むすびつきライブラリィ


「むかしむかし、この世に生まれたばかりのアローラ地方は……」

やってるやってる。ウラウラ図書館はキッズスペースの入り口からそっと覗けば、館内で一番陽が当たる辺りでアセロラの十八番、読み聞かせ会の真っ最中。今日は『ほしがりラプーのなかよしだいさくせん』『かがやきさまのでんせつ』『カプ・ブルルのたねまき』の豪華三本立て。あの子が読み進めていくのとシンクロするみたいに、周りの子供たちもページが進む度にますます真剣に聞き入ってる。アセロラも随分上手くなったなあ、入って来たばっかりの頃に読み聞かせをやってみないか持ち掛けたら「やだやだ恥ずかしいよー!」なんて逃げ腰だったのが信じられないくらい。成長ぶりが嬉しくてついついずっと見守りたいって気持ちになってきちゃう。

でも、残念だけどあんまりそうしてるわけにもいかないんだよね……キッズルームから引き返して、メインカウンターまでの十何歩ちょっとの距離をテクテク歩きながら考える。さて次の仕事は、っと――図書館ってのんびりしたイメージがあるみたいで、ゆっくり仕事ができて羨ましいなんて言われることも少なくないんだけどとんでもない!やることは本当にたくさんあって次から次へと出てくるんだから。

まず本の貸出や返却の受付はもちろん、その前後の下準備に新しく入った本にはフィルムをかけて管理用バーコードを貼って、返された本は元の棚に戻す前にチェックして、落書きがあったら消してページが破れてたら補修して、とか。それからフロアサービスっていって、どの本がどこにあるか訊かれたら案内したり、館内の迷子の対応もしたり。それにレファレンスサービスっていうのも。知りたい情報に行きつくためのお手伝いなんだけど、例えば「ピカチュウとイーブイが今から20年前にシンオウ地方で大量発生したときの、前後5年間の気温の移り変わりのデータが判る資料を探してるんです」とか「スーパー・メガやすが初めてウラウラじまに進出してきた時、確かルガルガンの絵がプリントされた風船を配っていたと何かで読んだんですけど、それが本当かどうか、本当ならどうしてルガルガンだったのか知りたいんです。その当時の写真とかがどこかに載ってませんか」とか訊かれたら、図書館中のあらゆる図鑑や年鑑なんかを引っ張り出してきて答えを探すの。それだけじゃない、期限を過ぎても返さない人がいたら督促の連絡を入れて、よその図書館にしかない本を貸してもらえないか問い合わせをして……。

とはいえ、好きで就いた仕事だもん。覚えることやすることがたくさんあってもすごく充実してるし苦にならないんだ。そんなことを思いながらカウンターに戻って腰を下ろした。館内を見回してみたけど今のところは人もまばら。他のスタッフもメレメレじまでの研修に出かけてたり、バックヤードの奥の方で作業してたりで出払ってる。交代要員の子が来るまでまだあるから、それまでしばらくカウンターに居て色々細々したことを片付けよう。そう決めて用紙の補充なんかに手を付けてしばらく経った時だった。

「よう、プレサンス。やってるかい」

少し気だるい低い声……あ、来た!名前を呼ばれたことにドキドキしながら、でもなんでもないふりして答える。

「こんにちはクチナシさん。やってますよ、あいにくここは飲み屋さんじゃありませんけどね」
「解ってらぁ、ただそういう店じゃなかろうがどっかに入る時つい癖でそう言っちまうんだよ」

クチナシさんがいつもの調子で、マリエシティにたくさんあるジョウト風の飲み屋さんの入り口にかかったカーテンでもくぐるようにしながら入って来た。アセロラはよく「ジュンサーさんはオドリドリと一緒に熱心にパトロールしてるのに、クチナシおじさんはしょっちゅうサボって交番お留守にするんだから。お休みの日ならともかく、プレサンスさんももしお仕事中のおじさんに会ったらちゃんとおまわりさんのお仕事してくださいって言ってね!」なんて話してるっけ。外で会ったならともかく、図書館でだったらできないけどね。図書館に来た目的は訊いちゃいけないことになってるし、もしそれが例えサボりのためだって判ったとしても、来る人はトラブルを起こしたとかでもない限り基本的に追い出せないことになってるから。ま、制服着たおまわりさんがいるっていうだけで防犯になるし(現にマラサダ屋さんはそのためにおまわりさんにマラサダとコーヒー無料でサービスしてるから)……それに、普段はちゃらんぽらんだけどかっこいいなって、クチナシさんのこと私はあのときからそう思ってるから、そういう意味でも。

