「トウヤくん、一緒に帰ろ!」

後輩の教室だけあって、私達の学年とはまた違った雰囲気のするその場所はなんだか新鮮な感じがする。

突然放課後の教室に飛び込んできた私に、後輩の皆はビックリしたみたいでやけに此方と、私が呼んだトウヤくんを不思議そうに見た。帰りのホームルームは終わったばかりのようで、大半の生徒がまだ残っていた。その中で一際異彩を放つトウヤくんは、私を視界に入れると面倒臭そうに肩を竦めながら口を開いた。

「え、先輩来なくてよかったのに」

とりあえず酷い。仮にも私は彼女であるし、トウヤくんは彼氏…この言い方は何だか寒気がするようだけどつまり私達は所謂恋人同士なのだから、それにしてはあまりにも対応が冷た過ぎるだろうと苦笑した。

「私が来ないとトウヤくん一緒に帰ってくれないでしょ?」

「まあ…だって俺は先輩に話すことなんてないですし」

白々とそう言ってのけたトウヤくんはごく自然に私の隣に立ってスタスタと歩きだして、必然的にそれに着いていくような形になった私は、改めて足の長さの違いに対して理不尽な虚しさを感じた。

トウヤくんが歩くたびに、ふわふわといい匂いがする。それは爽やかな柑橘系のようでもあり、しかし何処か甘さのある不思議と心地の良いもので、香水でも付けているのだろうかと思考を巡らす。私は結構香水は付けるほうだし、認知している種類も豊富だと自負しているけど、こんなにいい匂いは思えばトウヤくんからだけしか嗅いだことがない。

「…先輩?」

黙ったままの私を不思議に思ったのか、トウヤくんが歩調を緩めて私を呼んだ。綺麗な鳶色の瞳に、幸せそうに顔を緩ませた私が映っていた。

「何でもないよ。…ねえ、トウヤくんって香水使ってるよね」

「…まあ、はい」

「なんか、凄く良い匂いする」

「…そうですか?」

トウヤくんは私の言葉にきょとんとした後に、ガサゴソと鞄を漁って何かを取り出した。キラリと光を反射したのはガラスで作られた何かの容器。まあ言うまでもなく中身は香水で、柔らかな色合いと透明感は肌に優しそう。

「じゃあ、先輩も付けます?」

差し出された香水。私には断る理由なんて勿論無くて、嬉々としてそれを受け取り身に付けた。その瞬間、まるで私はトウヤくんの体の一部になったかのような気分に酔い痴れたのだ…大袈裟だけど。



手首からほんのりと優しく香る匂いは家に着いてもなかなか取れることが無くて、それ故に入浴が勿体なく思えた私は随分経ってから母に叱られて漸く洗面所へと向かった。

衣類を脱ぎながら、ふと気が付けば匂いが移ったのか微かにそちらからも香水の匂いがする。しかし私は何か違和感を感じて動きを止めた。何だか、今更だけど何かが根本的に足らないような。よくよく考えれば、この匂いは柑橘系の爽やかな匂いはするもののあの時の何処と無く甘さのあるものは感じられなかった。

つまり、私とトウヤくんとでは微妙に匂いが違うという新発見。つまり、私があの素敵な匂いを完全にものにすることは出来ないみたいである。あの甘さは、多分トウヤくん自身の匂いなのだと私は推測する。どうしよう、そこまで気付いちゃうと私…匂いフェチに目覚めそうだよトウヤくん限定の。



さあさ、ここに深く息を沈めて/title 花脣



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -