病室の窓から見える景色は桜の色に溢れている。季節は春。棚の上に置いてある花瓶には生き生きとした綺麗な花が咲き誇っている。
点滴の管に繋がれた手を煩わしく思いながらも、私はこっそりと布団をずらしてむき出しの足を冷たい床の上に下ろした。外の空気が吸いたい。
一人部屋の病室であるので、こうやって勝手に外に出たとしても見つからなければなんら咎められることはない。勝手に行動することがどれだけ危険なことなのかは重々承知しているつもりであるが、もう我慢できないのだ。
ググッと背伸びをしてから手に刺さっている管をブチリと剥ぎ取った。ズキっとした鋭い痛みと、異物が取れる不思議な感覚がして、私の点滴は呆気なく取れてしまった。そしてそこを水で綺麗に洗ってから、私は病室を飛び出した。少しだけ、少しだけだから大丈夫。点滴は、なにか適当な理由をつけて誤魔化してしまえばいいか。


もうすこしで、きっとよくなるからー…


大人達のそんな気休めみたいな言葉、私は求めていなかった。その言葉を聞くたびにそれを今までわたしに何度言って来たと思ってるのと問い詰めたくなったし、イライラして余計に体に悪い気がした。そんなことよりも、残り少ない寿命をどれだけ効率的に消費するかということが私には最重要項で、こんな窮屈なところにいつまでもいれる訳がない。
そんなことを考える寿命およそ一ヶ月と二週間の今日この頃。

この数字を聞いてしまったのは偶然だった。涙声の両親と、深刻そうな医師。扉の隙間から見える重々しい光景。薄く開かれた唇。

”残念ですが、名前さんの余命は…”

嘘みたいだった。自分のことは自分が一番理解していると勘違いしていた。こんなに元気なのに…、私の寿命は本当にそんなに残りわずかなの?って、疑問しか感じない。酷く現実味を帯びない、紛れもない現実。泣き崩れる母親を支えようと父親が膝をついて母親の肩に手を乗せるのが、まるでテレビで流れるドラマのような、茶番劇のようにしか思えなかった。
その場から少しでも早く離れたくて、まだ点滴の施されてない左手でゆっくりと扉を閉めた。座り込んでいて力の入らない体を持ち上げるため、力いっぱい右手で床を押した。ぐん、っと立ち上がる自分の体。
目眩もしないし、どこか痛いわけでもない。ただ、たしかに今この瞬間にも残り僅かの寿命は確実に縮まっているわけで…
死にたくない、それだけしか考えられない。走れば、病院の名前が書かれた茶色のスリッパがパタパタと音を出した。どうせ気付かれない。母親の泣き声が酷く大きく聞こえた。


全速力で駆け抜けていく病院の廊下の左右の壁には延々と誰とも知らない人の病室が連なっていて、その部屋の数だけ私みたいな人がいるのかと考えるとゾッとした。まだ階段で下に降りたりしてないから、このフロアには重病患者しかいないのだ。
曲がり角に差し掛かった時、なんともまあお約束の展開だけど私は人にぶつかった。ドンッと息が詰まるような衝撃とともに、目の前を鮮やかな花がバラバラと散っていく。

「あっ…!?」

相手の驚くような嘆くようなそんな声と同時にべシャリと尻餅を着いた私の隣には、見るも無残な姿になった花束が転がっていた。白やら黄色やらピンクの花びらが辺り一面に散乱していて、とても美しい花束であったことが窺える。私の膝の上には、可憐な白百合の首がボトリと落ちていた。

「ごめんね…君大丈夫かい?」

その言葉に顔を上げると、目の前には変わった色をした髪の毛の外人さんがいて、しかし、彼の台詞は外人とは思えないほど流暢な日本語だった。それから彼は私に手を伸ばして、立ち上がるのを手伝ってくれた。

「いえ、大丈夫です…私が走ってたから。それよりも、お花…ごめんなさい」

しっかりと立ち上がってから私が慌ててそう謝罪を述べると、外人さんは暫くパチパチ瞬きした後にふんわりと微笑んだ。

「いや、構わないよ。もうその花束は捨てるつもりだったから」

「え、どうしてですか?」

そうあっさりと告げられたことに疑問に思った私はつい聞いてしまった。花はどれも瑞々しい美しさで、廃棄、という言葉には程遠いように思えたからだった。でもここは病院で、私はそのことを忘れていた。

「知人の見舞いに来たつもりだったんだけど、もういなかったんだ」

「そうなんですか…」

それは両方の意味に捉えられた。相手が退院したのか、それとも、亡くなったのか。前者であって欲しいけれども、場所が場所なので後者の可能性が高いし、前者であれば直接会って渡せばいいだけの話である。それ以上は追求することは出来ないので、私は黙り込んだ。

なんとも言えない空気になったそれから、どちらからともなく散らばった花を集め始めた。結構広範囲まで散乱しているので拾うのは大変だったが、やり始めてしまうと二人掛かりのせいかあっという間に終わってしまい、私の両手は花いっぱいになった。花束の中には無事なものもちらほらと残っていて、まとめなおぜば少しグレードは落ちるもののそれなりものが出来そうだった。
花束にしなくても、花瓶に生けてしまえばまったく問題ない。

「…これ、貰ってもいいですか?」

図々しくも、気がつくとそう言っていた。最初は逃げる気満々だったのに、今は一刻もはやく花を花瓶に生けたいと思っていた。外人さんは驚いたようだけど、ややあってから構わないと言った。最後まで柔らかな笑みを絶やさない人だった。


浮上した愛に素知らぬフリ/title 花脣

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -