ああ来てくれたんだねと俺は呟き、ベランダの扉をカチャリと開けた。ブワッと風が部屋の中に吹き込んで、それは深紅のカーテンを激しく揺らし、そして俺と目の前の少女の胡桃色の髪も靡かせる。

馬鹿ね、開けちゃ駄目じゃないの。そう言いつつも目の前の少女は開け広げられた扉の中へ躊躇無く足を踏み込んだ。バタン、扉の閉まる音が静かな空間に大きく響き渡る。誰も手を触れていない…勝手に閉じたのだ。

2人だけ…今は、2人だけの時間。いや、目の前の少女は人では無かった。なので、正確には2人とは言えないだろう。不意に少女が口角をぐにゃりと不気味に上げた。見えた犬歯は鋭く、そして異質な長さの象牙色。

「…飲むの?」

──トウコ。努めて冷静に俺がその名を呼んだ瞬間に、少女…トウコはキュッと口を閉じて首を横に振った。なんだ、食事をしに来た訳ではないのか…張り詰めていた空気が少し緩み、俺は背後のベッドにすとんと腰を下ろした。

「…何故怖がらないの?そんな軽々しく飲むの?なんてさ…飲むってことはこの歯を、刺すのよ…貴方の柔らかい、その首筋にね。」

再び口を開いたトウコは、自身の歯を指差してそう言った。心底不思議に思っている様で、それから口を閉じた後も俺を窺うように見つめる。

「…別に。敢えて言うなら、少しは怖いけど表に出さないだけ」

「少し?そんなこと初めて聞いたわ。…普通なら、人間は私を見るだけで恐れ戦いて逃げ惑うんだもの。…それを表に出さない、だなんて。」

──私は穢れた吸血鬼なのよ。何処か哀愁を漂わせるトウコは、そう言うと静かに目を伏せた。そして、ゆっくりと俺の隣に腰を下ろす。スプリングがギシリとなって、先程よりも少しばかり沈む。

「トウコの瞳は、青いね」

──綺麗。俯いていたトウコが弾かれたように顔を上げて此方を凝視する。見開かれたキラキラと輝く透き通った青碧の瞳。こんな瞳を持つ生き物が、穢れている訳が無い。ゆらゆらと揺れる瞳、トウコは耐えられないとでも言うようにサッと視線を逸らした。

「…、でも私の瞳はおかしいの。通常吸血鬼は赤だとか金だとか、紫…人間には無い色なの。これじゃあ私、まるで人間みたい」

「…それは、辛いこと?」

石膏で出来たみたいに真っ白で、それでいて滑らかなトウコの指が俺の頬を撫でた。ひんやり、まるで死人のように冷たいのにそれはちゃんと動いている。

「…トウヤの瞳、温かい色ね」

「……ありがと。」

月の光がぼんやりと照らす中、トウコの微かな笑みはとても優しげに見えた。ふんわり香るトウコの匂い、獲物を引き付けるための甘い罠。人間離れした美しささえも妖しい罠。すっと、トウコの手が俺の心臓辺りに触れた。

「……私、トウヤが欲しくてたまらない。心臓のドクドク鳴る音、此処からでも聞こえてくる…」

「じゃあ、飲めばいい」

「駄目よ。絶対、殺しちゃうから…」

やっぱりトウコは首を振った。初めて会った時こそ死のうが何だろうが飲もうとしていたのに、何故今になって駄目なのか分からない。俺の覚悟はとっくに出来ているというのに。

「いいよ、トウコなら。いっぱい飲んで、味わって…俺のこと、殺して」

貴方の体の隅々まで…俺の血が行き渡って染み込めばいい。そうしたら、何処までも一緒…例えこの肉体が朽ちたとしても。吸血鬼には成れない俺がトウコの傍にいて、尚且つ役立つには…この方法が一番だと確信しているのだから。



骨の髄まで血で染め上げて/title 亡霊
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