ゆるやかな下降









「こっちの片付けは一通り終わったっス。なんか手伝うことあるっスか?」

「あ、大丈夫です。あとは洋服を運ぶだけなので」


段ボールを抱えてよろめいている女の子を見ながら、持ってきていたミネラルウォーターを飲む。

室内は見ての通りである。
外観によく見合っていて、色の褪せたギシギシと音の鳴るフローリングが印象深い。
因みに扉や窓の立て付けが悪く、トイレのドアの高さは頭スレスレの高さであった。

部屋はリビングダイニングがあって、そこから二つの部屋に繋がっていた。
壁は薄く、プライバシーもへったくれもなさそうだ。

彼女の私物か、オレの方で用意されたものか、定かではないが、この部屋と非常に相性の悪い真っ白なソファが部屋の中央に鎮座しており、そのせいで横に置かれた小さなテーブルが、余計にしょぼく見えてしまう。

センス。
そんなことを思いながらふと窓際に目を移せば、そちらにはきちんとしたカラフルなタイル張りの二人掛けテーブルに二つの椅子が置いてあった。



女の子、基名字さんがよろよろしながら最後のひとつと思われる段ボールを丁度部屋に運び終えたらしく、額に浮かぶ汗を軽く拭いながら部屋から出てきた。
ばちりと目が合って、はにかんでみれば、名字さんはどこか困ったように視線を泳がせてはあ、と呟く。


き、…まず。
そりゃそうか。
元はと言えばこっちが無理に押しきったようなものだし。
それにしてもフツウだ。
あのおざなりな説明で何が琴川さんのお眼鏡にかなったのかよく分からん。
まあ、さっきの笑顔はちょっとかわいかったけど。

つか、年いくつなんだろ。
制服あったから学生なんだろうけど、学年の予想が全くつかない。
特に子供っぽいわけでもないし、大人っぽいわけでもない。
いかにも学生、って感じだ。


少し見すぎていたらしく、名字さんは気まずそうな表情を浮かべてからキッチンの方へ走って、元から備え付けてあった冷蔵庫を開けた。
当然中は空である。

少し中を見つめてから、名字さんはおずおずとあの、と小さく声をあげた。


「ご飯は、どうしますか」

「ご飯、あー、夕飯」


「どうする予定だったんですか?」

「んー、適当に、コンビニとかで済ませるつもりだったっス」


敬語は癖なのだろうか。
そんなことを考えていると、名字さんは考え込むようにして小さく唸っていた。

向こうの私物の掛け時計を一度見てから急に振り向かれ、少し驚く。


「私、お蕎麦食べる予定なんです けど、よかったら一緒にどうですか」

「え、いいんスか。ならお言葉に甘えて」


味の保証はしかねますが。
オレの返事を聞いてから少し安心したような顔をした名字さんが言う。

どうやら今日の分の夕飯と明日の朝食の分の買い物は済んでいるらしく、取り敢えずその分はお世話になることにした。



それからテレビを少し見ている間に、タイル張りのテーブルの上に二人分の蕎麦が用意されていた。
お礼を言ってから気付いたが、二人掛けのテーブルに座る訳であるから、当然向かい合う形になり、どう考えても気まずさが倍増するだけである。

なにか、話さなくては。
話題、っていっても。
年を聞くのはどうかと思ったが、特にこれくらいしかないので、まあ、学生だし。


「「、あの」」


か、ぶったし。
オレが驚いていると、向こうも流石に驚いたようで、瞬きをしていた。


「あ、そ、そちらからどうぞ」

「いや、いっスよ、そっちからで」


「いえいえ、どうぞ」

「いやいや、」



「「じゃあ、」」


思わず顔を合わせる。
お互い間の抜けた顔をしていたらしく、名字さんははっとしたように後ろに振り返ると、口元を押さえて肩を震わせていた。

あ、笑ってる。
なかなか帰ってこないので、あの、と声をかけてみると、びく、と肩を跳ね上がらせた名字さんが口元を押さえながらこちらを向いた。
その目尻には少し涙が滲んでいる。


「す、すみません、あんまり、タイミングが良いもので、耐えきれなくて」

「ハハ、確かにぴったりだったっスね」


未だに笑っているものだから、こちらまで面白くなってきて笑っていると、気が済んだのか、名字さんはふう、と息をつき、それで、と切り出す。


「お話のことですが、」

「あ、そうだった」


本題を忘れるところだった。
年を聞こう。
何気なく聞いてみよう。

言葉を出そうとすう、と息を吸った。



「「あの、」」


これはもう笑うしかなかった。


2012.0711
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