ああ勘違い


……“お客さん”――公安は尾行対象をそう呼ぶ――を視認、捕捉成功。距離、約150メートル。ヅかれて(感付かれて)いない模様、追跡続行。

メゾンモクバの周りの道は見通しのいい直線だ。通行人もそこまで多くないから見失う心配はまず無い。そのまま音も立てずに歩幅は広めに保ちながら歩いて、角があればそこに隠れながらもっと近付くだけ。

順調だ。“お客さん”、もとい愛理ちゃんは真っ直ぐ前を見ているから、僕の存在に気が付いていないようで振り返りそうにない。その距離、約20メートル……10メートル……5メートルの至近距離まで接近成功。

そろそろ、だな。3、2、1……ゼロ!

「こんにちは、愛理さん」
「わ!びっくりしたぁ。安室さんでしたか、こんにちは」
「驚かせてすみません、そこの角を曲がってきたら姿が見えたからつい。学校帰りかな?」
「はい。安室さんはポアロのお仕事だったんですか?スーツじゃないってことは」
「ご名答」

振り向いた時のちょっと驚いた顔から、声を掛けたのが僕だと判って少し安心したように微笑う。愛理ちゃんのそんな表情の動きを目に焼き付けた。

愛理ちゃんは今日も可愛いな。こっちを見た時に揺れた髪(その日その日の気分で髪型を変えるってことはリサーチ済み、ちなみに今日は高い位置での二つ結びだ)は今日もツヤツヤのサラサラで、当然天使の輪が今日も光輝いている。おまけに、いい感じに吹いて来る弱めの風のおかげでシャンプーだろう香りも漂ってきてこれはたまらない。長期の休みでもないただの平日の午後、制服を着て家の方へ向かっているんだから学校帰りなのは判り切ったことではあるけど、さり気なく訊きながらごく自然に横に並んで歩き出した。作戦その一、成功。

「最近なんだかよくお会いするような気が……」
「うん、不思議なこともありますね」
「ですねー。まあ当たり前ですね、ご近所さんですしね」

確かにその通りだ。でも、実は不思議でもなんでもないんだよ……と言ったらどんな顔をするかな。口角をそっと上げながら想像してみる。

隣の部屋に住んでるから、基本的な情報は一週間足らずで掴めた。画家の母親と二人暮らし(母親名義で僕の部屋の両隣を借りていて、愛理ちゃんは一部屋を丸々与えられている。母親と食事を摂ったり話したりする時は母親の部屋へ、勉強や睡眠は自分の部屋で、と使い分けているみたいだ)ということ。制服以外ではどんなテイストの服をよく着るかってことも……平日なら大体毎朝6時半までには起きて、7時半には登校していく。そして習い事や部活だとか、どこかで友達と寄り道でもしない限りはこの時間帯にここを通るようだということも。

これだけ把握したら、ある朝は愛理ちゃんが玄関を出るころを見計らって、「偶然」僕も出る。そしてあの子が使うバス停と、僕の車を停めてある駐車場までは、幸いなことにほぼ同じ道筋だから、何かしら喋りながら歩いて行く。またある日の平日夕方には、ハロの散歩や仕事の帰りを装って「たまたま」行き会ったように見せかけて、やっぱり何かしら話をしながら家路につく(愛理ちゃんが夜道で危ない目に遭わないように、という意図もある)。

こんなふうに時間帯に応じた行動を取って、あくまで偶然に見せかけて接触する回数を重ねてきた。単純接触効果といって、接する回数が多くなればなるほど、相手に親しみを持ちやすくなるものだからそれを狙って。この辺りはお互い家の近くなんだ、お隣さんに行き会ったって何もおかしくはないわけだから不審に思われはしないはず。ただし僕にも予定があるので毎日そうできるわけではないし、生活リズムをピッタリ合わせすぎても不自然だろうから、数日間の間隔を開けなくてはいけないのがもどかしいが。

