3ヶ月前のはなし。嫌な音がした。柔らかいものを、堅いものに叩きつけるみたいなそんな音だった。そして、それと同時に生き物の呻く声と醜い大人の罵る声。まただ、凄い音が響く。

そこは人目に付きにくい裏路地で、よく柄の悪い連中が溜まっていると有名な場所。普通ならこんなところに寄り付く人なんて滅多にいないが、生憎私は普通ではなかった。

私が此処に来たのは、ちょっといけない薬を買うためだった。言っておくが、別に私が使うわけじゃない。お母さんが、薬中なのだ。

ろくな母親じゃないと分かっているけれど紛れもない私の実の母親で、そんな彼女がやつれ呻き、咳き込みながら薬を強請るのだから私は知らないふりは出来なかった。

未成年の子供が持つには多過ぎるんじゃないかと思うくらいの大金を手渡され、危ない目に進んで遭わせようとする母親。父親は、何処にいるのか分からない。不在、知らない。そもそも、私って父親いるのかな。

相変わらず罵声を放つ大人から見て死角の場所に身を潜めながら、これは多分見付かると乱暴されるな、と頭の隅で思った。

ちらりと覗くと見えたのは緑色で、一体何のポケモンだろうかと目を凝らした私は驚いて息を呑んだ。あれは、チコリータだ。ここ、イッシュでは液晶でしか見ることが出来ないくらいに希少なポケモンである。

そんなポケモンに暴力を奮うだなんて、あの人は正気だろうか。青いモンスターボールを取り出したその人は、それを気絶したチコリータの横に放り投げて去っていった。

つまり、私は生まれて初めてポケモンが捨てられる場面、しかも最悪な方法でのそれを、見てしまったのだ。

しんと静寂に包まれた中で、チコリータの荒い息だけが響く。このままだと、きっと死んでしまうかもしれない。まず始めに、私はなんて面倒な場面に遭遇してしまったのだと落胆した。このまま見なかったふりをしてさっさと薬を買ったほうが賢いと思ったけれど、何故だか私はその場から立ち上がると、傷付いたチコリータをなるべく優しく抱き上げて出来る限りの速さで走った。

ろくでもない環境で育ってきた私は勿論ポケモンを抱くなんていう経験は皆無だし、ましてやトレーナーであるわけでもないので、きっと傍から見ればさぞかし危なっかしいものだっただろう。

揺れる腕の中で、うっすらと目を開けたチコリータが弱々しく鳴くのが聞こえた気がした。


ポケモンセンターに駆け込むと、直ぐ正面の受付カウンターにいるジョーイさんが私に視線を向け、そして腕の中で虫の息であるチコリータを見てサッと顔色を変えた。

なんてこと!驚愕の声とともにジョーイさんがカウンターから飛び出して私に駆け寄る。ジョーイさんは直ぐ様チコリータを取り上げて治療室に走っていった。その間、何の説明も無しに放置された私はただぽかんとつっ立っているしか出来なくて、ぼんやりとああそんなに大変な怪我だったのだと悟った。



さようならは誰のためのものなのか/title 亡霊




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