人間、死ぬ時は実にコロッと呆気なく死んでしまうらしい。どうしよう、私が殺してしまったの?…いいえ、死んでいるはずが無い。少し軽く首を締めただけなんだもの。それに、トウヤは私を置いて先に逝ったりなんて…しないわよね?

それでもいつまで経っても目の前に横たわるトウヤは、動かない。何をどうしても動いてくれない。こんなに呼んでいるのに、どうしてなの。流石に私は少し怖くなってトウヤの脈を測るために恐る恐るその細い手首を出来るだけ優しく掴んだ。

だけど、私のやり方が間違っているのだろうか…いくら探っても脈を見つけることが出来ない。ほんのりと温かい手の温度が急激に冷たくなっていくのが分かる。その変化がどうしようもなく怖くて、私は半ば後退るようにトウヤから距離を取った。

救急車、呼べば良いの?信じたくないけどトウヤは死んでいるみたい。でも呼んだって死んでることに変わり無いから意味が無い…寧ろ私は多分捕まるだろうから呼ばないほうがいいのかもしれない。かと言って死体の保存方法なんて私は知らないし今からどうすればいいのか。

トウヤの赤い唇がどんどん紫色に侵食されていく。柔らかだったそれはもう既にカサつき始めている。懐から色付きのリップを取り出して塗ってみると、見かけは少し良くなった気がした。

童話にあるように、小さく刻んで全て食べてしまえばいいのだろうか。酸っぱいだとか何だとかで人間は不味いとはよく聞くけれど、トウヤなら美味しく頂けるような気がする。でも、いくら何でもその綺麗な肌に包丁を刺すなんていうのは出来ない。

じゃあ、どうすればいい?

いっそ私も隣で静かに死んでしまおうか。そうすれば、私はまたトウヤと同じ世界にいくことが出来るし死体処理なんてことも考えなくていい。

腐りゆくトウヤを見ていくよりも、まだ死後何分しか経っていない今を目に焼き付けて目を閉じるほうが絶対にいい。

私がそう決めて包丁を握り締めたとき、ぐらりと視界が歪み頭はくらりと目眩がして…気が付くと暗転、真っ暗闇。だけど次の瞬間ハッと意識を取り戻して目を開けると、そこはいつもと変わらない自分の部屋。

カーテンから零れる日差しは優しい光の色をしていて、ああ自分は夢を見ていたんだと気が付いた。

「夢…、」

ぼんやりとそう呟いてふうっと息を吐く。そうだ、夢だ。だって私が──を殺してしまうなんて、あるはずが無いのだから。自分でもそんな夢を見てしまったことが不思議で、でも深く考えないことにした。

夢の内容が突拍子もないことだったりするのはよくあることで、そう気にするものでも無いと思ったのだ。…あれ、私。夢で誰を殺したんだっけ?

気が付くと夢の内容は吹っ飛んでいて、細かいことはもう全く分からなくなっていた。でもさしてきにせずまあ良いか…と自己解決した時、隣の部屋からお母さんの悲鳴が聞こえた。

朝からどうしたんだろう…ゴキブリでも出たのかしら。気になって部屋の扉を開けて隣の部屋の方に顔を向けると、お母さんが真っ青な顔で腰が抜けたみたいに座り込んでいた。

「…どうしたの?」

お母さんは私の声に驚いたように身を震わせると部屋の奥を指差した。私の隣は、トウヤの部屋。その奥に何があるというのだろうか。

お母さんの傍までペタペタと裸足でフローリングの廊下を歩き、震える指先が指す方向を伺った。

……なんだ、トウヤがあるだけじゃない。



脳内ブラックフォール/title 亡霊
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