※トウヤ君がほわほわしてる


足りない、愛が、足りない!思い詰めたように、まるで呪文を唱えるかのようにそう訴えた私に、トウコはそんなこと私が知るか馬鹿と素っ気なく突き放した。

夏真っ盛りのこの季節、窓の外では燦々と太陽が輝いて灼熱地獄を生み出していた。しかし今私達が居るこの部屋は、適度な温度調節が為されていてそんな外の事情はまるっきり感じられない。むしろ涼しいくらい。

ひんやりと冷たいクーラーの風が興奮して赤くなった私の頬を掠めたが、それだけでは熱は冷めなかった。だって、これって有り得ないと思わない?

「付き合って二週間経つのに、私まだ好きだって言われてないんだよ!?」

半ばヒステリックにそう叫んだ私に、トウコはクーラーの冷気に負けないくらいに冷めた絶対零度の目で、うるせぇリア充と罵った。棒アイスの棒を口にくわえたまま発されたその声はやけに訛って聞こえた。

「私は今モノズの厳選に忙しいんだから、卵放ってあんた達のミクロ並みに小さい悩みなんかに構ってやれる暇はないの!」

「何それ酷い!」

わっと泣き真似をする私を心底煩わしそうに見るトウコの両手には、確かに言葉の通り卵が抱えられていた。…こういう時は、卵孵化させるなら外で走ったほうが良いんじゃないのとか言ってはいけない。多分外の暑さに負けたんだと思う。

「大体さあ、そんなに好きって言って貰いたいなら普通に『私のこと好き?』って聞いてみればいいでしょ」

「恥ずかしくて聞けない!」

目をパチパチ瞬かせたトウコは、数秒後に深くて重い溜め息を吐いた後再び、そんなこと私が知るか馬鹿と言った。口が悪いのは女の子として駄目だとまるでお母さんみたいに注意してみると、もうあんた煩いから出てけ!と部屋から追い出された。私が居たのは、トウコの部屋だったのだ。

部屋から出た途端に、むわっと何とも言えない蒸し暑い空気に息が詰まりそうになった。良い具合に冷たかった肌はあっという間に温くなってしまった。最悪。

因みに、私は最初からトウコに恋愛相談をしに来ていた訳ではなくて、最初はトウヤに会いに来ていたのだ。しかしその時丁度トウヤは不在で、偶々部屋に居たトウコとお話していたという展開。まあ、いきなり訪問した私がいけないんだけど。






「ね、トウコ。どうしよ、好きって言えない…!」

部屋に入ってくるなりトウヤは半ばヒステリックにそう叫んだ。そう、先程の名前のように。卵を撫でながらめくるめく白昼夢を見ていた私は一気に現実に引き戻されてしまった。

許可も得ずに勝手にベッドに飛び込んで横になりクッションを抱き締めたトウヤははーっと重い溜め息を吐いてあーだのうーだの唸っている。あんたは一体何処に冷静なることを忘れてきたの。

「バタバタしたら埃たつんだから、止めてよ!」

「…うー、ごめん」

漸く落ち着いたらしいトウヤはクッションをポイっと投げ捨てると恥ずかしそうに頭を掻いた。しかし、そのポイっと投げた行為に配慮に欠けていると突っ込みたくなるのは致仕方ないと思う。

もう本当、いい加減にしてよ。頭痛くなる…。そう呟いた私に、トウヤは訳が分からない様子で、再度ごめんと謝った。そりゃそうだ、別にトウヤ自身にはここまで言われるほどのことをした覚えがないのだから。私がいい加減にして欲しいのは、名前とトウヤの個別のお悩み相談のために時間を潰され自分の時間が少ないことだった。

「堂々と言いなさいよ!あんたついてんだから。それにこれくらいでうだうだしても最終的ににゃんにゃんするときの主導権はあんたが握っ」

「ちょ、おま…トウコ!」

慌てて止めに入ったトウヤの顔は真っ赤で目にはうっすらと膜が張っていて、彼は私を乱暴に叩いた。全然痛くないから力加減はしているみたいだけど、つまり私は言い過ぎたらしい。全然謝る気はない。

「まあ兎に角、あんたがしっかりしないとどうしようもないってことよ」

言い終えた瞬間にピシリと卵から音が聞こえた。よく見ると小さな罅が入っていて、思わず歓喜の声を上げた私は静かに退出したトウヤには気が付かなかった。本当、ドラゴンタイプって卵の孵化遅過ぎてめげそうになるけど感動はひとしおなのよね。

生まれてきた子をさっそくジャッジさんに判断してもらうとそれはそれは見事なもので、溜まっていたストレスは一瞬でぶっ飛んだ。今ならフウロさんの無茶苦茶なジムも笑顔で通過できるくらいに。






ベッドで寛いでいた私は、ピンポンと軽やかに鳴ったチャイムと共にごめんくださーいと聞こえたトウヤの声に耳を疑った。あれ、来てくれたんだ…と。急いで起き上がりバタバタと慌ただしく玄関に向かうと、何故だか真っ赤な顔したトウヤが佇んでいた。はっきり言おう、物凄く可愛い。

「あ、上がるよね?」

極めて控えめにそう問うと、トウヤはおろおろと目を彷徨わせてからふるふると小さく首を振った。

「うん、いや…」

残念ながら上がらないらしい。一体何があって此処にきたんだろうか…全く予想できない。思考を巡らせる私に、トウヤは静かに口を開いた。

「あの、さ」

「うん、なあに?」

トウヤが緊張しているみたいだから、私もつられて緊張してしまう。ドキドキと高鳴る心臓が、外に漏れてるんじゃないかってくらいに煩く脈打っている。

「好き」

トウヤの口の動きがやけにスローモーションに見えた私は、今聞こえた単語は聞き間違いなんじゃないかと思うくらいには一瞬で頭がごちゃごちゃになってしまった。

「ちゃんと、好きだよ…寧ろ、大好き!…あ、あれ?言葉足りない…えっと、あ、愛してる…?だから、これからも一緒にいようね」

「…!」

極め付けにはくらりと目眩がした。なにこの目の前の可愛い生き物。わたわたするトウヤはそれから暫く口をパクパクさせるだけで何も言わなかったけれど、もともと赤くなっていた顔をさらに真っ赤にして、逃げるように後退して素早く扉を開けた。つまり言い逃げ。

全身に多大なダメージを受けた私は、愛が足りないだの何だの愚痴っていたくせにいざ好きだと言われるとまったく処理が出来なくなってしまうことに気が付いた。

…取り敢えず、私も大好き、愛してる!…と、次に会ったときは伝えようと思う。



誰の心臓を巣喰うのスピカ/title 藍日















ドウシテコウナッタ!原点に戻って、ほやほやしたトウヤくん。最初はこんなイメージが多かったのに、ある起点から何故かビッチや腹黒いのが増えたんですよね。