お大事にどうぞ


丸子文乃:折角のお休みに風邪とか愛理ってばツイてないー泣!!おだいじに!春休み絶対リベンジしよっ

ほんと、文乃の言う通りツイてない。昨日実際に送られてきたRineメッセージを読み返す、なんてリアルすぎる夢を見たあとで目が覚めた。

熱は多分下がってないな、って思いながら測れば7度6分。解熱剤飲んだのに。しかもまた頭痛がぶり返してきてついでに寒気もしてきた。友達は今頃皆トロピカルランドにいるはず、なのに私は一人お布団の中。透さんも確かお仕事。寂しいなあ……。

あ、通知だ。送られてきたのは、みんながトロッピーのふわふわ耳カチューシャ付けて変顔してるとこの自撮り。思わず吹き出しちゃった。しかも睦美までやってるとか珍しい、なんだかんだ理由付けていつもはこういうことしないタイプなんだけど。一緒に行ってたら絶対私もするのに。でもって透さんにも送るのに。

いいなあ。ホント、いいなあ。笑い転げてるキャラのスタンプ送ったあと、スマホを放るみたいにして(ママが今いなくて良かった。もし見られてたら「何ですかはしたない!」ってお説教コースまっしぐら!)置いて、お布団を被ってから呟く。

「わだしだっでドロピガルランド、行ぎだがっだよぉ……」

言った自分でもビックリするほど、ガラガラな声で。


今日は2月2日。今日から中等部の入試(今日は筆記試験で明後日に体育の実技試験がある)だけど、高等部の校舎も会場に使われるからそれに合わせて5日までお休みなんだ。しかも今年は1日が日曜日に当たってラッキー、だってうちはカトリックの学校だから安息日の日曜日には入学試験やらないの。だからその分お休みが増えるってこと。5日もお休みがあるんだから遊び倒さなくってどうするの?文乃のおじいさまがトロピカルランドのスポンサー企業の相談役してるから、そのコネでトロピカルランドホテルのスペシャルスイート取ってもらって遊び倒す……はず、だったのに。

去年はそうできなかった分、なおさら楽しみにしてたのに。中等部と高等部の1年生は全員、入試の時に受験生の誘導や先生のお手伝いをしなくちゃいけないから。受験する子達の前で下手なことできないから神経使うし寒いし、二度とやりたくない!そんなお役目から解放されて目一杯楽しむはずが〜!入試前最後の日は、中等部も高等部も授業を午前で切り上げて、午後一杯先生とシスターにこき使われながら入試会場じゅう大掃除させられる。こんなに熱出たのは絶対あれで疲れたのが原因だよね……最中からなんとなく具合悪かったけど、帰ってきたらすごい熱出たもん。お掃除するだけしてお休みは台無しって、これなんて罰ゲームなの……。

折角家にいるんだから透さんに逢えないかなあ。でも今は我慢しなきゃ。うつしちゃうかもしれないし、それにお風呂に入れてないせいで髪脂っぽいとこ見られたくないし!逢いたいんだけど逢いたくない、って感じ。もちろん透さんのことが嫌いになったから言ってるわけじゃなくてね?

「愛理。入るわよ」
「むぐぅ」

そこにガチャって音がしてそっちを向いたら、マスクして何か袋提げたママが入って来た。ちょっと前にお粥が食べたいって頼んだから作って来てくれたのかも。

「具合はどう?熱何度だったの」
「7度6……あだまいだい」
「まだ高いわねえ。声もガラガラ…リクエスト通りお粥作ったけどどう、食べられそう?アイスとかリンゴも食べたいなら持ってくるわよ」
「おがゆたべる」
「はいはい」

お盆をダイニングテーブルに置いたママが、手に持ってる袋から土鍋みたいなのとかお薬とかを取り出して上に載せてるのが見える。

でも、最後に取り出したタッパーだけは別だった。開けたと思ったら中身のものを爪楊枝で刺して、マスクをちょっと摘み上げてその隙間からパクッて口に放り込んで。仮にも風邪ひいてる人の前で食べるかなあ普通、ママは気にしないタイプみたいなんだけど……でも何だろ?ちょっと見えたそれは緑色。気になってじっと見てたら気が付いたみたい。

