あなたは、トウヤくんみたい。突然そう呼び止められて、見知らぬ人…会ったこともない人が僕を見て懐かしそうに目を細める。そう言われるたびに、誰、トウヤって、誰…?そう困惑する。考えても分からないのだ、僕は、彼に会ったことが無いのだから。

しかしその名前に段々と聞き慣れてきた頃、どうしようもない焦燥に駆られる。あなたはトウヤくんに似ているし、そんなあなたが何でも出来るのは当たり前。意味がわからない。僕がどんなに頑張って様々な功績を遺したって、いつもそこにはトウヤという顔も知らない人物が悠然と佇んでいるのだ。

僕には想像の付かないくらいに凄い人だってことは分かるし、そんな人と混濁して見られるというのはある意味名誉なことだっていうのも十分理解しているけど…皆、僕自身を見てくれることはない。僕は、トウヤじゃないのに。

そんな時、Nさんから託されたレシラム。本当に嬉しかった。彼は、トウヤの影を追いつつも確りと僕の目を見て、僕の名前を呼んでくれたのだ。そして、僕に向けて言葉を選んでくれた。それは生きていく中でごく普通の出来事だと他人は言うだろうが、僕にとってはとても特別なことだった。純白の身体を持つレシラム、その対となるのは漆黒のゼクロム。ゼクロムは、所謂トウヤの象徴と呼んでも良いようなものだと最早世間はそう言っていた。

喜びと同時に、何処か、嫌な予感がしていた。

目の前を紅の雷が過った。視界が血のように赤くなったかと思うと、次の瞬間には真白になっていた。一体何事なのだろうか。このままでは投げ出されてしまう、翼を大きく動かすレシラムに慌ててしがみ付くと、彼は僕を守るように青い炎を周囲に取り巻いた。優しい熱が包み、あの暴力的な閃光は炎にぶつかって相殺された。

龍螺旋の塔から、ヒオウギシティにある自宅に帰る途中だった。一刻も早くこの美しい龍を、常日頃心配を掛けている母親に見せてあげたいと思ったのだ。おそるおそる顔を上げると、漆黒の龍と誰かが、僕達を冷めた目で見つめていた。瞬間、ゾクリと背筋が凍った。そして直感した。彼が、トウヤだと。

「…お前、誰だよ。何でお前が…」

Nの、レシラムを持っている…?

トウヤの瞳がゆらりと不安定に揺れ動く。そこから先は驚くほどスムーズだった。指示を態度にすら出していないのに、漆黒の龍…ゼクロムはまるでトウヤと以心伝心してるかのように輝くように弾けるオーラを周囲に轟かせ、またあの雷を喚び出した。まるで、では無い。事実彼らは繋がっているのだ。

直ぐ様此方も指示を出そうと口を開くが、いかんせん彼と僕とではトレーナーとしてのレベルの差が有り過ぎた。指示が、追い付かない。閃光が襲ってくる中、レシラムは素早い判断で背中に跨っている僕をその両翼に包み込んだ。

閃光は真っ直ぐに背中に居た僕を狙っていたようで、レシラムに庇われて僕自身傷付くことは無かったが、代わりに受けたレシラムは多大なダメージを負った。悲痛で悲鳴のような鳴き声を上げたレシラムは、そのまま猛スピードで落下していく。風を切るような音が耳元で暴音のように響いて、頭が痛くなる。まだ瀕死の状態ではないだろうが、一気に体力を消耗したレシラムには態勢を立て直す力は直ぐには戻らないらしい。

何千という高さから地面に叩きつけられた僕達、落ちた先はイッシュの隅にあるような、無名の森の中だった。いや、正確には何かしら名前が付いているのかもしれない…僕が、知らないだけで。

「レシラム…?」

呼び掛けると、少し弱々しいが、猛々しくも美しいあの鳴き声が返ってきた。流石だと思った。普通のポケモンなら瀕死どころか既に死んでしまっているだろう。横たわるレシラムは首を持ち上げると僕を両翼から解放して、ゆっくりと起き上がった。レシラムは傷だらけなのに、僕は全くの無傷…。

騒々と木々が揺れて、頭上を影が覆った。そして小さな地震が起こったように地面が揺れ、気が付くと目の前にはゼクロムが降り立っていた。鋭い瞳が周囲を探るように動き、やがて腰を低く下ろした。つまり、トウヤがゼクロムから降りる。レシラムとゼクロム、2対は単体で見ても素晴らしく美しい龍だが、合われて見れば尚更だった。しかしそんなことを悠長に考えているような場合では無かったので、迷い無く此方に向ってくるトウヤから逃れるように後退りした。

さくりさくりと大地を踏み鳴らすトウヤの足音。そんな彼を咎めるように低く鳴いたレシラムだったが彼は緩やかに、大丈夫、もう何もしないと返した。レシラムはそれが嘘ではないと思ったのか、それっきり何もしない。ただ一人、僕だけが何とも言えない不安に泣きそうなくらいに緊張していた。

「Nに会った…?」

「…はい」

「Nは、元気そうだった…?」

「はい」

トウヤが、安心したように顔を綻ばせた。そして、僕よりも遥かに泣き出しそうなくらい震える声で、良かった、と呟いて俯いた。

「ごめん、本当に。レシラム…を、見かけて…頭に血が上ってたんだ。こんなこと、するつもりじゃなかったのに」

いつの間にか緊張は解けていて、ただ今目の前にいる人の果てしない落胆が伝わってきた。トウヤのお母さんに会ったときに、言われた言葉。彼はまだ、必死にNを探しているのだ。

「…Nさん、トウヤを探すって、言ってましたよ」

バッと顔を上げたトウヤの表情は驚愕に満ちていた。そして、堪え切れずに溢れる透明の綺麗な涙がポロポロと、みるみるうちに零れ始めた。とっても嬉しそうなのに、とっても悲しそうに泣きながら彼は、嗚咽の混じった声でありがとう、と呟くと優しく微笑んだ。

最初に感じていた恐怖心なんて既にもう忘れたくらいに感じない。ただひとつ思うことは、こんなに綺麗な人…僕には全く、似ていない。



造化サクリファイス/title 神葬









これ書いた後にNと観覧車に乗ったけど、はっきりとキョウヘイくんNからトウヤに似てると言われてしまいました。けど今さら編集するのもなんだし、あら…?と思った方いらっしゃるかもですが…はい、スルーお願いします…
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