馬鹿馬鹿しい、退屈だ、どうせ死ぬ…等々、このように世界を斜めに見ている奴らのことを世間一般では"厨二病患者"と言うらしい。そして私はこの言葉を今初めて聞いて理解し、同時に申告された者でもある。
「私からしてみれば、ヒロトも十分厨二だと思うんだけど」
机に頬杖を付き、心理学の本をペラリと捲りながら冷静に告げた私にヒロトはそうかな…と考える素振りを見せる。が、実際のところ聞き流しているようにも見える。
多分自分でも思い当たる節があるのだろうと様子を見れば手に取るように分かる。
「心理学の本とか読んでると、まさにそれって感じだよね」
ヒロトは私の隣の席に腰を下ろして、横から本の内容を目で追いながら染々とそう言った。その言葉は聞き捨てならない、それならば心理学に携わっている者は全員病んでいるということか。
「心理学者に謝れ、全力で」
「ごめん、そういう意味じゃないよ」
じゃあどういう意味だよ、という突っ込みは置いといて…私は取り敢えず静かに読書がしたかった。早く次のページに進みたい。
別にヒロトが煩いとか邪魔だとかそんなわけでは無いけれど、昼休みにも関わらず人が殆どいない図書室は私のように落ち着いて読書をしたい生徒にとっては絶好の場所だった。
「…名前はさ、教室でダンスの練習しないの?」
実は近々行われる体育祭で、二年の女子はダンスを踊る事が決まった。選曲や振り付け、小道具なんかも全て生徒からの発案…勿論、振り付けを担当するのはダンスの習い事経験者だったり、小道具なんかもクラスで手先が器用な子が集まって制作される…因みにフラッグを作っているらしい。
経験者の考えただけあって、その振り付けは素人にとっては少し覚え難かったり高度だったりするために体育祭二週間前を切った今では自由参加のダンスレッスンが教室で催されている。
殆どの女子はそれに参加し、していない女子は極少数。つまり私はその少数派の1人である。ヒロトが私に先程のような質問をするのも無理はない。
「行かないよ、面倒だし」
これを聞けば、きっと今クラスで汗を掻きながら手足を動かしている女子は"なんて協調性のないやつだ"と思うだろう。しかし、面倒なのだから仕方がない。
「だいたい、好きでもないのにやる意味見出だせないし」
「随分と投げ遣りなんだね。もっと真面目にやらないと、いつか痛い目見るよ?」
ペラリ、ページを捲る音が大きく聞こえる。
「じゃあその時はヒロトに助けてもらう」
「……人任せ」
びっしりとページを埋め尽くす難しい日本語にいい加減目眩がしてきたところでふと思い出した。
「ヒロトは?男子って組体操の練習…今してるよね」
外からは男子の威勢の良い掛け声が聞こえるような気がする…耳を澄ませば。ヒロトはあからさまに嫌そうな顔をした。
「俺、ああいう暑苦しいの、…苦手でさ」
今思えば、上半身裸で灼熱の太陽が照りつけるグラウンドを駆け抜ける男子ならいい加減陽に焼けて肌が黒くなったり赤くなったり皮が剥けたりと大変なはずなのに、ヒロトはそれを全く感じさせない…まるで冬みたいに色白だ。
つまり、何一つ変化ない。
「人のこと言えないし」
「うん、それ俺も今気付いたところ」
「全然駄目じゃん…」
そんなので体育祭当日は大丈夫なのかと当人でもない私が心配になったのだが、ヒロト曰くその日は事情で学校を休むため支障は無いらしい。
無駄なことはやらない主義なんだと爽やかに言ってのけたヒロトだが、多分この言葉を今必死に声を張り上げている男子が聞けば何と言うのか…なにやら恐ろしいことになりそうだ。
「大体さ、こんな青春青春ってさ…ドラマみたいに。何だか本当に馬鹿らしくて笑える」
遂に理解できなくなった本をパタリと閉じた。勢い良く閉じたせいかぽふりとそれは風を生み出し、私の髪は微かに揺れた。
「でもさ…今も、青春してるよね」
読むものがなくなった私が自然と視線を向けるのはヒロトで、顔を上げると綺麗な緑色の瞳と交わった。
「は?そうだっけ…」
あんな…ヒロトの言葉を借りると、暑苦しいもの。優しげに細められた翠にどうしようもなく胸が騒めかせながら、私は思考を巡らせる。
「ほら、俺達って恋愛してるでしょ?」
考える私に、ヒロトがにっこりと笑みを浮かべた。それでやっと意味がわかった私は、一気に体が熱くなるのを感じた。
ああそっか、そうだね。
葡萄酒にカンタレラを忍ばせて/title 吐く声