「えーと、カントーのニャースがアローラに流れ着いてどうたらって小説を昔読んだんだが、ここにあるかい。確かタイトルが…『なんとかの島』つったかな、そうじゃなかった気もするんだが。うろ覚えで悪いねえ。ついでに『今月のけん玉』の最新号が入ったから、カウンターに言やぁ出してもらえるってアセロラに聞いたんでそいつも頼もうか」
「はい、ではまず小説の方から探しますね」

クチナシさんはこうしてやって来ては、ニャースの出てくるお話なんかを探してほしいとかよく相談してくる。よーし、今日もお役に立ちますよっ、と。心の中でそう言いながら、“ニャース”“島”を端末に入力して検索をかけてみると……ビンゴ!それらしい小説があった。

「まず、お探しのニャースの小説ですけれど『おニャースさまのしま』の可能性が高いですね。M70の棚にあるんですけれど、この間棚の位置を大分変えましたから、よろしければご案内しましょうか?今『今月のけん玉』もお持ちしますからその後で」
「ありがたいねえ、頼めるかい」
「少々お待ちくださいね」

一旦席を起って、雑誌のしまってある奥に引っ込みながらラッキーって思う。クチナシさんはちょくちょく来る分館内には大分詳しいだろうけど、案内を口実にして少しでも隣にいたかったから。作戦、大成功。雑誌を手渡したあと、「職員が戻るまでしばらくお待ちください」の札をカウンターに出して、お目当ての本が排架されてる書棚まで誘導しながら、もうちょっと離れてたらその分長く一緒にいられるのに、なんて考えもして。

「はい、この本でしょうか」
「どれどれ……ドンピシャだ。ありがとさん」

良かった、探してる本だったみたい。ちょっとページをパラパラめくったあと、クチナシさんが私の方に向いてニッて笑ってくれたのにつられてちょっと笑った。嬉しいな。来る人が、探してた資料や知りたかったことの答えに行きついて「これだ!」って顔をするとき。欲しかった資料と人を結び付けることができたとき。この瞬間に立ち会えることが、司書の仕事をしていて何より嬉しい瞬間なんだ。おまけにちょっといいなって思ってる人の役に立てたってなったら、なおさらでしょ。

「プレサンスさーん、読み聞かせ終わったからご本の整理するね……あっ!まぁたクチナシおじさんてばサボりに来たのっ?」
「きゅーきゅ!」
「うおっ」

アセロラがちょっと咎めるような声を――図書館だから控え目に――上げながら棚の後ろから、それとあの子のパートナーのミミたんも棚をすり抜けて(幽霊だもんね)現れて、クチナシさんは途端にギョッとして私じゃなくてそっちの方に向いちゃった。うーん残念。

「おいおいアセロラ、2人がかりでおじさんいじめてくれるなっての。それに第一今日は休みだって教えといたじゃねえか」
「そういえばそうだった!えへっ」
「ったく。それにいつもだって断じてサボりにここ来てるわけじゃねえぞ、面倒見てるお前がちゃんとやってっかどうかも気にしてんのよ。それにあのときみたくおかしな連中がたむろしてねえかどうかってのもな」
「そう?さすがしまキングでこう見えて優しいクチナシおじさん!でもまたお仕事中にサボったらけん玉人質に持ち出しちゃうからね?」
「わあったわあった。あと、こう見えて優しいは余計だ」
「照れちゃってー」
「きゅーぅ」
「照れちゃいねえよ」

別に邪魔されたからって怒ったりなんかしない。むしろアセロラとクチナシさん、それからミミたんのやり取りをこうして見るのも好きだから。

微笑ましいなあ。大のおじさんが、しっかり者のアセロラに何だかんだ頭が上がらないところが可愛いっていうか……血のつながりは無くたって、強い絆でしっかり結びついてるんだなって。

そう、“あのとき”だって、アセロラのこと心配してたもんね――何年か前、スカル団が乗り込んできて私に「おねーさん彼氏いるんスカー?」(余計なお世話!)とか「マンガとかもっと無いんスカー?」とか、図書館の利用に関係の無い質問して絡んできたり騒いだりで大変だったことがあった。丁度読み聞かせ会で多く集まってた子供たちは怖がって泣いちゃうしアセロラも涙目、他の職員も対応に大わらわ。おまけに後で判ったことだけど、スカル団の手持ちのダストダスの悪臭が染みついたせいでダメになった資料もいくつかあったし。私の手持ちのエーフィも風邪をひいてたからバトルで無理をさせるわけにもいかなくて。もうあんなこと二度とごめん。利用する人を差別しちゃいけないって前提があるとはいっても、これはさすがに度を越えてるからどうにかして出て行ってもらわないと、ってなったとき。

