※よくある女装ネタ


「私、一度はすっごい可愛い女の子と一緒にショッピングとか行ってみたいなー」

私のこんな何でもない言葉が全ての始まりである。ちょっと呟いてみただけで、別にそれを現実にしようなんて考えていない…というか、私の交友関係の中にそんな子が存在しないからしたくても出来ない悲しい現実。隣でソファーに座って優雅に足を組み、雑誌を捲っていたミストレはふと顔を上げた。

「じゃあ行けば良い。王牙にもそれなりの子は沢山いるんだしさ、直ぐ叶う」

そう言ってペラリとページを捲ったが、そこで気になる記事は全て読み終えてしまったらしい。ミストレは詰まらなそうに雑誌を閉じると私に素早く押し付けた。これ面白くなかった、あげるよ。というミストレお墨付きの雑誌を喜んで受け取った私はそれを迷いなくごみ箱に投げ入れた。

ミストレは次にポケットから鏡を取り出して身嗜みのチェックを始めた。まだ最後まで目を通していない中途半端な雑誌、しかし棄てたことに何とも思わないらしい。そんな様子を見ると、何だかごみ箱から哀愁を感じてしまう。

「いや、あのさ…、よく考えてみてよ。王牙の可愛い子っていったら親衛隊しかいないよね…イコールミストレは直ぐ叶うけど私はそうはいかないの!」

「ああ…そっか、言われてみればそう…ん?」

鏡を見ながら会話していたミストレは、途中で何か気になる場所を見つけたのか髪の毛を頻りにさわさわと触りだした。因みに、私から見ると何ら変化ない。いつもの変わった髪型そのもの。けれど彼にとっては何かが違うみたいで、眉間に皺を寄せて鏡を睨むとゴムを全て取ってしまった。

サラリと宙を舞った鉄色の髪の毛をミストレは簡単に手櫛で整えながら、彼は私にさも当然のようにブツを差し出した。

「結んで。手を抜いたら許さないから」

ゴム。ミストレの髪色にはあまり目立たない色をしたそれを条件反射で受け取ってしまった私はそれを何かと認識した後に文句を言った。

「…私はあんたの奴隷か何かですかコノヤロー!」

「あーはいはい。」

私が煩いと言いたいのかしっしっと手で追い払う様にして面倒臭そうに溜め息を吐いた彼は解かれた髪が落ち着かないのか手で弄ぶ。その度にサラサラと艶やかな髪がキラキラと何処か不思議な光沢を見せながら揺れた。

「…ミストレ、私…可愛い子見つけちゃった」

とくん、高鳴る心臓。ミストレははあ?と俯いた私の顔を覗き込んで訝しげに見たものの、あまりに輝いた表情に何か危険を感じたらしい。さっと姿勢を正して落ち着かない様子で咳払いをし、そして棒読みであー良かったね、と言った。

「は、早く結んでよ。やらなくちゃいけない課題があるから…そろそろ始めないと。その為に名前の家に来たんだし」

「うん、それてさっき終わったから暇ーって雑誌読んでたの誰だっけ?ってことでツインテにするね」

「まあ…、うん…え?いや、ちょ、ツイン!?」

さあっと青ざめたミストレは私の顔を信じられないと言いたげな様子で見ると、オレは女装趣味なんてないから!と叫んだ。しかし私は決めてしまったのだ。

「いや…私は迂濶だった。近くにこんな中性的な美人さんがいるのに可愛い女の子を求めるなんて。こうすれば早かったんだよ…暇なら今から私とショッピング行こう」

中性的な美人さん、というのがミストレ的にキたらしい。彼は少し…いや、物凄く迷ってから、今回だけだからと結局は折れてくれた。そして、私は見事に願望を(なんか違うような気もするが)叶えることに成功したのである。




「わ…やっぱりオレってどんな格好でも似合うんだね。流石。まさか、自分がこんな格好するとは思ってなかったけどさ」

全身鏡の前で確認のためにくるりと回ったミストレは満足そうに自分を見つめた。ツインテールは残念ながら全力で拒否されたので出来なかったけれど、普段は下ろされることのない髪はツインテに勝とも劣らず魅力的。服は勿論私のもので、少し大人っぽい組み合わせにしてみた。ミストレは足が長くて綺麗だから本当に羨ましい。

「…どう?名前、惚れ直した?まあ聞くまでもないよね」

相変わらずの自信家で、ドヤ顔でそう言ってのけた彼は上機嫌で鼻歌なんか歌いながら私の用意したブーツのヒールを鳴らしながら玄関の扉を開き、まるでモデルのように歩きだした。しかし、暫く経っても一向に隣に並ばない私を不思議に思ったのか直ぐに振り返った。

「…何してるの」

「あー、何て言うか…、今更だけどミストレが思った以上に美人過ぎて隣歩けない…!」

私はミストレの斜め後ろをこそこそと歩いていた。彼はそんな私をきょとんとして見ていたが、やがてクスクスと口元に手を当てて上品に笑い、割と真剣な表情で口を開いた。

「…そう言うけど、名前も十分美人だよ。…まあ確かにオレには劣るって点は否定できないけど」

「…今キュンとしたのになんか一言以上多い!いらん!」

それでも、ミストレがそう言ってくれたお陰で隣に並ぶことが出来た私は少し自分に自信がついたかもしれない。さりげなく手を繋いで歩きだした私に、ミストレは嬉しそうに微笑んだ。



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