それで、今日も後ろ姿が見えたから公安お得意の尾行を始めたんだ。気付かれないように、でも素早く距離を詰めていって。十分距離が縮まったところで、そこの角から出てきてお隣さんを見つけたから挨拶した……そんなふうを装った。ちなみにこの間息一つ切らしてはいないし、僕が早足で尾けてきているなんて愛理ちゃんは夢にも思わないはず。日頃のトレーニングだとか諸々の賜物かもな、と少しばかり自惚れてみる。

さて、これで作戦が全部終わったわけじゃない。作戦その一と付くからにはもちろんまだ続きがある。ここから作戦その二に移るんだ。

同じ建物に住んでいる同士が、家までの道のりを一緒に歩いていく――当然、僕が車道側を――流れに持ち込むことには成功した。その間だって“探り屋”の本領は存分に発揮させてもらう。自分で推理したり観察したりするだけでは正確に掴めない情報、例えば好みや最近あったことなんかをそれとなく聞いて(というより話すようにうまく誘導するといった方がいいが)頭にインプットする。

これまでに聞き出したのは、母親は一旦アトリエに籠るとゆうに三日は出てこないこと、そんなわけだからその間に困らないよう10才頃から料理だけは叩きこまれたので自分で何とかするが、それ以外の家事のほとんどはお手伝いさんにお願いしてきたこと、ちなみに今お願いしているヨネハラさんの年が近いから一人っ子の愛理ちゃんはお姉さんができたみたいで嬉しいらしいこと。学校は米花町からそう遠くないところにある幼稚園から大学までのミッション系女子校、私立聖マドレーヌ女学園に幼稚園からの持ち上がりで通っていて今は高等部の二年生で、ちなみに祖母も母もそれから親族の女子は全員そこのOGだということ。部活は茶道部、お稽古に合気道をやっているってこと……などなど。

ただ、父親の影も無ければ話題が全く出ないというのが、一つだけ引っかかるといえば引っかかる。僕はまだそうした家庭事情まで打ち明けるほどの相手ではないということだろうが、おいおい探りを入れてみるとして。そのほか持ち物や仕草や癖や表情も当然よく観察するんだ。

例えば靴なんて最高の情報源。よく磨かれてるからマメなんだなとか、かかとのすり減り具合からしてこういう癖があるとかいったことが推測できる。サブバッグから覗く中身で、水曜日と金曜日は体育の授業があるんだなとか、工藤優作の小説の文庫本が入っていることが多いから、ポアロで母親が言っていた通りお気に入りなんだろう、あの夜を思い出させられてさほど気が進まないが、僕も読んで作品に関する話題を出してみるか……とか。そうして人物像や嗜好を把握していけば後々会話の糸口にできる。全ては愛理ちゃんのことを良く知って、更に“お近づきになる”ためにね。

とはいえ慎重さを欠かないようにしなければ。知り合って二ヶ月ほど経ったが、僕も正体と、それから組織のこと以外、安室透としてのことは一通り明かしている。喫茶ポアロでアルバイトしている駆け出しの探偵で、実はあの“眠りの小五郎”の一番弟子でもある――この前本庁に出向くためにスーツを着ている時に出くわしたが「探偵業のお客さんにはスーツで会うことにしてるんですよ、ちゃんとしてるって印象を与えるのも大事ですから」と言えばあっさり信用された――ということ、云々を。

だが態度だとかから見るに、今のところ愛理ちゃんにとっての僕は「喫茶店で働いていて探偵もしている、自分の母親の作品のファンである料理好きなお隣のお兄さん」程度の認識で止まっているようだ。ここで距離を見誤って、あまりガツガツ本人に好意を見せながら近づこうとしても警戒されかねない。こういう時にはそう、家族の話題を出すんだ。回り道も大事ということさ。