「おい、あんちゃんたち。騒ぎてえんならここじゃなくどっかの公園にでも行くんだな」

そこに駆け付けたのがクチナシさんだった。アセロラからいつもよく話は聞いてたけどそれまで顔を見たこと無かったから、話の印象だけで正直ちょっとだらしない人だとばかり思ってたのに。猫背を急にピンと伸びばして、何秒か前まで眠たそうだった目にさっと鋭い光を浮かべながら、スカル団の連中のリーダー格に正面きって低い声でそう言ったの。

「は?何だよおっさんボコられてえか」
「バカかオメーこのおっさんポリじゃねえかケンカ売ってどーすんだよパクられんぞ!前にズラかるぞ早くしろっ」
「マジかよすんませんっしたー!」

そしたらおかげでスカル団ときたら、さっきまで粋がってたくせによく解らないこと言いながら笑っちゃうくらいの速さで逃げていった。はあ、助かった。

「しまキングってかっこいいねえ」
「すっげー!ただのおじさんじゃないんだな!」

周りの子供たちも口々に言ってる中で、すぐにアセロラの方に駆け寄って「大丈夫か?」って心配してて。いい加減そうなのにかっこよくて、なのに優しくて。まあその、ああいうギャップがカッコいいな、なんて思うようになって、そこからよく来るようになったクチナシさんともそれなりにお話するようになって、今に至るってワケ。


私が振り返ってる間にも、クチナシさんとアセロラの小声でのやり取りはまだ続いてた。普段なら「私語はご遠慮ください」って声掛けするところだけど、周りに人がいないから今は目をつぶるってことで……。

それにしても仲が良いなあ、ほんと。ほとんどアセロラが話してるけど、うるさいぞなんて言わずに付き合ってあげてるクチナシさん。嫉妬って言うのは行き過ぎだけど羨ましくなってきて、ちょっと口を挟んでみた。

「アセロラとクチナシさん、本当にお互いのこと大事にしてるのね」
「あー、まあな、うん」
「もっちろん!クチナシおじさんとアセロラはつよーい絆で結ばれてるもんね、ミミたんもだよ。でもアセロラはね」
「?」

そこで――気分が乗った時の癖って話してた――体ごとくるっと一回転してみせたあの子は。

「早くプレサンスさんとクチナシおじさんも結ばれちゃえばいいのに、って思ってるよ?」

にっこり。満面の笑顔を浮かべながらポンとかるーく放られた一言に固まっちゃった。ねえ、アセロラ。それってどういう……?

「だってねプレサンスさん、クチナシおじさんが図書館に来るのって、サボるためとかだけじゃなくてプレサンスさんとお話するきっかけが欲しいからなんだよ。だっておじさん『今月のけん玉』定期購読してるから、図書館に読みに来る必要なんか無いのに」
「お、おいアセロラ!秘密にしとけって言ったろっ」

珍しくクチナシさんが焦ってるけど、だからってそれで止まるあの子じゃなくて。

「それにプレサンスさんだって。普段お仕事してる時でもイキイキしてるけど、クチナシおじさんが来るとお目目がますますキラキラになってとっても綺麗なんだよ、気が付いてた?絶対おじさんのこと好きなんだってそばで見ててもわかっちゃうくらい」

そう、なのかな……?そりゃあクチナシさんが来るのは嬉しいけど、態度をあからさまに出すのもよくないって押さえてたのにそんなバレバレだった?ああどうしよう、顔がかあっとなってきて熱いくらいなんだけど!

「誰がどんなご本を借りたか読んだかってヒミツでしょ。その人が誰か他の人に教えても良いよってオッケーしてくれなければ、図書館で働いてるひとでもぜったい誰かに勝手に教えちゃいけない。けど……」

図書館は利用する人の秘密を守らなきゃいけない、それは確かにそうなんだけど。ポカンとしてる私と、まだ焦りが収まらないらしいクチナシさんが何を言ったらいいか解らないでいると。

「ご本のことは教えちゃダメでも、二人とも実はお互いのこと好きなんだ……ってことだったら教えちゃっても良いでしょ?だってアセロラ、早くクチナシおじさんとプレサンスさんにくっついてほしいんだもーん!じゃああっちでご本の整理してきまーす!いこっ、ミミたん」
「きゅ!」

アセロラはそう言うが早いか、ミミたんを連れてさっさと離れて行っちゃった。その背中を見送りながらどうしよう、どうしよう、って思っていると――。

「あー、プレサンス……その。なんだ……まあ、そういうこった」

今までに見たことが無いくらい、それこそ目の色と同じくらい顔が真っ赤になったクチナシさんがこっちを見てきて視線が合った瞬間、そうボソッと言った。



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