「これ?今さっき安室さんからいただいたのよ、風邪予防におすすめですって」
「え、いいなあ何それ……セロリぃ゛!?」

透さんと会ったの?しかも何かくれたの?気になってだるい体を起こしたら、ママが近寄って中身を見せてくれた。けど、覗き込んでギョッとしちゃった。そういえば「セロリのピクルス漬けてるんだよ」って話してくれたけど…。

「今味が解んないんでしょ、だったら普段は食べられないものこの際食べてみちゃえば?物は試しよ。お漬物もとから好きでしょ愛理は」
「え゛ー……」

頭がまたズキッてしたのと、ママが差し出してきたセロリを見たのと、ダブルの意味で顔を顰めた。どんなに透さんが好きだからって、透さんの大好物を私も好きになれるわけじゃないのに。セロリだけは何が何でも避けたいのに。透さんの前じゃ絶対言えないけど、青臭い臭いも味もとにかく全部がダメなの。

だけど。

「もったいないわねえ、こんなに美味しいのに」
「……ちょーだい」
「食べないんじゃなかったの?」
「たべる」

ママだけ透さんのお手製独り占めしてるの、やっぱり羨ましくなって1つねだった。口に入れると……今は味も臭いもわかんないから普段みたいに気にならない。けど、食感が……繊維っぽいっていうの?飲み込んで思った。やっぱり私はセロリ、好きになれない。透さんには悪いけど。でも好きな人の好きなものを食べられてよかったな、ってことで。

そのあとママが出してくれたお粥を食べて、お薬も飲んでお手洗いにも行って。これからまた寝るだけ……そう思ってたら。

「そうそう、安室さんからお手紙預かってたんだわ」

ママが持って来た袋の底から何か紙切れを取り出しながらまた私の方に近寄って来た。
え、透さんから?それ早く言ってよ!さっきまで体がだるくて、頭も霞んでた。なのに、ママが枕元に置いてくれた手紙を開く手が元気な時みたいに、ううんそういう時よりもっと早く動いた。

シンプルで、飾り気の無い便せん。色はもちろん、白。カサッと小さな音を立てて開いてみたら。



愛理さんへ

風邪をひいたとお母さんから伺って心配しています。お加減いかがでしょうか?Rineだとせっかく寝ているところに通知音で起こしてしまうかもしれないので、こうして手紙を書きました。

これからポアロに出た後、毛利先生に同行するのでまた何日か家を空けます。もしかしたら家でお休みしている間に、メガネをかけた背の高い男の人が僕の部屋に出入りするところを見かけるかもしれません。その人は僕の留守中ハロの世話を頼んであるペット見守りサービスのスタッフの飛田さんという人で、怪しい人ではないのでご安心を。お母さんにもこのことは伝えてあります。

辛い時に傍にいられなくて本当にごめんね。早くよくなりますように。また元気な愛理さんに逢える日を楽しみにしています。お大事にどうぞ。


安室透より

追伸 バレンタインの限定ケーキは7日から発売します


「えへへ……」
「良かったじゃない」

思わず顔がデレッとなっちゃって、ママがからかってきた。でもしょうがない、綺麗な字で「お大事に」なんて書かれてるんだもん。しかもペンのインクは、透さんのグレーがかった青い目の色を思い出す色だったから。透さんに見つめてもらってるみたい、ってちょっと嬉しくなる。

まあ、風邪をひくのも悪いことばっかりじゃないのかも。そう思ってたら、ちょうどだんだん効いてきたお薬のおかげか眠くなってきた。そうだ!枕の下に透さんのお手紙敷いて寝たら、夢に出て来てくれないかな?「お大事にね、愛理さん」って言ってくれるかな?

「風邪を治すには寝るのが一番だよ」っていつか透さんも言ってたし。たっぷり寝て治して、限定ケーキ食べに行くんだ。早く治って、夢の中でいいから逢えますように――そうお祈りしながら目を閉じた。



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