▼確信はないけど
「おう黄瀬、タオル返せ」
「あ、笠松センパイ」
放課後、部室で着替えていると、後から入ってきた笠松センパイは手を伸ばして開口一番そう言ってきた。
もっとこう、挨拶とか。
そんなことを少し考えてから鞄にしまっておいたタオルを取り出して笠松センパイに渡すと、思いきり嫌そうな表情をされる。
「しわくちゃじゃねぇか」
「す、スイマセン、引っ越しでバタバタしてて」
「引っ越し?オマエ引っ越したのか?」
「はいっス」
まあ笠松センパイならいいかな。
そんな軽い気持ちで今回あったことを隣で着替えているセンパイに事細かに説明してみた。
「、なっ、オマエそれ向こうは良い迷惑じゃねぇか」
「まぁ、そうなっちゃうっスよね」
「家賃払ってんなら別に良いかもしんないけどよ」
それにしてもありえん、と笠松センパイは微妙な顔をして少し考え込んでいた。
まあ確かに、ありえないと言ったら果てしなくありえない話である。
本当に、少女漫画のような話だ。
でも実際、名字さんがどう思ってるかはまだ分からない。
なんか反応からしてあんま嫌がってないかも、とか思っていたが、よくよく考えてみたらこんなこと、絶対に嫌に決まってる。
念願の独り暮らしかと思ったら、見ず知らずの男が付属品としてついてくるなんて、しかも半ば強制的に。
確かに良い迷惑すぎる。
…なんかそう考えると顔合わせたら絶対気まずくなる。
「…まあ、なんだ、よかったな、オマエにはその商売道具があって」
「それが原因でもあるんですけど」
「つべこべ文句言うな。あるのとないのとじゃ全然違うだろ」
まあ確かに、原因でもあると同時に、そこに救われた部分は多少なりともありそうだ。
それこそ青峰っちのような風貌であったなら、大家さんも追い返していたかも分からない、と、言ったら青峰っちに怒られてしまいそうだ。
「まあ一ヶ月だし、露骨に嫌がったりするような子じゃなさそうなんで適当にやり過ごします」
「くれぐれも刺されないようにな」
「またまた。お、噂をすればメールっスよ」
ブブブ、とスマホが唸り、メールを開けてみると、今朝登録したばかりの名字名前、という名前が表示されていた。
なになに。
夕飯はどうしますか?
絵文字、顔文字なしのモノクロメール。
またずいぶんと簡素な。
と言うか、夕飯なんか何も考えてなかった。
適当にコンビニとファミレスでやり過ごそうとか思ってたからな。
これはもしかして、作ってくれるということなんだろうか。
「センパイ、これ見てください」
「あ?…夕飯って、オマエ本当良い迷惑だな」
「違うっス。まだなんも決めてないっスよ。これって作ってくれるってことなんスかね」
「知らねぇよ」
一応当たり障りの無いよう、名字さんはどうするんですか、と顔文字つきで送ってみるが、作るつもりです、とやはり簡素なモノクロメール。
二行空けて、よかったら作りましょうか、という一行。
そう。
これを待っていた、と言ったら失礼かもしれないけど。
いいんですか、と返すと、少し経ってから味の保証はしかねます、何かリクエストはありますか、と。
一連のやり取りを見ていた笠松センパイは、お前はまた、と苦い顔をしてあんま迷惑かけんなよ、と言うとそのまま部室を出ていってしまった。
リクエスト、リクエストねぇ。
お任せします、じゃ困るだろうし、と言うか困るから聞いてるんだうし。
お菓子、とかならあるけど、夕飯は初めてだ。
夕飯、夕飯。
ううん。
肉じゃが、とか?
そんな在り来たりなものくらいしか思い浮かばん。
そろそろいかないとセンパイにも言われるだろうし、それでいっか。
じゃあ肉じゃがで、と顔文字をつけて送ってスマホを鞄の中にしまった。
「おっせぇぞ黄瀬!」
「スンマセン!今行きます!」
部室のドアを突き抜けて聞こえてきた笠松センパイの怒号に急いでバッシュをはいて部室を飛び出た。
2012.0901