「お母さんは元気にされていますか」
「はい、おかげさまで。また一昨日からいい作品が描けそうだってアトリエに籠っちゃってるんですけどね、今度はいつ出てくるのかなあ……そうだ、この間も湯葉の含め煮ごちそうさまでした。本当に美味しかったです!母と言い合ってるんですよ、安室さんから頂くお料理はみんなお出汁が優しい味がするねって」
「それは良かった!出汁は昆布と鰹節でしっかり取っているし、風味が落ちないように耐熱の冷水ポットに入れたりして実は結構こだわっているんです。そこを褒めてもらえるのは嬉しいなあ」
「すごくマメなんですね、母とは大違い。道理で美味しいんだ……でもいいんですか?いつも結構たくさん頂いちゃってますけど」
「一人暮らしなのに料理が楽しくてついつい作りすぎてしまう時があるんです。せっかく作ったのに食べ切れないからって捨ててしまうのも無駄にするだけですし、そうして誰かにおすそ分けして喜んでもらえるならそれに越したことはないかなって。美味しいって言われると張り合いがあるからなおさら力が入りますよ」

メゾンモクバが見えてきた。次の話題を考えながら、愛理ちゃんが部屋に入るまでに切り出さないとな、とタイミングを見計らう。

「でも多すぎたらすみません、女性二人だとどれ位食べるのかちょっと想像が付かないんだけど、少なすぎても失礼じゃないかと思ってあの量なんです」
「そっかぁ。分けていただいてる側が言うのもなんですけど丁度良いですよ。煮物が乗ってたお皿洗ってあるので、帰ったらお返しに行きますね」
「ありがとうございます」

さっきみたいにきちんとお礼も言える、敬語も使える(ガチガチの敬語じゃないところがまた年相応でいいんだ)、普段は母親のことを“ママ”と呼んでいるけど、他人の前ではちゃんと今のように“母”と呼び分けられるほどこの歳で礼儀もしっかりしている。ポアロで初めて会った時の印象は今も壊れていない……おまけに、自信のある出汁を優しい味だって言われて純粋に嬉しくなった。

「そうだ聞いてくださいよ、今日学校でシスターが……」

少し打ち解けてきた分、愛理ちゃんはちょっとした話くらいならしてくれるようになった。当然よく耳を傾けてるよ。そんな何気ない話からも彼女の人となりや、どんなことをどう感じるのかが少しでも判るから。さすがに女子校には潜入できないし、そもそも連絡先さえまだ交換を持ちかけていなくて知らない。だからこそ、この子を良く知るにはどんな小さな機会も掴んでどんな短い時間だろうと言葉を交わして、どんな些細なことであってもまだまだ情報を集めたいんだ。それくらい、恋しいんだ。

「へぇー、シスターって意外になかなかキツいんですね。もちろん色々な人がいるんだろうけどみんな優しそうなイメージなのに」
「ですよね!あの言い方はないと思うんですっ」

落ち着け。ボディタッチはまだ尚早だぞ……少し膨らせた頬っぺた、柔らかそうだな。思わず手を伸ばしそうになるのをこらえながら相槌を打つ。何か他のことを考えて気を紛らそう。そうだ、我ながらお裾分け作戦は実にいい案だったと思う。作り過ぎた分を、いつも通り風見にやるかと考えた時に閃いたんだ。“向こう三軒両隣”……つくづくいい言葉じゃないか。生憎向こう三軒は無いが、両隣にお裾分けして繋がりを作る口実にできる。そして両隣の部屋は愛理ちゃんの母親が借りているから、必然的に彼女の家だけに……ということになるわけだ。

しかし、こうして物理的に接近することに成功したのはいいが、心理的に接近できているとはまだ言えない。ここで並行して作戦その三も開始――恋愛観を探りつつ、僕を恋愛対象として意識させる。一番時間がかかりそうだ、そんな直感が何故か強くするが、指導教官が繰り返し口にしていた通り「気は長く、しかし機は見逃さず」そうしなくては公安は務まらない。躊躇してなどいられない。

そうこうしているうちにメゾンモクバに着いていた。愛理ちゃんを先に通しながら階段を上って、玄関先の階段の4段目に足が着いた時点で、ふと思いついたように口を開く。

「突然なんだけど、愛理さんは歳の差恋愛ってアリだと思います?」
「ふふ、ほんとに突然ですね。思いますけど……ただあんまり離れすぎてもちょっとなあ」
「本当かい!?ちなみにいくつまでならオーケーかな!?」
「え?えっと」

よし、アリといえばアリのようだが、それがいくつまでかによってはアプローチの方法を練り直さなくては。そう思って身体を乗り出すようにして訊いたら少し驚かれてしまった。次からは勢いを調節しないとな、と考えながら次の言葉を待つと。

