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……会いたいな。透さんと会って、お話がしたいな――お待ちかねの工藤先生の新作を3分の1くらいまで読み進めたところだったけど、そんな気持ちが大きくなりすぎて集中できそうになかったから一旦本を閉じた。

フランス語の宿題の調べ物もまとめておいたし、卯芽華へのRineも返した。ちょっとお腹空いてきたけど今日のご飯は自分で作らないと、ママがまたアトリエ籠ってるから。あーあ、勉強したりお料理したりする私と、小説を読んだり友達とおしゃべりしたりする私と、学校とか合気道とかどこかに行く私と、そうやって3つくらいに分裂できたらな。

そんなことを思ってると、気が付いたらそのまま左手はスマホを持ってて、右手は透さんとのトーク画面を開いてた。そのまま透さんにメッセージを送りそうになるのをこらえる。

今頃透さん、お仕事頑張ってるだろうな。私は元から寒がりだし、最近ちょっと冷えて来てるから学校の中でもカーディガンが手放せない。こんな寒い中で尾行とかするの大変じゃないかな。私は推理力なんて全然無いからっていうのもあるけど、もし探偵になったとしても、寒いの辛いから1日で辞めちゃうだろうな……透さんから最後に送られて来たメッセージを、何度も何度も目でなぞって心配になる。天気予報では急に気温が下がるって言ってたけど、ちょうどその時期と重なるから。

“また〇日ぐらいまで仕事です。愛理さん、体に気をつけて”

透さんは今、探偵のお仕事中。送信日の日付はもう4日も前のもの。

友達に透さんとお付き合いし始めたことは話してあるんだけど、打ち明けた時はどんな人なのとか馴れ初めはどうだったとか、そりゃもう色々訊かれたわけで。その時に「彼氏はお隣に住んでるの」って話したらみんな「何それいいなー、会いたい放題じゃん!」って羨ましがってた。

だけど実際はそうでもない。確かに行き帰りに会えることもあるけど、生活サイクルがかなり違う分なかなかそうできない。つらいなあ。連絡したくてしょうがないけど、お付き合いする前からの約束で、透さんがいつからいつまで探偵のお仕事をする、って教えてくれたその間は、私からしちゃいけないことになってる。

……ただ、それはRineに限っての話。透さんにお話したいことがたくさんあってもすぐには伝えられない、こういうときにはお手紙を書くの。

「安室さんがお仕事でお留守の間、Rineは送らない代わりにお手紙出していいですか?」
「手紙?」

お付き合いし始めて割とすぐ、まだ透さんを「安室さん」って呼んでた頃のこと。廊下でばったり会った時、そう切り出した。

「会えない間に伝えたいこと、たくさん出てきそうですから。元気ですかとか、この前こういうことがあったんですとか。お話したいけど安室さんと連絡が取れないときに、そうできたらって思ったんです。Rineと違ってこれなら通知音も鳴らないから大丈夫かなって……あ、もちろん安室さんがご迷惑でなければですけどっ」

透さん――今ではもうすんなりそう呼べるようになった――はきょとんとした顔で聞いてたから、あんまり嬉しくないかなとか、やっぱり子供だなって思われたかも、ってちょっと恥ずかしくなったっけ。

でも、透さんはすぐにぱあっと笑顔になってこう言ってくれた。

「愛理さんの好意を迷惑に思うわけがありませんよ!それに家に帰った時の楽しみがもう一つ増えるんです、こんなに嬉しいことはない」

あの時みたいな顔をして、喜んでほしいから。透さんの笑うとこを思い浮かべながら、まずはレターセットをじっくり選ぶところから始める。しまってある引き出しを開けて、中身を見下ろしてちょっと悩む。どうしようかなあ、どっちが良いかな。真純ちゃんにラブレター書いたときの花柄のもお気に入りだけど、うん、今日は千代紙みたいな柄の入った和紙っぽいのにしよう。透さんはああ見えて和風好みだから。

