たちのぼる湯気









「え?年?」

「はい」


譲り合った結果、結果向こうから話すことになり、酷く笑いこけていた名字さんは此方に意識を戻し、いくつですか、と未だ笑いを含んだ声で漏らした。

お。
少し反応してしまった。
なんだ、向こうも気になってたのか。


「実はオレも気になってたんスよ」



「そうだったんですか。あ、あと煙草とか吸いますか。あの、おこがましいかもしれませんが、家の中で煙草を吸うのは出来ればやめてもらいたいんです。私、どうもあの匂いはいつまでたっても苦手で」


やけに饒舌に早口で言い切った名字さんは低い位置から顔色を窺うようにしてオレを覗き込んできた。
あ、ちょっとかわいい。


じゃなくて。
と、言うか。
え、待て待て待て。
煙草って何だ。
あれ、もしかして、成人以上に見られてるってことか。
恐らくオレの方が年下か、同じだというのに。


「名字さんは、どうなんスか」

「、え、私ですか。私は高一ですけど」




「オレも、高一」


ですよね、ははは。
なんて頭をかいた名字さんの手が止まり、頭に疑問符を浮かべつつ、ん、と首をかしげながらこちらを指差す。

同じ。
名字さんの言葉にゆっくりと頷けば、名字さんは顔を押さえ、はああ、と盛大なため息をついた。

え。
なんかがっかりされた?




「よ、よかった」

「よかった?」


「あ、ごめんなさい。すごく大人びているからどうも学生には見えなくて。私、モデル、とかにも疎くて。だから少しでも身近な存在でよかった、ってこと」


だったんだけど。
ぎこちなく、けどはじめよりは随分と頬を緩ませて笑う名字さん。
ちょっと、警戒網が解けてる。

はりつめていたロープが緩んだような感覚に、腹の辺りにこそばゆさを覚える。
もともとユルユルの警戒心で接してくる人間より、こっちの方が、ずっと。



「敬語は、取って平気、ですか?」

「うん、ぜんぜん」


「ありがとう。これからよろしく、黄瀬、くん?」

「呼び方もなんでもいっスよ」


ありがとう、と言って小さく笑った名字さんに、こちらこそ、と心の中で密かに思う。
本当、桃っちしかり、琴川さんしかり、女のカンってやつも馬鹿にできたものではない。

少し固くなったそばをほぐしつつ、名字さんは、高校はどこ?とぎこちない敬語を外した話し方で首をかしげる。


「海常、ってとこ。神奈川なんスけど、知らないっスよね」

「ううん、分からないかも」


「名字さんは?」

「都内なんだけど、秀徳ってところ」


「あー、友達?つか、知り合いが行ってるっスよ」


秀徳、って緑間っちのところか。
じゃあ結構頭いいんだ。
まあきっと緑間っちとは関わり無いんだろうなあ。

つか、緑間っちが女の子と関わってるところとか、まるで想像つかん。
言っちゃなんだけど名字さんも男っ気ないし。


「そうなんだ。私は近いけど、黄瀬くんはきっと遠いよね」

「そっスね、一時間はかかるかな。あ、朝とか勝手に行くんで、起きなくて大丈夫っスよ」


「ううん、私朝早いから」


聞けば地元から秀徳までは電車やバスを乗り継いで二時間もかけて登校していたらしい。
二時間とは何ぞや。
こっちは一時間でもちょっと渋ったのに。

帰りなんかもさぞ危なかっただろうに。
そもそも何故そんな県外の学校を受験したのであろうか。
確かに頭良いけど、そこまでするほどのレベルでもなかった気がする。


「なんで秀徳なんスか」

「レベル、かなぁ」


どうも歯切れの悪い答えだ。
あまり良い理由ではなさそうだ。
まあでもその辺は追い追い。

一通り話してから蕎麦を食べ終わると、名字さんは食器をシンクに片し、冷蔵庫を開けて白い箱を取り出す。


「来るときにコンビニでタルト買ったんだけど、黄瀬くん甘いもの平気?」

「うん。わりと好きっスよ」


「よかった。じゃあ半分こして食べよう。紅茶もいれるから」

「あ、どうも」


よかった。
この人がこういう人で。
ルームシェアってのも、案外悪くないかもしれない。


と、思うのは少し早すぎるかもしれないけど。


2012.0722
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