鶏は真実を述べた









雲行きの怪しい午後。
今日は珍しく名字さんよりもオレの方が帰ってくるのが早かった。
どうやら向こうは委員会らしい。

図書委員会って。
またずいぶんとぴったりな。
ちらりと見かけた本棚にはびっしりと文庫本が詰まっていたからきっと本が好きなんだろう。
貸してあげようか、と少し嬉しそうにしていたところから、黒子っちや緑間っちと話が合うのではないか。
テーブルの上に何の気無しに置かれている赤いカバーのかかった文庫本を見て少し考えた。



そろそろ本格的に雨が降り出しそうだ。
しかし彼女は用意が良いので、朝、外に干そうとしていたシーツは既に室内に干されていた。
この様子じゃきっと傘もちゃんと持っていっているんだろう。

彼女はそういった面において非の打ち所がない。
現時点では。
なにかを手伝おうとすれば、大体オレが行くより前に全てを終えている。
それだけ思い返してみれば、自分の情けなさに笑えてくるくらいだ。


シーツを取り込んでおこうと張り切っていた両手を引っ込め、大人しくテレビでも見ていようとソファに座ると、テーブルに投げ出してあったスマホがブブブ、と振動しているのに気付く。

画面に表示してある名前を確認してから急いで画面をタップした。



「はい、もしもし」

『やほー。琴川ですー』


「こんちはっス。どうしたんスか?」

『いやあ、そろそろ一週間経つじゃない?どうなのその子とは。うまくやってるの?』


仕事の関係で二日ぶりくらいだ。
この人の声を聞くのは。
間延びした高い声に、もちろん、と軽い返事をして片手間にリモコンをいじる。
知り合いのモデルの女の子の特集に視線だけ向けながら、そうかそうか、とからから笑う琴川さんの声に耳を傾けた。


「オレもその子もいい子っスから」

『はは。そりゃ良かった。近いうち私も見に行くね』


「心よりお待ちしてますよー」

『あら。じゃあおもてなし楽しみに待っときますわ』


そんな軽い会話をして、そろそろ本当に言いたいことの真理を尋ねてみようとすれば、後ろの方でメイクさんが琴川さんを呼んでいるのが聞こえてくる。


『あ、呼ばれたからもう行くね』

「あ、はい」


『うん。じゃあ近いうち行くからよろしくー』


あれ。
何もないのか。
深読みのしすぎか、と了解、と返事をしてから電話を切ろうとするとあー、そうそう、と間延びした声にその手を止めた。



『涼太くんがやりたがってたとこ、取れたから』

「え!ちょ、」


待って、という言葉は飲み込まれ、じゃねー、という実に薄い挨拶にかき消されてしまい、ぶつりと言う虚しい音だけが電話口の向こうで大きく響いた。

本当にもうあの人は。
あんな感じでも宣言したことは必ずやり遂げてくれるもんだから。
やばい。
ちょっとにやける。
琴川さんにも、あの子にも感謝しなくては。

付けたままだったテレビでは、知り合いの女の子が『黄瀬くんとはプライベートでも仲が良いんです』とハキハキ答えていたのが少し耳に入った。


にやにやしながらクッションに顔を埋めていると、不意に玄関からガチャン、と鍵を開ける音が響く。
あ、名字さん。
クッションをソファに投げ捨て、小走りに玄関へ向かった。


「あ、おかえりなさい」

「あ、うん、ただいま」


ドアの前に立っている名字さんは予想に反して何故肩から頭から鞄からかずぶ濡れだ。
それはもう風邪を引いてもおかしくないくらいには。


「ひゃー、びしょ濡れじゃないスか。傘忘れたの?」

「ううん。ちょっと訳があって」


苦笑いで首を振った名字さんの手にはしっかりと折り畳み傘が握られていた。
友達と相合い傘か何かか。
とりあえず拭くもの、バスタオル。


「待ってて」


玄関横の風呂場から適当なバスタオルをひっ掴み、そのままわさわさと名字さんの頭を拭く。
寒いのか、少し震えていた。


「一体どうしたんスか?」

「ううん」


どうにも歯切れの悪そうに、あの、と切り出した名字さんは困ったような、けれどどこか嬉しそうに、少しにやけながら頭にかかっているタオルを握りしめる。



「今そこに、雨に降られたと、友達を二人つれているんですが、家に、あげても大丈夫、かな」

「え、まじで!風邪引いちゃうじゃないっスか、早く入れてあげて!」


なんでまたそんなもじもじと。
風呂場から急いでバスタオル二枚を取ってきて名字さんに渡す。
ありがとう、と言ってから名字さんは外に向かっていいよ、と呼び掛けた。

にこにことあから様な営業スマイルを浮かべつつ待たせてごめんね、と言われたその二人が入ってくる様子を見る。


「お。おじゃましまーす」

「お邪魔します」


ん?男?
どこかノリの軽そうな、名字さんには似合わない、軽くて高い声。
一方はどこかで聞いたことのあるような、少し色のある低い声音。

玄関前に立った、果てしなく見覚えのあるその立ち姿に、営業スマイルは凍り付き、いらっしゃい、という女の子向けの声は見事に裏返った。
あれ、もしかして。
背の低い方の黒髪がオレと自らの隣に立っている男を交互に見比べながら少し笑った。



「み、緑間っちー!?」

「…黄瀬…!」


さて。
どういうことだ。


2012.1016
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