そうと決まれば、書くことは……ローテーブルの上にレターセットとペンを置いて、あれこれ考える。Rineだと、送る前にメッセージを打ち込んで消して、って繰り返しても跡は残らない。けど、便せんだと同じようにはいかない。書いたり消したりを繰り返すと紙が汚くなっちゃうもん、書き始める前に内容をよく考えないと。

ヒュウって強い音がして思わず窓の外を見たら、窓の外に何枚か黄色と赤の葉っぱが飛ばされていくところが見えた。今日は風も強い。秋めいてきた、ってこういうことかな。ちょっと思いついてきた。

「まずは“透さん、お元気ですか。だんだん秋っぽくなってきましたね”……これでしょ」

これはもう書いちゃうとして、じゃあその続きは……。

“そろそろ学校の銀杏並木の下の臭いがすごいことになるから、そうなったら毎年鼻をつまんで通ってます”
“文化祭来てくれないの残念”

こういうのはあんまり嬉しくないだろうから止めておこっと。あっそうだ!臭いとか責める感じみたいなマイナスのことじゃなくてポアロでのことを書けばいいんじゃない?よし、そうしよう。

“おとといもポアロに透さん特製のリンゴとさつまいものタルト食べに行きました。やっぱり最高!生地はサクサクだしシナモンもきつすぎなくて大好きです(もちろん作ってくれた透さんもね!)。友達もみんな褒めてて自分のことみたいに嬉しかった。特に友達のカンナって甘いもの嫌いなのに、一口食べてみたらって勧めたらハマってすぐに自分の分注文したくらいだったんですよ。

それと梓さんに、大尉が梓さんのお兄さんの上でおんなじ大の字の寝相で寝てるとこの写真見せてもらいました。そっくりで大笑いしちゃった。透さんとハロもおんなじ寝相で寝たりしますか?寝てるからわかんないかなあ”

これ、良い感じかも。そうだ忘れちゃいけない、“この間の合気道の昇級審査受かりました!ようやく四級です♪”とか。とにかく字を丁寧に綺麗に、って気を付けながら色々なことと、最後に“体に気を付けてくださいね。大好き!”って書けばこれでよし。字が間違ってたら恥ずかしいからそうなってないかよく見たあと、仕上げに隅っこにちょっとシール貼ってデコるんだ。

ただ、デコるにしたって絵は描かない。だって私すごく下手なんだもん……ママは世界的な画家なのに、才能は私に全然遺伝してくれなくて(ママは前に私の絵見てこんなこと話してた――「愛理は顔といい得意不得意といい、全体的にパパ似なのよねえ、あの人も絵の才能まるで無かったもの。愛理がお腹にいるって判った直後に、生まれてきたら喜ばせるんだ、って張り切って絵本を描いてたの。でも猫だよって本人は言うんだけど、ママにはどう見てもトカゲにしか思えなくて」)。幼稚園の時から工作はまだ良いとして、お絵描きの時間はすごく嫌だったし、これまでの図工や美術の時間もそう。先生もクラスメイトのみんなも、私が画家の娘なのは知ってるからすごく上手いに違いない、みたいに思ってる。でも私が描き上げたものを見るなりみんな絶句するんだから、ホントやってられない!

この間そのことを透さんに話したら、こんなイジワル言ってからかわれた。

「聖マドレーヌ女学園大学って、美術学部もあるんだよね?愛理さんの成績なら無試験で進めるだろうしお母さんもそこの出身だって聞いたし、愛理さんも目指してみたら?」

そんなことを、ちょっといたずらっぽくニヤニヤしながら。

「それは確かにありますけど透さんはもー!私が絵すごく下手なの気にしてるって言ったそばからどうしてそういうこと言うんですかっ」
「ごめんごめん、愛理さんって怒ったらどんな顔するのかなってつい気になって。好きな子ほどからかいたくなってしまう、って聞いたことないかな?それはそうとやっぱり、愛理さんはそうやってむくれる顔まで可愛いんだ」
「むぅ……そ、それでも気にしてることからかわれて私怒ってるんですからね!お詫びに手、ギュッとしてくれたら許したげますけどっ」

