私は本当に嫌な女だ。それは身も心もという意味で、だ。他人からの愛を求めるだけもとめて、そのくせして自らが愛することは拒む。人が信じられないし、人を信じて愛した時に裏切られるのが怖い。なのに、他人からの愛を存分に受け取った後に平気で裏切ったりする。愛していないから。どうしようもない。今まで数え切れない数の男達を裏切って、絶望させてきた。酷い時は自殺まで追い込んだし、もしかしたら私が知らないだけで既にしたのかもしれない。

いつしか私はそれを仕事にして活かすようになった。愚かな男達に私を愛させて油断させ、重要な情報を引き出して売る仕事だ。これは私にとってまさに天職といえるほどぴったりな仕事で、引き出すのに時間はかかるけれどその間の恋の駆け引きや、上手くいった時の達成感はなんとも言えないくらいに素晴らしいものだった。だけど、今までの私はただ運が良かっただけなのかもしれない。


今回もターゲットから上手く情報を引き出し終え、アレコレした後疲れて眠っている相手を起こさないようにベッドから静かに抜け出そうとした。しかし、出来なかった。


「どこに行くんですか?…名前」

迂闊だった。瞬間、がっちりと手首を痛いほど掴まれて再びベッドに引き込まれた。ギシリと軋む音と共に視界が反転して、気がつくと寝たと思っていたターゲットが私に覆い被さっている。私の手首は依然強く掴まれたままで、どくどくと脈拍を感じる。今まで上手く行っていたからバレないと思っていたのに、相手が、悪かった。普段はクーフィーヤに隠されてあまり主張していなかった銀髪が、窓から注ぎ込む月光に照らされてキラキラと輝いている。

「…っ、どうしたの?ジャーファル…わたし、喉が渇いただけだよ?」

無駄だと分かっているが、へラリと馬鹿みたいに笑ってみる。ターゲットの目がスッと細められた。ああ、この感じはやっぱりばれている。ピリピリとした空気に落ち着かなくて少し身動ぎすると、首筋に鋭い刺激が走った。ちらりと目を向けると、なにかの刃物が押し当てられているのが見えた。

「白々しいですね、名前。…私は最初から気付いていましたよ、貴方が何者であるか」

「そう…ですか、」

ターゲットの言葉を聞いて、自嘲の笑みが思わず飛び出た。もし彼が本当に私の正体に最初から気付いていたならば、自分は彼からみてさぞ滑稽に写っていただろう。あんまりな出来事に笑うしかない。首から血が垂れる感覚がくすぐったかった。

「…でも、嘘だと信じていたかった。今日貴方に情報を渡したのは、貴方がどう動くか見るためでした」

クグっと刃物が首に食い込んでいく。ゆっくりと当てられていくそれは、少しずつ切れ込みを入れながら気道を圧迫した。息苦しくてジワリと涙が滲んで、ターゲットの顔もぼんやりと朧げになった。喋りたくても喋れないし、多分もう私に喋らせるつもりはないのだろう。

「…君を、殺したくはなかったのに…!」

パタパタと頬に水滴が落ちてきた。ターゲットが泣いている。だけど私の視界も悪いから、その顔が見えない。貴方を見ることができない。仕事中、私が相手をする男は精神的に弱っている相手が多かった。そんなやつはとっても付け入りやすくて、此方が優しくすればポロリと情報を零してくれるから楽だった。そんなとき、私はなんて言ってたっけ。

「…愛していますよ、名前」

心地良い言葉の響きに、スッと目を閉じた。このターゲットからこの言葉を貰ったのは、今この瞬間が初めてだった。じんわりと満たされたような幸福感に包まれて、私は笑った。

「…愛してくれて、ありがとう」

私も、とは言わない。もうこれで全てからさよならだから。

トランキライザー症候群/title オーヴァードーズ

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