「いっ、た!」

指先からビリビリと電撃のような痛みが走り、思わず悲鳴を上げてしまった。ビックリ。まさかこんなことされるなんて思っていなかったから余計に。

かぷりと噛まれた指先にはくっきりと歯形が残っていて、しかも薄らと血が滲んでいて見るからに痛々しい。俺はそれに顔を顰めながら溜め息を吐いた。

「あー、はぁ…これ結構本気で噛んだだろ?」

「まさか。もしそうだったら今頃キミの指は血塗れだろう」

笑えない冗談だと信じたい。本気で。これ以上の被害を避けるべく手を引っ込めようにも、逃がすまいと言わんばかりにNはしっかりと手首を握っているものだから出来ない。それからその歯形に舌を這わせて血を舐めとるものだから、妙にゾクゾクして擽ったい。

奴には噛み癖があるようだ。漸く解放された指はテラテラと唾液で光っている。うわあ気持ち悪い。けど別に嫌でもないし、舐めときゃ傷が治るというのはよく知られた常識だしそのままにしておく。いずれ乾くだろこんなん。

「俺の指って、そんなに美味しそうに見える?」

「いや、そうでもない」

だろうな。人間の指だし。因みに噛まれたのは、これが初めてじゃない。ことあるごとに腕やら首やら色々な場所が被害に遭うけど、それが毎回突然だから俺は不本意ながら悲鳴を上げてしまう。いや、だからと言ってそら噛むよ、はいいいですよなんていう会話は嫌だけどさ。…こう、なんていうかな。いかにも良い雰囲気の中で噛まれたりしたら、なんだか…うん、萎える?

「どうしてだろうね…トウヤを見てると何故か無性に噛みたくなるんだよ」

「あ、そ」

己は獣か何かですか。そんなこと言われても俺はマゾじゃないのでちっともときめかないし、嬉しくない。また指先が痛んできて、それと同時にこんなこと話してても無駄だと思うようになってそれっきり、これっきり。

こいつが噛みたいというならもう好きにさせればいい。別に、それくらいで愛が冷めるような軽い関係でもないんだから。






あれから何ヵ月か経ったけど、未だにNの噛み癖は治っていない。本当そろそろ跡が残るんじゃないかと心配になるくらいに沢山噛まれてきた俺、というかぶっちゃけ言うと残りまくり。

だけどNはそれを見て何だか嬉しそうにしながら跡を指でなぞったりするから何とも言えない。何がそんなに楽しいのか。俺はどちらかと言えばNの白い首筋によく映えるキスマークと言う名の鬱血痕を見ているほうが千倍は楽しいけど。

部屋の中でのんびりとテレビを見ながらクッションを抱き締める。なんか、近くにあるものを抱き寄せてしまうという手持ちぶさたな時の俺の癖。リモコンでチャンネルを変えていくけど、なかなか面白い番組が見付からないから消してしまおうか。

隣ではNが暇そうにしながらうとうとと微睡んでいた。眠いのか。かくんかくんと下がる頭が重そうで、萌黄色の髪の毛がフワフワと揺れる。そういえば、もう深夜の2時なのだ、時が経つのは早い。プツン、テレビの騒がしい音は嘘のように消えた。

「こんなとこで寝たら、風邪引くぞ」

返事は無い。ただパチリと目を開けたNは無言で立ち上がり覚束ない足取りで何とかベッドに辿り着きそのままもふんと倒れ込んだから、俺の言葉はきちんと届いたらしい。けど布団も掛けずにそのままだから、それではわざわざベッドに移動した意味が無いじゃないか。

やれやれ、世話の焼ける。無残にも体の下敷きになった布団をなんとか引っ張り出して、すやすやと心地よさそうに寝息を立てるNに掛けてやる。ああ、疲れた。

本当だったらこのベッドに二人並んで寝る筈だったのだが、残念ながらNは堂々と真ん中を陣取っている。余程疲れてそこまで気が回らなかったらしい。

憎たらしい位に穏やかな寝顔を観察しながら、俺はふと思った。悪戯してやろうかと。というか、それは建前でただ単純に、その衝動に駆られたのだ。だから首に掛かる綺麗な萌黄色の髪を手でサラリと退かして、少しの罪悪感はあったもののガブリと噛み付いた。

鼻腔を擽る仄かな甘い匂い、柔らかい肉に歯を突き立てる生々しい感触と、微かに広がる癖になるような鉄の味。驚きに息を詰めるNの引きつった悲鳴が耳元に聞こえた。

それから労るようにペロリとそこを舐めれば、Nはビクリと身を震わせてから確認するように俺の名前を弱々しく呼んだ。

顔を上げて見れば、色素の薄い透き通った瞳には涙が浮かんでいる。やり過ぎたかと思ったけれど、俺にとってはこんなことよくあることなのだから謝る事はないだろうと開き直る。

あの時の、Nの言いたかったことがよく分かった。無性に、そうしたくなる。でも、俺は気が付いた。この行為は、相手がとても愛しいと思ったときに自然としてしまうことなのだと。つまり、食べちゃいたいくらいに好きだという言葉の延長線上にある行為。



大好きなのです/title 自慰




















友達が、どうしても彼氏を噛みたくなるそうなのです。なので、それを書いてくれと言われこうなった…無理矢理感が否めないしうん、書いてて恥ずかしくなった。取り敢えず、これで任務完了…