トウヤの色白で綺麗な指先が私の頬の輪郭を滑るように撫でる。それが擽ったくて我慢できずに身動ぎしてしまう。トウヤの指はピタリと止まった。

「動かないで」

そう言われても、擽ったいものは擽ったい。けれど言われたとおりに動かないように努める私に、トウヤは満足そうに顔を綻ばせた。

アンティークみたいな華奢な椅子に控えめに腰掛けて、フリルがふんだんにあしらわれたドレスを纏った私はまるで別人。鏡に映る自分を見て愕然とした。まるでフランス人形にでもなった気分である。

「ねえ、…まだ動いたら駄目?」

「駄目。」

緩く巻いてセットされた私の髪の毛を梳いたり引っ張ったりして弄ぶトウヤは、口元に薄ら笑みを浮かべたままぽつりと言った。

この調子だと軽くあと2時間は動けないかもしれないと思うと、ゾッとした。私は落ち着きのあるほうではなかったから、じっとしているのは本当に辛いのだ。トウヤは一向に私に動いていいと言ってくれない。

「名前が本当に人形だったら、大切に保管して、ずっと部屋に飾っておくのに」

暫くしてトウヤが呟いた。それまでずっと無言の時間が経過していたのでいきなりのことに少し驚いて肩を震わせたが、それについては何も問われなかった。

「人間じゃなくて、人形だったら良かったのにな」

「…なんで?」

トウヤがゆっくりと私の髪から手を離して、頭をぽんと叩いて撫でた。この動きは、もう動いていいというサインだった。

「動かないから」

きっぱりとそう言い切ったトウヤには悪いが、さっぱり意味が分からなかった私は首を傾げた。人形は動かない。そんなの、今時幼稚園でも分かる問題である。

「だからさ…動かないってことは、裏切ったりもしない、嘘を吐くこともない、それによって傷付くこともないってこと」

「はあ…、」

「逆に言えば、動く人間は裏切るし嘘吐くし、脆いわ醜いわでさ、そう考えるとなんか怖い」

つまりトウヤが言いたいのはこういうことだろうか。私は動くし自我のある人間だから、いつトウヤを裏切ってもおかしくないし、いつ狂うか死ぬかも予測不能。だからトウヤはそれが怖い。つまり、信用出来ないってことか。でもそんなことにいちいち怯えてたら、恋愛だなんて出来ないものじゃないのかと考える。

「名前は、人形みたいに従順でいてよ」

それはある意味一種の死刑宣告だろうか。



アリアドネーの寵愛/title 亡霊

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