いちばん!


フォークを持った手は、そのままそこからどうしていいかを忘れてしまったかのように動かずにいた。

ホワイトチョコレートケーキの載ったお皿が、愛理の目の前に置かれてかれこれ数分。愛理は目の前のケーキを目を輝かせながら見つめていた。綺麗に飾り切りされたフルーツがセンス良く並べられ、見るからに滑らかそうなクリームが目を引く。まだ一口も食べていないうちから言い切るのもなんだけれど、どんな人気パティスリーのものよりも美味しいに違いない。

透さんに私のためだけにケーキを作ってもらえるなんて、こんな幸せなことってきっとあるわけない。早く食べたい。でも、フォークを刺したくない。絶対に美味しい、でも食べ切ったら当然のことだけれどなくなってしまうから――キッチンカウンターの中から、透は愛理のそんな様子を何も言わずに、ただただ愛おしそうに見つめていた。



学年末テストをどうにかこうにか乗り越え迎えた愛理が迎えた、ホワイトデー。ポアロは本当ならまだオープン前だけれど、今日はたった1人のVIPのために特別に「開店」しているのだ。

カウンター席に、ぽかぽかした日差しが閉じたままのブラインドの隙間からも差し込んでいる。少し前の雨と曇りが交互に続いた日も終わりを告げたようだった。ここのところ日に日に春めいてきていて、寒がりの愛理には嬉しい日々だ。

そんな春の足音が近づいてきている今日、透はバレンタインデーに愛理とした約束通り、彼女のためだけに特製のホワイトチョコレートケーキを拵えた。色々のフルーツを使い――イチゴは色からして本当は乗せたくなかったが、愛理が喜ぶ顔と天秤にかけ、結局一粒だけ使った――更にブランデーの代わりに、彼のとっておきの日本酒を少し利かせてあるのだ(愛理には「未成年がお酒そのものを飲むのは法律違反だからあと3年後のお楽しみだけれど、お酒の使われている物を食べることは問題ないんだよ」と説明して安心させておいた)。

「愛理さん、急かすようで申し訳ないけれど……」
「そうだった!」

本当はもっとゆっくり食べたいけど……透の声にハッと我に返った愛理は、そう思いながらも覚悟を決め、とうとうフォークをケーキに刺し口に運んだ。

一番好きな色にまつわる日に、一番好きな人に一番に楽しんでほしくて。透は今日、オープン前の1時間だけという条件で開店前のポアロに特別に彼女を招いていた。このために色々根回しをしたことは恋人には言わないまま。

まず、今日早番で入る予定だった梓に、開店にあたっての作業を全部受け持つからと交渉してシフトを代わることを承諾してもらった。それから、透の家のキッチンよりも設備が充実しているポアロの厨房を使いたかったので、元々かなり放任主義と言って良いマスターにも「常連さんのためだけに振る舞いたいメニューがあるんですが、ポアロのキッチンをお借りしてもいいでしょうか」と、ひとまずお伺いを立てれば「オープン前かクローズ後1時間くらいなら構わないよ」とあっさり許可が下りた(マスターが「バレンタインの前後の売上がかなり良かったんだ」とホクホク顔で話していた直後に切り出した甲斐があった。言うまでもなく売上が伸びた理由は透目当てに訪れた女性客達のおかげだろう。煩わしい思いをしたが、彼女らも妙なところで役に立ってくれたものだ……愛理の前では決して口には出さないけれど)。

ただ、クローズ後にするとなると、愛理は今日のお昼少し前から夕方まで友人達と出かける約束がある上、門限を破ることになってしまう。なので、こうして朝一番にゼロ番目のお客様としてお越し願った……というわけだ。

「んーっ美味しいですっ!濃厚で、でもすごくサッパリしてて。今までに食べたケーキの中で一番美味しいかも……じゃなくて、美味しいです!」

ウットリしながら褒める言葉を並べる愛理に、透の顔も自然と緩んでいく。そして、恋人がこうして自分の作ったものを美味しそうに食べてくれる光景を一番近くで独り占めできる幸せに浸りながら、得意満面で言うのだ。

「でしょ?僕が一番愛理さん好みのケーキをうまく作れるんだよ」



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