夢見がちなアンディ









「…ただいまっスー」

「お帰りなさい」


ガチャン、と鍵の開く音がして、少し焦ったものの、聞こえたのは聞き覚えのある声で、安心して玄関にたのは疲れきったような顔をした黄瀬くんで、スポーツバックを持ってローファーを脱ぎにかかっていた。


「お疲れさま、黄瀬くんは何か部活をしているの?」

「そうっスよ、バスケ部。名字さんとこ強いっスよね、秀徳」


「あ、うん、そうみたいだね」


確か緑間はすごく強いナントカの世代だ、って高尾が言ってたような気がするな。
そうか、黄瀬くんもバスケ部なのか。
モデルもやっててバスケ部だなんて、予定が被ったときなんかはどうしているんだろうか。

あ。
なんだかまた少し、世界の違いを感じてしまう。
と、言うか、雑誌に出ている時点で何故気付かなかったんだ。

しかし全くもって不思議な感覚だ。
きっと距離の遠い筈の人が、今にでも触れそうなくらい側にいて、こうして同じ空気を吸っているのだから。
ふ、と無意識に柔らかそうな金髪に指先が伸びていて慌てて引っ込めると、黄瀬くんはリビングへ入るやいなやスポーツバックを投げ出してわ、と声を上げた。



「、凄い、これ全部名字さんが?」

「え、う、うん」


目を輝かせながらテーブルを見つめる黄瀬くんは椅子に座りかけたところで、手洗って着替えないと、と慌ただしく投げ出したものを拾ってそのまま自室に駆けていってしまった。

残された私はエプロンを脱いで飲み物やご飯の用意をして黄瀬くんが部屋から出てくるのを待つ。



「お待たせしましたっス」

「いえいえ」


エプロンをたたみながら返事をすると、黄瀬くんは席についてそわそわしながらテーブルに置いてある食事を見ていた。

犬、みたいなニュアンスのことを緑間が言っていたけど、まあ分からなくもないやも。

ひと息ついて席につくと、黄瀬くんはそわそわしながら目線を料理から私に移す。


「あ、どうぞ」

「やった、いただきまーす」


黄瀬くんが肉じゃがに箸をつける。
それを口に運ぶまでの過程を見ていると、彼はなんともまあ美味しそうに食べてくれるではないか。
芸能人のリアクションはやはり一級ものらしい。
他とは違う。
あまりに美味しそうに食べてくれるので、そこでなんとなく恥ずかしくなってしまった。


「名字さんて料理上手いんスね」

「え、いやあ、それほどでも」


「えー、充分凄いっスよ。見た目もなんかテレビに出てるやつみたいだし、味も美味しいし」


いやそんなははは。
ぎこちなく返してしまったが、内心やはり嬉しいものは嬉しいわけで、にやにやするのを押さえ込むようにじゃがいもを口に放り込んだ。






「ごちそうさま」

「いいえ」


「あ、片付け手伝うっスよ」

「え、いいよ。モデルさんの手にそんなこと」


「気にしないでください。あんな美味しいの食べてなんもしないわけにはいかないっスよ」


とても綺麗に笑いながらそう言うものだから、少々面食らってしまった。

じゃあ、と食器を分けて半分ずつ持って流しに向かう。


「私洗うから、黄瀬くんは拭いてもらってもいい?」

「了解っス」



水を流す音だけが響いて、特に話すこともなく淡々と洗ったものを黄瀬くんに渡していると、黄瀬くんがぽそりと洗濯、と呟いた。

ん、と顔を上げると、黄瀬くんは大きな瞳をはたはたと瞬かせる。


「食事もそうっスけど、なにも決めてなかったっスよね、洗濯とかゴミ出しとか」

「そうだね。でも黄瀬くんも忙しいだろうし、ご飯とか洗濯は平気だよ」


「ええ、でも…」

「平気。一人分増えるだけだし、家賃はお願いしてるんだから、これくらいはさせて」


ううん、と唸る黄瀬くんに元々一人で全部やるつもりだったから気にしなくてもいいのに、と小さく思いながらすすぎ終えたお椀をはい、と渡す。


「…じゃ、ゴミ出しはオレがやるっス」

「え、そ、それこそいいよ。モデルさんにゴミ出しなんて」


「いいのいいの。おあいこ。部屋貸してくれてそこまでやって貰えるんならそれぐらいやるっスよ」

「…黄瀬くんがいいならお願いするけど」


「お安いご用っスよ」


おお。
眩しい笑顔。
だがしかし本当にモデルさんにゴミ出しなんて頼んでも平気なのだろうか。
なんだかとても申し訳ない。
でもやってくれると言うなら無理に断る訳にもいかないし、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。

小さくありがとう、と苦笑いで返すと、黄瀬くんは目元をますますはにかませてうん、と頷く。
とても素敵な笑顔だ。



「…今度夕飯の買い物とかにも行こうね」

「え、うん、黄瀬くんの休みが合えばいつでも」


最後のお皿をすすぎ終わり、きゅ、と水を止めて答えると、頭上で黄瀬くんは楽しそうに笑ってもう一度頷いた。


2012.0929
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