外からザーザーと雨の降る音がして、窓からみる景色は水に濡れて滲んでいる。足、切っちゃおうか。トウコが私のふくらはぎを撫でながらそう言った。時刻は午後6時、私はまだ未成年であるし両親は結構な過保護だから、もう帰らないと怒られてしまう。 「足、切ってどうするの」 随分と物騒なことをいうものだと思いながらそう聞くと、隣で折り紙をしている彼女は青い紙で作った折り鶴を見て青い鳥、と呟いた。 「ほら、」 テーブルに置いてある鋏を手に取ったトウコは、それを大きく開くと折り鶴の翼の根元に当ててジョキリと断ち切った。パサパサと音を立てて落ちた紙切れと化した翼はトウコの膝元に落ちて静止した。不自然な切られ方をした折り鶴はもはや折り鶴とは呼べなくて、下手に触れば触るほど形が可笑しくなっていく。今、色んなものを切ってみたい気分なの。トウコはそれからにっこりと笑みを浮かべた。 「これはもうごみ、ね」 くしゃりと丸められた折り鶴の残骸を、トウコは戸惑いもなくゴミ箱に投げ捨てた。先程まで可愛らしく羽を広げていたのに、もう跡形もない。 「トウコは、私をどうしたいの?」 トウコの笑顔は口角は上がっているのに肝心の目が笑っていなくて、その瞳が私を確りと捕らえたとき何とも言えない悪寒が全身を駆け巡った。 「飛ばないようにしたいわ」 鋏の切っ先をゆるゆると優しく撫でながらそう言うトウコは何処か考え方が狂っているように思える。切れ味の良い刃がギラリと鈍く光る。 「ねえ、足、切っちゃおうか」 私の足を強く掴んだトウコが静かに鋏を構えて切っ先をあてがった。それはやけにひんやりと冷たくて、底冷えするような波のあとに、額から冷たい何かが噴き出した。対して押さえ付けられている訳でもないのに、逆らうことの出来ない威圧感に身が竦んで動けない。怖い。トウコの深海みたいな綺麗な瞳が、チラチラと妖しげに爛々と輝いて見える。 そして突如ブワッと視界が歪んで、トウコの顔は一瞬で霞んでしまった。目が異様に熱くて、なのに相変わらず全身は悪寒のせいで寒い。ボロボロと液体が溢れだして、気が付くと私は泣いていた。 私の知っているトウコは、こんな怖いことしないもの。 「ちょ、泣かないでよ!冗談よ、冗談。」 私が泣き出したのを見て目を見開いたトウコは慌てたようにそう声を上げて掴んでいた足を離した。ふっと無くなる圧迫感や、いつの間に消えていた鋏の感覚に安心して、余計に涙が出てくる。 「大体、鋏くらいで足が切れるわけないじゃない」 私の頭を撫でるトウコが、断ち切る前に刃が駄目になっちゃうし、と宥めるようにそう言う。ああ良かった、いつものトウコだ。強張った体を動かして、ゆっくりとトウコの華奢な腰に抱き付くと、やんわりと抱き締め返してくれる。 「私は名前を傷付けたりはしないわよ。だって、必要性が無いんだもの。名前は、そんなことしなくたってずっーと私の傍に居てくれるでしょ」 こくこくと必死に頷くと、見ていないけれどトウコが笑ったのを雰囲気で感じ取った。半盲目的にトウコを慕う私が、貴方の傍を離れる筈がないのに。トウコから甘い匂いがする、とってもいい香り。 「良かった、名前がいい子で」 泣き疲れた私は、最後にその言葉をなんとか聞き取ってから意識を手放した。全身の力が抜けても、トウコが受け止めてくれる、幸せ。 「名前、実は本気だったの。だって貴方、直ぐに何処かに行っちゃって私のことあんまり構ってくれないでしょ?」 サラサラの名前の髪の毛を撫でながら、私は口を開いた。白い肌が綺麗で、それから溢れる血の色は何色だろうか。きっととっても綺麗な色で、色白な肌にはよく映えるだろう。 パッと消えて居なくなる青い鳥、それを捕まえて籠に入れてしまえばもう逃げない。ついでに羽も折ってしまえば、飛び立つ事はない。名前には、そうして留める価値が有ると思うのよ、私。 それでも駄目ならば、全て残らず体内に入れてしまえばいい。名前ならきっと美味しく頂けると思うから、何にも心配はいらない。そう思いながら今日も私がこの欲望を抑えたのは、名前のことが本当に好きだから。名前が嫌がっているみたいだから、残念だけど私の良いことは我慢してあげよう。 ふと、台所に掛けてある包丁が視界に入った。それがやけに魅力的に感じた私は、名前を静かにソファーに運んで寝かしてから、それを手に取った。キラリ、鋏なんか比にならないくらいに切れ味の鋭い光沢を放つそれ。 しっくりと手に馴染むそれをまじまじと観察しながら名前に視線を向けると何も知らずに幸せそうな顔して眠っている。ねえ、名前…泣く?怒る?悲しむ?痛がる?それとも…、 「…私、トウコの隣を、歩きたいの、」 小さく呟かれた寝言が私の耳を掠めた。時刻は午後8時、名前の両親からかかってくる電話の着信音が煩わしい。ああもう、萎えちゃったじゃない。 シュガーコーティングされた青い鳥へ/title 藍日 |