透さんとのそんなやり取りと、すぐに優しく手を握ってくれた感触を思い浮かべてデレッとしたあと、急に思い出すことがあった。

「進路、進路かあ……どうしよう」

ママに渡さないといけないって思い出して、スクールバッグから「進路調査のお知らせ」プリントを取り出して呟く。

私は今まで幼稚園からエスカレーター式に高等部まで上がって来た、何も特に考えずに。卒園したら初等部へ、中等部へ、そして高等部へ……って。そうしたかったからっていうより「そういうもの」だったから。嫌だったわけじゃないけど。マドレーヌに合わないことがはっきりした子とか、うちじゃ禁止されてる芸能活動だとか他の学校でやりたいことができたっていう子が、外部の学校へ出ていくのも何度か見送ってきた。けど、自分はどうしたいかをその姿を見ても考えることは無くて。

とにかく、これから自分が将来どうしていきたいかを見つめてみるの、実は初めてなんだ。どうしようかな、まずはやっぱり上の大学に行くとか。うちの学校は幼稚園から大学まであって、大学にある学部は文学部、美術学部、音楽学部、教育学部、家政学部、医学部。内部進学もできるけど学部はもちろん成績が良い子から順に選んでいく。

医学部は医学部の教授と面接するとかちゃんと試験受けないといけないし、美術学部と音楽学部は実技試験があるから別として、それ以外の学部なら試験っていっても形だけの面接だけ。私も選べるくらいの成績は取ってるけど、だからって美術学部は論外。面接のほかにデッサンもあるんだからそこで切られるに決まってる。医学部だって学年5番以内の子達じゃないと学内推薦はもらえないけど、私はそのちょっと下くらいだしそもそも無理。音楽、教育、家政もそんなに興味無いかなあ。ピアノは初等部のときに少し習った程度。実技試験で通るレベルとは思えないし、習ってたお琴が専攻できるコースもない。人に何かを教えるのも向いてないと思う。家政学部は食物科も考えたことあるけど、パパみたいにお料理をお仕事にするっていうのはピンと来ない。文学部に上がって推理小説の研究しようかな?司書の資格も取れるからそれを取って、将来は大きな図書館で働くなんていうのも良いな。

あとは……外部の大学になるけど、法律にもちょっと興味があるから法学部。何年か前にママの絵が外国で勝手に使われたけどその裁判も勝てたみたいで「顧問弁護士の妃先生が頑張ってくださったのよ」って話してた。そういうのもかっこいい。漠然としてるけど。

ただ、まだまだ先のことだしそんなにじっくり考えなくても良いよね。今はお手紙の仕上げが第一、最後にこれ書いておこう。便せんの下の方、Xのマークを3つおまけに書き込む。

「よしっ」

これはキスマークなんだって。今日の英会話の授業の最後にサンテミリオン先生が話してくれたんだ。たくさんの愛をこめて、って意味みたい。和風の便せんにはミスマッチだけど、それはまあ和洋折衷ってことで。

そうして封筒に入れたお手紙を持って、部屋の外に出る。十歩も歩かないうちに透さんのお部屋のドアの前に着いた。そして郵便受けに差し込めば、カタン、って小さな音がしてお手紙は見えなくなった。

「このお手紙も、ちゃんと透さんに読んでもらえますように……無事に、透さんが帰って来てくれますように。パパみたいに、帰る途中でお星さまになりませんように」

ドアの前で私は小さくつぶやく。丁度吹いてきた風はやっぱり冷たい。透さんが帰って来るころには止んでると良いな、って思いながら、自分の部屋に戻って行った。



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