▼その船にのればいいのかな?
「、は?」
「だ、駄目ならいいっス」
お兄さんの言葉に、目を何度も瞬かせて、なんて、ともう一度聞き直す。
だから、ルームシェア。
そんなばかな。
少女漫画もびっくりだ。
え、え、と明らかに動揺を隠せないでいるとお兄さんは自分がモデルであること、不動産屋に騙されたこと、スタッフさんのこと、そして最後に家賃のことを話してきて、そこで私の心は完全に揺らいでしまった。
家賃、初回、タダ。
何かとお金のかかる最初の一月目。
その分の家賃が、浮く。
服につぎ込むもよし、小説につぎ込むもよし。
私の頭の中には今、もれなくお金のことしか浮かんでこなかった。
…は、危ない。
両親に無理を言ってまで来て、その上見ず知らずの男性と一緒に暮らすなんて、そんなことは断じて許されてはいけない、と言うか許されても困る。
いやしかし、困っているようだけど。
それは何度か心は揺らいだものの、こちらを見つめてくるその視線を振り切り、やんわりと肩を掴んでいる腕を押し退けた。
「……も、申し訳ありませんが、私も一応両親の反対を押しきってきているもので、流石に、そういったことは…」
「、で、すよね、普通無理っスよね」
「すみません」
「いえ、無理は百も承知っスから」
「あら、良いじゃない、それ」
綺麗な笑顔でいえ、と言ってからお兄さんは離れていったので、一見楽茶かと思いきや、少し離れた場所で一部始終を聞いていた大家さんが楽しそうに笑いながらそう言った。
私とお兄さんは驚いて一緒に大家さんを見やる。
「何かあったら私が責任を取るわ。貴方のお父様ともそう約束してるもの」
「え、でも、」
「良いじゃない。彼も仕事先の方も困っているようだし、ねぇ」
「困っては、いますけど、」
「なら決定よ。独り暮らしの初めの月ってとってもお金がかかるのよ?」
う、と言葉につまる。
考えが読まれていたかのような感覚にどぎまぎしていると、どうやらお兄さんも同じ考えのようで、ちらりと私の方を向く。
ばちりと目が合うと、ぎこちなく笑いかけられ、それにぎこちなく笑い返せば、はい決まり、と大家さんはアパートの入り口の方に目をやり、待たせてごめんなさいね、と引っ越しの業者さんに部屋を案内していた。
「な、なんかスイマセンっス」
「いえ、なんと言いますか、不可抗力ですし」
名前ちゃんも早くいらっしゃいな、と大家さんに声をかけられはぁい、と返事をすれば、お兄さんも後ろから少し距離を空けてついてきた。
少し軋む外階段を上って部屋に入ろうとすると、階段の下の方にいるお兄さんがあの、とおずおずと声をかけてくる。
はい、と首を小さく傾けて返事をすれば、お兄さんは困ったように笑って、よろしくお願いします、と小さく言ってくる。
それに答えるように笑い返して、こちらこそ、と言えば、お兄さんは少し目を見開いてからへらり、と顔を緩ませた。
人生、何があるか分からない。
この先、何があるのかなんて、全く予想だに出来ないのであった。
2012.0707