爽やかな水曜の午後にでも









ち、遅刻だ。
先日案内された通りの場所へは実家から結構距離があった。
にも関わらず、両親は起こしてくれないし、電車は遅れるし、大家さんに渡す予定だった菓子折は思いきり家に忘れてくるし。

両親の無理を押しきって始める独り暮らし一日目に私は大丈夫なのであろうか。
先の思いやられる。


しかし、同時に浮わついているのもまた事実である。
念願である独り暮らしという言葉にはどこか甘美な響きがあるし、どこか昭和の香り漂う外観はとても私好みであるし、何より学校から家が近くなったことがとても嬉しい。

私の通っている高校は実家からは県外であったため、始業よりも二時間以上前に家を出なくてはならなかったが、ここから学校は自転車で15分である。
なんというショートカット。
素敵である。

それに、ここなら学校から近いし、緑間や高尾を家に呼べるかもしれない。

そんなことを電車のなかでぼんやりと考えていると、ついに目的地の駅につき、広がる地元とは違ってきちんと都会と呼べる風景に胸が踊った。

小走りで駆け抜けるその風景は都会、と言うよりはその裏側、という感じで、下町とまではいかないものの、それなりの風情はある。


運動部でもないくせに調子にのって5分も走りきってしまったからか、例の昭和レトロのアパートについた頃には息が完全に切れていた。

おお、今日からここが、自宅。
にやける口元を押さえつつ、ぱん、とはためいていたキュロットをはたき、荷物を運んでくれていたトラックの運転手さんに挨拶をしてから管理人室である101号室に向かってそのまま走る。
どうやらドアが空いていて、大家さんは誰かと話しているようだった。




「すみません、」


掠れた声で謝ってから息をついて顔を上げると、そこには見覚えにあるような無いような、謎の金髪のお兄さんがいた。
とても綺麗な顔をしている。

まるで女性のようだ。
そんなことを考えていると、そのお兄さんが先日私の書いた書類を持っていることに気づき、大家さんの息子さんか何かなのであろう、と適当に推測してから二人を見比べた。

向こうも此方を不思議そうな面持ちで見てくるので、ああ、自己紹介をしなくては、と少し咳払いをする。



「きょ、今日からここに越してくることになった名字名前です」


よろしくお願いします、と頭を下げれば、お兄さんは少し顔を青くして、大家さんと顔を合わせていた。

な、何かまずったか。
あの、と声をかけると、大家さんは困ったわねぇ、と私に小さく笑ってから焦っているお兄さんを見上げる。


「と、取り合えず連絡してみます。ここ取ってくれたの、仕事先の人なんで」

「分かったわ」


お兄さんは焦ったように赤いカバーのついたスマートフォンを出して少し離れたところで電話をしていた。


「あの、何かあったんですか?」

「それがねぇ、何か手違いがあったみたいで」


大家さんに聞かされた内容を頭の中で整理してから電話をしているお兄さんを見やった。
そんなばかな。

そんな漫画みたいな話があるのか今時。
そう思いつつ、身長のわりに頼りなげなお兄さんの背中を見守る。
と言うか、荷物まで運んであるのか。
私も業者さん待たせてるのに。


「私が書類を受け取ったのは貴方の分だけだったから驚いちゃったのよ」


こんなこと初めて、とどことなく楽しそうに話す大家さんを見て、あのお兄さんはこれからどうするのだろう、とか御愁傷様である、とか他人事のように小さく思ってしまった。



「それにしても綺麗な男の子ねぇ、俳優さんかしら」

「…どうでしょう、私はどうもそう言ったことには疎くて」


確かに、綺麗だけど、よく分からない。
見覚えのあるような、無いような、もしかしたら、そうかもしれない。

テレビも雑誌も特に見ないし、本屋に行っても文庫本のコーナーしか見に行かないし。
だから高尾に馬鹿にされるのだ、本当に女子高生か、と。
まあそれは私だけでなく緑間にも言えたことなので少し安心はしているが。


大家さんと話しているうちに電話を終えたらしいお兄さんは、少し戸惑ったような表情で私のことを小さく手招きした。

私?
小さく首を傾げると、お兄さんは何度か頷いた。
仕方なしに駆け寄ってみれば、お兄さんは必死そうな表情で私の肩を掴み、あの、と顔を寄せてくる。
反射的にのけぞってしまった。






「ルームシェア、しませんか?」


2012.0701

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