「6つ差くらいまで、ですね。だっていくつも離れてたらなんだか色々大変そうじゃないですか?話が合わなさそうっていうか。でもその点それくらいまでなら同じ小学生だった時期もあるわけですし、何とかなりそうかなって」
「ちなみにその倍の12歳差はどうでしょう?例えば」
「私はナシですね、私はですけど」
「そ、そうですか……」

これは強敵もいたものだ。例えば、の次には「愛理ちゃんと僕みたいに」って続けてそれとなく好きなんだよって仄めかすつもりだったのに。ナシって言ったね、二度も言った……そんなに即座にきっぱり言い切らなくてもいいんじゃないかな?内心溜息を吐きかけた時だった。

「……」

視線を感じて愛理ちゃんの方を見ると目が合った。何か思うところでもあるんだろうか?何も言わないまま、少し小首をかしげて目をパチクリしながら僕の方を見てきてる。なるほどこれが何か考えごとをする時の癖なんだな…心臓がドクンと音を立てた。ああ、子鹿みたいな目で見られて、狙ってないんだろうそんな仕草まで見せられて!幸せだが幸せ過ぎて僕はどうにかなってしまいそうだ――!

「……あの、もしかしたらなんですけど。安室さんって」
「ん?」

愛理ちゃんがおもむろに口を開いた。もっと名前を呼んでほしいな、苗字よりも……と思いかけたけど何を言い出すんだ?それぞれの部屋のある階に辿り着いて、廊下を歩きだそうとすると。

「好き、ですよね?私の」
「!?」

なんてことだ、ちゃんと距離を詰めてからしかるべきところで告白をと思っていたのに。さっき12歳差はナシだって言ったじゃないか、なのにどうして。待てよ、さては照れ隠しだったのかい?だが予想以上に早くヅかれたか。愛理ちゃんが先に気づいたなら仕方がないな、乗り掛かった舟というやつだ。やるしかない。

「うん。実はね」

本当なら、誰が聞いているかわからないこんなところで立ち話みたいにするつもりじゃなかったが……仕方ない、予想もできないことが起こるものというし。そっと屈んで目線を合わせて、いざ。

「そう。好き、なんですよ。一目惚れしたんです、愛理ちゃんの……」

彼女に呼び掛ける時は「さん」付けで呼んでいるのに、思わず心の中で呼んでいる「ちゃん」付けになってしまった。

だが。

「母のこと」
「……ん?」

思わず目が点になったのがわかる。ちょっと待てどういうことだ?跡良先生を?好き?僕が?いや、そんなことは一言も……。

だが、不意を突かれて何も言えない僕をよそに、愛理ちゃんはぱあっと顔を輝かせて。

「やっぱり?そんな気してたんですよ」
「ど……どうしてそう思うんですか?」
「だってまず母の絵を飾ってくださってるじゃないですか」
「え、ええ、まあ」
「それに私が母といるときに会うとすごくにこやかだし、この間みたいに煮物とかもよくお裾分けしてくださるし。しかもがんもどきにかぼちゃに湯葉に、これってみーんな母の好きなものばっかりなんですよ!話した覚えなんてないのにって母も不思議がってましたけど、ともかくそれって運命みたいじゃないですか!?あと、今さっき年の差について訊いてきたのは私との話から母への話に持っていってありかなしか探るつもりだったから!つまり私の母が好きってことですよねっ!」

勢い込んでそこまで一息に並べて「当たってるでしょ」って得意そうな顔(可愛い)をしてみせたところに悪いけれど。

いや違うんだ、にこやかなのは愛理ちゃんに近づくにあたって親御さんに少しでもいい印象を与えたかったからなんだよ!それが裏目に出たのか?お裾分けした献立が好きなものばかりだったのは、全くの偶然としか言いようがないし……それに君のお母さんの作品を好きかと訊かれたらそこはイエスだけれど、人間的に嫌いか好きかと訊かれたらまあ嫌いではないけどだからって好きというわけでもないんだ、そもそもそこまで知らないのに。まして恋愛対象として見ているわけじゃ断じてないんだ、そりゃあ確かに初恋の人もかなり年上ではあったとはいえ……というより、その対象は他でもない目の前の愛理ちゃんなんだよ!?

