怖さに及川に近寄ろうともしないヤツに薄情者と言われてもね。
「いやー、女子ってホント突拍子もない噂するの好きだよなー」
「でもマジで大丈夫なの、おたくの主将? 結構聞くぜ、『お菊さん、及川の魂に目を付けた』説」
「何だよその説、誰が唱え始めたんだよ。知らねーよもう、勝手にお菊さん大喜利大会でもやってろ」
ここまで来ると、さすがの俺も飽き飽きしてしまって、投げやりにそう答えて話を無理やり終わらせた。そもそも及川のことを俺に言うのが間違ってると思うんだが。まあでも、別のクラスの花巻とか他のバレー部の連中も、同じようにああだこうだ言われてるんだろうなと思うと、なんだかんだ及川ってのは高嶺の花扱いなんだなーと思う。実際は全国でもトップレベルの残念なイケメンなんだが、あいつ猫被るの得意だからな。
(でもまあ、ここまで噂になってるのちょっと気になってくるよな、『お菊さん』のことは)
及川はどうせアレだから心配いらんが、お菊さんこと水無瀬チャンはあらぬ噂が広がりまくってることをどう思ってるんだろう。普通だったら結構傷つくよな。なんかそう考えてみたら可哀想になってきいた。まあでも、その辺は岩泉がかなり気にかけてるみたいで、時々心配そうにしてるが。さすが真の漢。
とまあ、この時の俺はまだ見ぬ水無瀬チャンに同情しつつ、こんな噂も馬鹿馬鹿しいと思っていた。そんな俺の知らぬところで水無瀬チャンが、主に及川のせいで大迷惑を被っていたのだが、それはまた後で話そう。
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