煩い奴は嫌い。面倒な奴は嫌い。頭の悪い奴は嫌い。というか…大嫌い、なのだ。その全ての事項が名前にはしっかりと当て嵌まっており、俺はソイツが例に漏れず大嫌いだった。

毎回擦れ違うたびにあっ、レッド!なんて許可した覚えもないのに呼び捨てで馴れ馴れしく呼び掛けて来るし、面倒だからと言って下手に無視すると此方が根負けして返事を返すまで一時も離れず、終にはトイレにも着いてくるくらいにしつこい。それでも無視して個室に入ると、アイツは十秒毎にノックしてくる。無理矢理入って来ないだけマシだと思うべきなのかそうじゃないのか最早分からなくなってくる。そこらへんのストーカーより地味に怖い。

それであんまりにも気持ち悪いから、女の子には優しろなんていう世間一般の常識までもを無視して渾身の眼力で睨み付ければ、アイツ何て言ったと思う?

「知的な鋭い目付きに私今よりもっと惚れちゃいそう」

ゾッとした。なにコイツなにコイツなにコイツ…、気持ち悪すぎる。もういっそ殴ってしまっていいだろうか…コイツ、絶対に女じゃない。男子便に平気な顔して入ってくる女なんて聞いたことない。お前なんか死ねば良いのに。吐き捨てるようにそう罵れば、名前はへらへらと締まりのない顔で、照れ隠し可愛い!等と騒ぎだす始末。もういっそ俺が死にたい。

その上家にまで尋ねてきて、アイツはあろうことか母さんにこう自己紹介した。初めまして、レッド君の彼女の名前です!そう言った名前は、いつものトイレに着いてくるときのふざけた顔じゃなくて、今まで見たことないくらいに淑やかに上品な微笑みを浮かべていた。そんな顔、出来るのかと相手はあの名前であるのに妙に感心したのを覚えている。

そうして不幸なことに、純粋に名前の言葉を鵜呑みにした哀れな母さんは名前イコール俺の彼女だとすっかり思い込んでしまって、何の疑いも持つことなく快く家に上げたのだ。上げて、しまった。…もう俺の人生終わった。


「そ、そっか…それは大変、だな…」

過激過ぎる名前の行動に言葉を失っているらしいグリーンは、珈琲を口に運ぶ途中の姿勢で綺麗に停止してしまっている。ジムリーダーである彼にさえ、此処まで直接的に接触してくる過激なファンはいない筈だ。トイレもゆっくりできないって、本当どういうこと。

「もうあれだ、シロガネ山に逃亡ってのは…」

ハッとナイスアイデアを思い付いたように顔を明るくしたグリーンだったが、それも一瞬で落胆に変わる。

「アイツ、バッジ16個取得済み。…だから、それは逆に自殺行為」

俺だって、何度もあそこに逃げようとした。そして、絶望したのだ。アイツはあのシロガネ山でさえ、え、何それ?…あぁ君と私のラブラブふたりっきりの愛の巣かとか訳の分からないことを言いだすようなある意味強者だったから。名前のお陰で、俺の小さな偏見であった"変態変人変質者イコール口だけ達者"という方程式が音を立てて崩れ去った。並以上の実力もあるなんて、もう俺に救いの手は無いのと同じである。





「ね、レッド!」

ああまたか。うんざりしながらも振り向けば、名前は嬉しそうな笑顔を浮かべてへらへらと笑った。もう仕方がないから、馴れ馴れしいだとか気持ち悪いだとかいうことは極力気にしないことにする。肩に乗っているピカチュウは案外人懐っこい性格のせいなのかかいつのまにか名前と打ち解けていて、此方もなんだか嬉しそうだし。

「私さ、近々結婚するんだ!」

「…は」

突然過ぎて一瞬思考が停止した。結婚?って、一体なんだったかなんて初歩的な質問でさえしたくなるくらいには驚いた。まさかコイツみたいな奴を好きになるような変わり者がいたのか…という驚きだとか、じゃあ何故ここに来たのかとか…そういうこと。

「誰だと思う?誰だか気になる?」

「いや別に」

「えっとねー最初にレで、最後はドが付く名前のひと!」

聞いてないし聞きたくもない。しかも、それ分かりたくなかったけど確実に俺か。あれか、拒否権は無しの方向なのか。違うのか、どうなのか。相変わらずヘラヘラと笑う名前に苛ついたり煩いとは思うものの、不思議と嫌悪感は抱かなかった。でも、流石にもう手が出そうで仕方がない。

「正解は、レッドでしたー!マイダーリンいやっふーっ!」

「死ねば良いと思う」

そう言うと名前は不貞腐れたように頬を膨らませて口を接ぐんだ。ミルクティーみたいに甘い色をした髪の毛が風になびいてきらきらしている。日焼けを知らない色白の肌には、健康的な赤みが差していた。

「私って、どう見えるの?」

真っ黒で大きな瞳が俺の顔を覗き込んだ。本当に、彼女は色々な意味で損をしていると思わざるを得ない。黙っていれば、普通にしていれば、それなりには…

「…可愛い、かも」

俺が何となくそう呟いたその瞬間、名前の顔が真っ赤に染まった。口を金魚みたいにパクパクさせながら、俺の言葉が信じられないみたいで困惑した表情を浮かべて体を強張らせた。

「あ、う…、えーっと…ありがと!」

やっと喋ったかと思うと、怒鳴るようにそう言った名前は赤くなった顔を隠しながら去っていった。取り敢えず、いまさらこれぐらいで照れるなんてアイツは今までどんな心境でトイレまで着いてきていたのかと心底疑問に思った。



ロストノイジーガール/title 藍日

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