▼何ということのない朝
テレビを見ていたら少しぼんやりしすぎたらしく、お昼を買いにコンビニに寄って、結局始業時間ギリギリに校門前で息を切らすというなんとも先の思いやられる第一回目となってしまった。
ふう、とため息をつきつつ昇降口を目指していると、少し前の方に他よりも頭一つ分以上飛び出した緑色と、その横をひょこひょこ歩く黒い頭を見つける。
「緑間、高尾、おはよう」
「おっす名字、珍しいな、こんなギリギリに」
「うん、それより、二人も遅刻しちゃうよ」
「げ!もうそんな時間かよ」
どうやら二人は朝練だったらしい。
高尾が携帯を見て走り始めたので、それになんとか着いていくと、緑間はなんとも嫌そうにその様子を見ている。
まあ確かにそんなに全力疾走しなくてもたぶんチャイムには間に合うか。
速度を落として高尾の後ろ姿をぼんやり見ていると、遅い、と高尾に引きずられ、思わず緑間の腕を掴んでしまう。
「わ、高尾、はやいよ」
「真ちゃんも名字も余裕こきすぎ!オレ遅刻しすぎてるからヤバいの!」
「それはお前の都合なのだよ!俺達を巻き込むな!」
結局、私はうしろで騒ぐ緑間といやに走るのが速い高尾に挟まれて余計に息を切らしながら教室に向かうこととなった。
「…つかれた」
「わりぃわりぃ」
「思ってもないことを」
遅刻しなくてよかったじゃん、と何やら高尾が言っていたが、正直脇腹の痛みと息切れでそれどころではなかった。
腹を押さえながら緑間の方を見てみれば、既に涼しい顔をして授業の準備に入っている。
くそ、部活男子め。
「それはそうと名字、引っ越しはどうだったのだよ」
「あ、そういや昨日だっけ」
「あ、うん。中も外も昭和レトロ風で良い感じだったよ。少し立て付け悪いけど。近いから今度二人も、…」
おいでよ。
その言葉を発する前に固まる。
高尾は行く行く、とはしゃいでいたが、緑間は不思議そうにこちらを見ていた。
か、完璧に黄瀬くんの存在を忘れていた。
これは、言った方が、いいの、かな。
でも、黄瀬くんはモデルだし、高尾はからかってきそうだし、緑間はなんか怒りそうだし。
ケーキ買ってくから、とはしゃいでいる高尾にうん、今度ね、と歯切れの悪い返事をしてなんとかその場はやり過ごした。
「名字が珍しく買い弁」
「お弁当作るのすっかり忘れてて」
「あ、名字母の甘い卵焼きはもういただけないのか…」
「そうだね。これからは自分で作るしね」
朝、コンビニで適当に選んだパンを食べながら高尾と話しているとき、向かいに座っている緑間の手元にカニカマが置いてあるのが見えて、下さいと言って手を伸ばしたらパシン、とはたきおとされた。
どうやら高尾も同じ結果のようだった。
カニカマを狙いつつメロンパンに手をつけていると、側でお昼を食べていた女の子のグループから小さく悲鳴が上がる。
なにごと。
なんとなしに女の子たちの中心にある何かをちらりと盗み見てみると、雑誌の表紙に大きく昨日見知ったばかりのひまわりのような黄色が載っているのが見えた。
「…あ、黄瀬くんだ」
「珍しい。名字黄瀬涼太知ってんの?」
「え、うん。ざ、雑誌で」
「名字雑誌とか読むんだ」
ふうん、と言った高尾はあまり興味を示していなかったが、緑間は雑誌を片手にはしゃぐ女の子たちを一瞥すると、不愉快極まりないといったような表情をした。
「あんな奴のどこがいいのか全く理解できん」
「、なんで?」
「誰にでもへらへらと、まるで躾のなっていない犬だ」
「へぇ…」
まあ確かに、あの手のタイプは私もあまり話すのが得意ではないし、緑間がそう言うのも無理はないかもしれない。
本当はいい人なんだと思うけど。
当分緑間には黙っていよう。
もう一度ごまかすようにへぇ、と言ってメロンパンをかじりつつ、再度カニカマに手を伸ばしたが、めざとくはたき落とされた。
2012.0815