サヨナラって、別れの言葉はたったそれだけなの?もっと他に、何かあったんじゃないかとか考えてしまう。そんなことをズルズルといつまでも引き摺ってしまうのは、なんだかんだ言って本当は、


もうあの日から随分と長い時間が経って経って、季節は巡る。つまりそれだけの月日俺は捜し回ったということ。だというのに、どこをどう探してもアイツを見付けることが出来ない。萌黄色のふわふわした長髪なんて目立つ色と特徴だし、それにアイツは長身でしかも独特の空気を纏っていたから、あんな風に別れを告げられたって直ぐに会えると思い込んでいた俺が馬鹿だった。

気が付くと足は自然とライモンシティに向かっていた。目の前にはいつの間にかあの時と寸分変わり無い観覧車が堂々と構えていて、だからこその諦めの悪い少しの期待は直ぐに裏切られる。萌黄色は見えないのに、だけどその代わりかのように秋になれば俺が来るのを待ってくれるあの人が居る。

「トウヤくん!」

にこっと大人の女性にしては可愛らしい笑みを浮かべたチアキさんが俺を見付けるなり駆け寄ってきた。ヒールのカツカツと地面を叩く音が心地好く耳に響く。

「…チアキさん」

「早いね、もう秋だよ」

そう言うチアキさんに釣られてキョロキョロと確認するように周りを見渡せば、赤く染まった木々の葉っぱの色が鮮やかで。そう、世界はこんなにも美しい。しかし、同時に厳しくもあった。緑は、アイツの色。だからそれが見えなくなると、やっぱり何処か寂しくなる。

「ねぇトウヤくん」

「何ですか?」

振り向けば、チアキさんは優しげな笑みを浮かべながら口を開いた。手にモンスターボールは握られていない。つまり、バトルはしないのか。

「本当に久し振りに会ったことだし、今日は私と一緒にヒウンのカフェにでも行かない?」

「…あの裏路地にある?」

チアキさんがそんなところに行くなんて色々な意味で意外だったので思わずそう聞くと彼女は頷いた。あそこ、凄く良いお店だよね。そう言ったチアキさんの瞳は微かに哀愁が漂っていた。



「此処に初めて来たとき、私の隣にはあの人が居たの」

あの人、というのはきっとチアキさんの元彼のことだろう。甘いシュガーの入ったアイスティーをストローで掻き混ぜながら、チアキさんはそう言った。俺が飲んでいるのはアイスコーヒーで、控え目な酸味と芳しい苦みのあるそれは俺が此処に来れば毎回頼むものだった。

「そうなんですか」

「…とっても好きだったの。だからあの人の行きつけだった此処…とっても良い所だし今の私のお気に入り。でも、私…」

こくり、喉を通っていく液体。正面に座るチアキさんの何か言いたげな表情。ねえ、言わなくても分かるでしょ。時々俺の機嫌を窺うようにして上目遣いをする瞳に、まるでそう言われているみたいだと思った。

「…チアキさん、」

飲まれないアイスティーに浮かぶ氷はみるみる溶けていくから、ストローで掻き混ぜればどんどん薄くなっていく。チアキさん、本気なんだろうか。

「ねぇトウヤくん、君と私が出会ってから…もう随分と経つね」

やっとアイスティーは一口だけ飲まれた。冷たい汗を掻いたグラスの周りには水が零れていて、店内の照明に当てられてキラリと光る。今の時間帯はあまり人が来ないらしい。俺とチアキさんしか居なかった。

「トウヤくん、…一体何を求めてるの?」

カラン、と澄んだ音が止んだ。ドキリと一瞬心臓が高鳴った。求めているもの…、何だろう、俺は一体何を求めているのか。…やっぱり頭を過るのはあの人で、こんなに時間が経った今でもあの人のことが…そう、恋しい…?突然、チアキさんがふふっ、と柔らかく笑った。はっとして彼女を見ると、まるで吹っ切れたようだった。

「…私、結婚するの」

「え…、」

「…もう、とっくに結婚適齢期だし。女って、そこそこの年齢で結婚しないと肩身狭いのよ」

驚きで目を開く俺に、チアキさんは別段驚くことでもないでしょう?とにこやかに、なんでもないことのように言う。大変なんですね、と俺が呟いて、それっきり会話はストップしてしまった。


「…ねえ、トウヤくん」

「…なんですか?」

あのね、そう切り出したチアキさんのアイスティーはいつの間にか全て飲み干されていた。小粒のように小さくなった氷が、底の方に寂しく取り残されている。

「トウヤくんは、諦めないでね」

必ず幸せになってね。チアキさんはそう言い終えると飲み物の代金を静かにテーブルに置いて立ち上がった。引き留めることは、出来ない。後に残された、飲み終わったグラスと微妙に斜めった椅子がチアキさんの居た証。言われなくても、諦めない。だってN、お前の夢を壊すだけ壊してそれでお終いだなんて、俺にはできないもの。


君をしあわせにする完璧なロボットにでも生まれたかった/title 告別
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