眠れない、トウコはスッと起き上がってそれだけ呟いて溜め息を吐いた。何だろう、最近妙に夢見が悪い気がする。気が付くと自分の右手はガシガシと乱暴に頭を掻いていて、乱れた髪の毛はトウコの細くしなやかな指に纏わり付いた。再び溜め息が口から飛び出した。

昔から、溜め息を吐くと幸せが逃げるだとか何だとか言うけれど、それがもし事実ならば一体自分は幾つの幸せを掴み逃したのだろうか。そろそろとシーツを体から剥がしたトウコは、ゆっくりとその足を床に降ろして立ち上がった。眠れないのなら、下に降りて何か温かい飲み物でも飲んで気を落ち着かせよう…ペタペタと音を立ててフローリングの床の上を歩きながら、トウコはそんな考えを巡らせた。


「…トウヤ、まだ起きてたの」

カチャリ、リビングの扉を開けたトウコは驚いたような声を上げた。蛍光灯の明かりが点いたリビングは暗い廊下を歩いてきたトウコには眩しく、上手く目を開けていられない。昼間の母親みたくキッチンに立ったトウヤは、マグカップを片手に持っていた。

「トウコこそ。…もう2時のはずだけど」

ちらりと時計に目をやったトウヤはそう言ってマグカップを口に運ぶ。薄らと漂う湯気がなんとも温かみを感じさせ、芳しい香りもする。これは、珈琲…だ。

「な…あんた、そんなの飲んで寝れなくなるわよ!」

翌日寝不足で目下に浅黒い隈が出来たトウヤを想像したトウコは思わずそう注意をしたが、トウヤはそれを気にした様子もなくテレビの前のソファーまで移動し、ボスン、と座った。盛大に揺れたというのに、奇跡的にマグカップの中身が零れることは無かった。

「いいよ。端から寝る気無いし」

「なにそれ」

捻くれた返答に顔を顰めたトウコは小さく溜め息を吐いてから室内に踏み込んだ。そして棚からマグカップを、冷蔵庫の牛乳を取り上げてそれ注ぎ、電子レンジに入れた。ホットミルク。ありきたりなものだけど、トウコが眠れない夜に飲むものはいつもこれだった。暫くして取り出そうとしたマグカップはとても熱くなっていて、火傷しないようにパジャマの袖を伸ばして掴む。そしてトウコは、静かにトウヤの隣に歩きだした。

「何か悩み事があって眠れないとかなら、お姉ちゃんが聞いてあげるわよ、トウヤ」

「10分しか変わらないくせに」

たかが10分、されど10分。牛乳が零れないようにそっと隣に座ったトウコはふふ、と小さく笑った。


「…最近、変な夢ばかり見るから」

ぽつりとそう呟くように言ったトウヤはギュッとマグカップを握った。その中身はもう残っていないから、きっとトウヤは私が隣に来るのを密かに待っていたのだ。ソファーに座ったときに零れなかったのは、多分既にあまり量が無かったから。本当変なとこで素直じゃない。

「…どんな?」

此方を向いたトウヤの瞳が小さく揺らぐ。コトリ、お互いに手に持ったマグカップをテーブルの上に置いた。

「トウコ。手…貸して、」

不思議に思いながらも手を差し出したトウコは、それをまるで壊れ物を扱うようにそっと握ったトウヤを見て、ああ、と納得したような気分になった。成る程、私が居なくなるとかそんな夢かなにかか。伊達に双子をやってるわけじゃないし、ここまでされれば大体想像がつく。昔から、トウヤはそういう夢を見ては私の手を握るし。暫くしてほっと安心したようにトウヤはゆっくりと息を吐き、私の手を離した。

「ありがと。」

「…ね、トウヤ。私がホットミルクいれてあげる。珈琲よりは確実に、寝れるわよ」

そう言うやいなや、早々とマグカップを二人分持ち上げたトウコに、トウヤはあっさりと頷いた。



トロイメライの揺り籠/title ドロシー
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