だというのに愛理ちゃんときたら「なーんだ、そういうことですかぁ」なんてニコニコしながら話を続けている。

……脱力しないよう体幹に力を入れなくては。この子は勘違いしているぞ、完全に。

「私は年が離れすぎてるのはナシだけど母はありのはずですよ、現に父とは丁度一回り差でしたし。それくらい離れてるのが平気だったんだから安室さんみたく年下もいけるんじゃないかと思います、絶対チャンスありますって!でも手強いだろうなぁ」

僕を他所にそこまでニコニコしながら言った愛理ちゃんだったけど――不意に、一瞬だけだったけれど、そこで顔が曇った。僕が「一回り差“でした”」と言ったところに引っ掛かったのと同時に。

「……父が亡くなって15年になる今でも、お酒に酔うとのろけるくらい今でも好きだから」
「……!」
「世界一なんとかかんとかなんだからとか、もういい加減にしてよっていうくらいメロメロで。大きな作品に取り掛かる前とかには見守っててねって写真に話しかけるし」
「そう、なんですね」
「でも」

湿っぽい雰囲気を嫌ったのか、彼女は顔の曇りをどこかへ押しやって……押しやり切れないまま、また笑顔を作って持ち掛けてきた。

「ただ安室さんがその気なんだったら私も応援しますから相談してくださいね!っていってもまだRine交換してなかったですよね?ID教えていただけますか?」
「!ええ、もちろん」

スクールバッグから携帯を取り出した愛理ちゃんに合わせて、僕も自分のをトートバッグから取り出した。事態は思わぬ方向に転んだが、ともかく連絡先を手に入れただけよしとするか。瞬く間にメッセージアプリのID交換が終わって、愛理ちゃんはまたバッグに戻しながら喋っている。

「学校にもスマホは持っていくんですけど、着いたら電源切って朝のホームルームで先生に預けないといけないんです。返してもらえるのは2時半くらいだから、お返事はそれから先になっちゃいますけど。安室さんはいつが都合いいとかありますか?」
「僕はポアロのシフトや探偵業の関係もあって結構まちまちですね、何時からなら確実だとかそういうのははっきり言えないかな……それと事情があって連絡が付かない日もあるんだけど、立ち話もなんだからまたそのことはRineで送りますよ」
「わかりました、お願いします。わぁー、もしかしたら安室さんをお義父さんって呼ぶ日が来たりして!」
「はは……」

誰でもいいから誰か教えてくれ、もう笑う以外何ができた?勘違いだ、君は大いに勘違いをしてる!僕は愛理ちゃんのお義父さんじゃなくて恋人になりたいんだよ。でも、お義父さんって呼ばれるのもそれはそれで悪くないかもしれない、かもな……。

「それじゃあちょっとお返しするお皿取ってきますね」
「あ……うん、よろしくね」

言うだけ言って愛理ちゃんはさっさと部屋に引っ込んでしまった。やれやれ、思わずため息が出てくる。

とはいえ収穫はゼロじゃない。今日連絡先以外で判ったのは、まず歳の差はアリだが6歳までと考えているということ、次に父親とは死別しているということ。道理で父親の影が無いと思っていた。単身赴任か離婚、はたまた未婚の母だった線かと思っていたが、幼少期に亡くしているなら話題に出ないのも当然……。

待てよ、15年前?……跡良……それにあの目元。何か引っかかる、ような……どこかで……気のせいか。そして最大の収穫は、僕をまだまるで意識してはいないのがよく判ったということ、だ。

僕に返す食器を用意しているのか、カチャカチャと漏れ聞こえてくる音をBGMにアプリを開く。最新の追加友達一覧には、猫のような犬のようなキャラクターのアイコンと【跡良愛理】の名前が確かに表示されていた。彼女の母親をそれこそダシにして手に入れた連絡先を見ながら、フッと笑って考える。

さて――ここからどう、意識させたものだろう?



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