雨に濡れたあのこの髪は









「…だから早くこげと言ったのだよ」

「…全速力だよ。つか、なんでダンベルなんかもってんの?」


「ラッキーアイテムに決まっているだろうが馬鹿め」





少し空の暗い金曜日。
黄瀬くんと同じ部屋に住むことになってからもうすぐ一週間になる。
家事も少しずつ分担して、お互いの生活パターンもなんとなしには分かってきているつもりだ。



委員会が終わってから学校を出ると、雲行きが怪しくなってきて、家までおよそ五分くらいの地点で急に酷い大雨が降ってきた。

幸いにも折り畳み傘を持っていたので屋根のついたシャッターの閉まっている布団屋の前で傘を差して帰ろうとすると、雨に打たれながら自転車でリヤカーをずるずると引きずっている見覚えのある二人が渋い顔をしているのが目に入る。
どう見てもおかしな構図で、話しかけるのをためらってしまうくらいだ。



「高尾、緑間」


「…名字!」

「風邪引いちゃうよ?」


部活帰りだと思われる二人はジャージ姿のままずぶ濡れで、風邪でも引いてしまうんじゃないかと思った。

どうせ五分だし、と傘とタオルを置いて走って帰ろうと、鞄をごそごそ漁っていると、何かに気付いたかのような顔をした高尾が自転車から飛び下りてむんずと私の鞄を掴んできた。
な、なにごと。


驚きつつなに、と聞いてみると、高尾は目を大きく開いてケーキないけどいい、と聞いてくる。


「け、ケーキ?」


「名字のお家お邪魔してシャワー借りたいなー、なーんて…」

「な、何を言っている高尾!」


「えー、ダメ?」

「こんなずぶ濡れの姿で人様の家に上がり込む気かお前は!」


ううん、こんなずぶ濡れで返すのも可哀想だしなあ。
別に部屋は片付けてあるし、上がってお風呂くらいなら別に。

少し考えてからいいよ、と答えを出そうとしたところで、待てよ、と自分の中で制止がかかる。
あれ、なんか、忘れているような。



「…名字?」


、は。
また忘れてた。
黄瀬くん。
黄瀬くん、今日仕事なくて部活だけって言ってたような気がする。

ど、どうしよう。
でも、このまま置いていけないし。


高尾が首をかしげ、私が戸惑っていると、痺れを切らしてリヤカーから降りた緑間が高尾の首根っこを掴んで帰るぞ、と引きずっていった。



「あ、ま、待って」


思わず制止をかければ、二人は首をかたむけてこちらを見る。


「うち、ここから歩いてすぐだし、大丈夫、たぶん」


「…やった!名字大好き!」

「お前はまた勝手に。平気なのか?」


とりあえず、とあいまいな返事をしてどうしようかと考える。
説明すれば、平気かな。
高尾はとりあえず、緑間はちょっと怒りそう。

や、やだなあ。
緑間怒ると怖いんだよなあ。


「、たぶん、平気」





その重そうな自転車とリヤカーをずるずる引きずりながら歩く高尾と私の間に緑間が立ち、水玉模様の小さな折り畳み傘に三人、押し込むようにしてなんとか入っていた。

肩もスクールバッグもびしょびしょ。
高尾の肩も当然ずぶ濡れで、流石に戸惑ったらしい緑間が私の制服の首根っこを掴んでそれをぐいと高尾の立っている右側に引き寄せた。
距離はほぼゼロ。
三人ぴったりとくっついて歩くその姿は我ながらさぞ面白いだろう、とくだらないことを考えてしまった。

緑間は、普段ならこの距離は嫌がりそうだ。
何だかんだと緑間は優しい。
気付いたのか、緑間越しに見えた高尾も小さく笑っていた。
つられるようにして口元を押さえると、耳を赤くした緑間にきっと睨まれてしまった。



その状態のまま数分歩けば、ついこの間から我が家になったばかりの少し昭和の香りのする外見のアパート。
自転車とリヤカーをアパートの敷地内の庭にとめた高尾はその外見を目にしてほお、と声を上げた。


「名字の要望通りじゃん」

「でしょう。中もこんな感じだよ」


「へえ。いいなー、一人暮らし」


高尾の何の気ないその一言に一瞬ぴしりと固まってから、少し待ってて、と急いで部屋の鍵を開けて中へ入った。



「あ、おかえりなさい」

「あ、うん、ただいま」


「ひゃー、びしょ濡れじゃないスか。傘忘れたの?」

「ううん。ちょっと訳があって」


待ってて、とお風呂場からタオルを取ってきた黄瀬くんに頭をタオルでぶわりと包まれた。
そのままわさわさと拭われ、ぶるりと一つ震える。

一体どうしたんスか、と尋ねてくる黄瀬くんにううん、と唸る。


「あ、あの」

「うん?」


「今そこに、雨に降られたと、友達を二人つれているんですが、家に、あげても大丈夫、かな」

「え、まじで!風邪引いちゃうじゃないっスか」


早く入れてあげて、とタオルを二枚渡してくれた黄瀬くんにありがとう、と呟いてタオルを持ちながら外でアパートを眺めてきょろきょろしていた二人に声をかけた。


「お。おじゃましまーす」

「お邪魔します」


「ごめんね、待たせて」

「こんにちはー。いらっしゃ……え?」



「アレ?もしかして」

「…なっ、」


高尾が二人を交互に見て、黄瀬くんと緑間はお互いを目にした瞬間、突然動かなくなってしまった。



「み、緑間っちー!?」

「…黄瀬…!」


はて。
何が何やら。


2012.1013
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