チコリータは適切な処置のお陰で命に別状はなく、2週間も経てば元気になるとジョーイさんは言った。隣に並ぶタブンネが、安心して下さいと言いたいのか待合室の椅子に座っている私の膝を、ぽんぽんと軽く叩いた。

「あんまりびっくりしたから忘れるところだったけれど、トレーナーカードを提示してくれるかしら?ポケモンセンターはトレーナーにとってはとっても親切な施設なんだけど、一般の人には有料になっちゃうの」

それを聞いた私は、嫌な予感がした。背筋がゾッと凍る思いでジョーイさんを恐る恐る見るが、彼女は変わらずニコニコと笑みを浮かべている。それが何とも恐ろしく感じた。なぜなら、勿論私はトレーナー登録なんて、していないのだから。

「…困ります。私はトレーナーじゃないし、お金も持っていません」

まあ、ある意味嘘で、ある意味本当である。私の財布の中には薬を買うためのお金がたんまりと入っているが、これを使って家に帰ってしまえばきっと私はお母さんに絞め殺されてしまうだろう。

そんな私にジョーイさんは何も言わなかったけど、早足でカウンターに戻ると何やら書類を引っ張り出して来て私に渡した。

「…じゃあ、今からトレーナー登録!…あ、ちょっぴり違法だから、これは私と貴方の秘密ね、」

スッと差し出された白い紙、ただの紙切れなのにそれはやけに輝いて見えた。私の嫌な予感は、杞憂だったんだ。

静かにそれを受け取って必要事項を書き込めば、あっというまに私のトレーナー登録は完了し、先程の白い紙の代わりに手元に来たのはカードだった。

「ポケモントレーナーは、手持ちにポケモンがいないとなれないから…あのチコリータが貴方の初めてのパートナーよ、」

貴方がトレーナーならきっとチコリータも嬉しい筈だし、私も安心して任せられるわ。ジョーイさんって凄く優しい人なんだな…と、人の優しさにあまり触れてこなかった私は心に何か暖かいものが染みるのを感じた。

また明日も来てあげてねと、ポケモンセンターから出た私が後ろを振り替えるとジョーイさんはガラス越しにずっと手を振ってくれていた。


「何でこんなに遅いの!?あああ、あんたは、私を殺す気なの?ああああ…っ、」

用事を済まして家に帰れば狭くて汚い玄関にお母さんが這いつくばっていて、私を視界に入れたとたんに金鳴り声で叫んだ。

そして震える足で立ち上がったかと思うと私を殴り飛ばして薬の入ったカバンを引ったくってあさくった。

そして目当ての物が見付かるとそれをうっとりと笑みさえ浮かべながら大事そうに両手で握り締めて、ドタドタと騒々しく自分の部屋に駆け込んでいった。扉の閉まる音が響いてやけに煩かった。

放り投げられたバッグを拾って財布の中身を確認する。その中には、十円ほどしか入っていなかった。

お母さん、実はね。
お母さんが常連さんだから、最近薬を売る人達は最初の値段と比べると、まるでぼったくりみたいな値段で売り付けてくるんだよ。
だから、多分、次は今日貰った分のお金じゃ変えないと思うの。

私のそんな呟きも、狂ったように笑い声を上げる母親には届いていなくて、私は静かに目を伏せた。

私、高望みしないけど…

普通のお母さんが良かったな。学校にもきちんと通わせてくれて、友達と遊んで帰ってくるとご飯を作って待っててくれたりする。必要以上に私を殴ったりなんかしないで、いつも優しいの。
そう、ジョーイさん、みたいに。そんな、お母さん。

私って、贅沢、なの?



劣化していくわたしの睫毛/title 吐く声




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -