とんでっちゃうよ









朝。
起きてからまだ頭が回らないうちにリビングに向かってみれば、制服姿にエプロンをした名字さんがキッチンに立っていた。
どうやら朝ごはんを作ってくれているらしい。

こんな早い時間から。
しかし例の如く眠すぎて適当な返事をしてしまったが、気にしている余裕もなく、真っ先に洗面所に向かった。


洗顔を終えてリビングに入ると、トーストやら目玉焼きやらの香ばしい匂いが鼻を掠める。
誘われるようにキッチンを覗いてみると、名字さんの菜箸からウインナーが滑り落ちたが、どうにかお皿に乗ったようだ。
よかった。


「あ、朝ごはん、超おいしそう」

「た、ただの、トーストと、目玉焼きとかだけだから」


「そうっスか?充分スよ。嬉いっス」

「…う、うん」


しどろもどろ。
どうも違和感の感じられる返事だ。
椅子に座った拍子に、ふ、と見上げたその表情が、どこか不安に刈られたようなものであることに気付いた。
あ。


「もしかしてさっき、オレ態度悪かったっスか?」

「、え」


驚いたようにして動きを止めた名字さんの持っているマグカップから紅茶が少し溢れた。

あ、図星か。
瞬きをして、こちらを見てくる名字さんに、思わず苦笑する。


「オレ、寝起きは顔洗うまであんま意識ないんスよ。だからよく母親とかにも怒られてて、それだけはマジどうもなんなくて」

「そうなんだ」


スイマセン、と軽く謝ると、はあ、という困惑したような返事をされ、少し凄む。

トーストをかじりながらなんとなくテレビを見ていると、昨晩話した知り合いこと緑間真太郎の代名詞、おは朝占いとやらが流れていた。
名字さんもそれをちらりと見つめる。

蟹座、十位。
今日一日機嫌悪いだろうなあ。
しかもカニカマってなんだ。
蟹座の緑間っちが、カニカマを持って歩き回るところを思わず想像してしまう。
面白すぎて、紅茶を吹き出してしまった。

ふきんで紅茶を拭きながらカニカマのことについて話すと、名字さんはくすくす笑いながらね、と同意する。
どうやら意外と笑い上戸らしい。



朝食をとり終えてから、お互い学校へ向かう準備に入った。
荷物やら練習着やらの確認をしていると、ブブブ、とスマホが音をたててベッドの上で振動している。

開いてみると、笠松センパイから貸したタオル返せ、という一行のみのメールだった。
ああ、そういや借りたんだっけ。
持ってきたかな。

持ってきたものの中に少しくたびれて入っていた青地のタオル。
やべ。
怒られそう。
びしびし伸ばしてそのまま畳んでみたが、やはり少し怒られそうだ。

まあいいか。
そんな緩い思考でタオルを鞄にしまっていると、控えめなノックが響いた。
ハーイ、と返事をすると、あのという小さな声が聞こえてきたので、スマホを持ったまま引き戸をゆっくりと開ける。


「どうしたんスか」

「お弁当、私自身も忘れてたんだけど、黄瀬くんは平気? 」


「平気っスよ。全然買うつもりだったっス」


そっか、よかった、と引き戸を閉めようとした名字さんの手元を見ると、黄緑色のケースに入ったスマホが握られていた。

思わず待ったをかける。
驚いたように動きを止めた名字さんは少し体をこわばらせていた。



「なんかあったときのために連絡先交換しません?」

「え、連絡先?」


「そう。アドレスと番号」


うん、とスマホを差し出してきたので、お互いにアドレスと番号を登録しあう。
おお、新鮮。
こういう感じのアドレスの交換の仕方はものすごく新鮮。

名字名前、と登録された名前を確認して、少しだけ笑ってしまった。




「じゃ、行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい」


軽く手を振ってみたら、困ったような、はにかんだような笑顔で返される。
お、なんか、新鮮。
思わず営業スマイルで返してしまえば、ますます困ったような顔をされた。


さて、そろそろ行かないと時間がまずい。
パタン、とドアを閉めて小走りでアパートの階段を下った。


2012.0804
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