よこしまキングのわるだくみ


ポータウンはいつも通り雨、これまたいつも通りこのへんは平穏無事、と。昼飯も済ませて日報も適当に書いたし、ニャースたちはひっくり返って夢の中。しまめぐりのあんちゃんやねえちゃんが押し寄せてたのも一段落して、差し当たってやることも無けりゃどのみち今日も何も起きやしねえだろう。けん玉いじる気分でもなし、手持ちのブラッシングでもやってやっかな――そう思った時だった。ペルシアンをボールから出してやろうとしたのと同時に、バシャバシャ水を跳ね飛ばしながら足音が聞こえてきてよ。で、次の瞬間出入り口のドアが開いて。

「クチナシさーん!いますかー」

駆け込んで来たのはねえちゃんだった。足音の正体はおまえさんか。声の調子からして事件か何かでおまわりさんの出番ってことにはならなさそうなのはいいとして……一瞬「どちらさん?」って訊きそうになっちまったよ。それでも声と、それからよくよく見たのとでやっとこ思い出した。そうだ、もしかしたら。

「プレサンス……か?」
「うん!1年ぶりにしまめぐりの成果見せに来たよっ、お邪魔しまーす。変わんないねえここも」

プレサンス。おれが住んでる部屋の大家の娘だ。ポータウンがあんなになったんで家族もろともとっくにマリエに引っ越しちまったが、それまではよくニャース目当てに交番に遊びに来てたし、去年しまめぐりのパートナーをやったのもおれだし、顔見知りではあるのよ。
ただこの前最後に顔合わせた時以来、随分雰囲気が変わってたもんで驚いたワケ。にしても、あれからもう1年経ったのか?早いもんだ。

「わざわざ成果の報告に顔見せに来るとはまた律儀なこった。元気かよ……って訊くまでもなさそうだな。今はどのへんなんだい、こないだ親父さんからメレメレの大試練はやり遂げたっつうのは聞いてるが」

勝手知ったるってふうにプレサンスがズカズカ入って来る途中で水滴が落ちて、通り道の床で寝っ転がってるニャースが軽く唸り声を上げた。雨に慣れっこで拭くのも面倒なのは解るが……まあ折角来たんだから茶の1杯でも淹れてやっか、あと洗濯したタオルはどこだったっけか。そのまんまソファに腰掛けたプレサンスは、バッグから何か取り出しながらつらつら話してる。

「今はアーカラ巡ってるの。ライチさんの大試練まであとはスイレンの試練だけなんだけど、オニシズクモがまあ強敵でさ」
「1年でそれって結構トばしてるほうじゃねえか?よくヘバらないねえ」
「だって私病気で1年出発遅れたじゃん、話したのに忘れちゃった?まあだからその分先に出た子たちに早く追いつきたいんだよね。ホントは治ったらすぐ出発したかったのに、パパもママも大事を取って次の年にしなさいとか言うんだもん。心配性なんだからもー」
「へいへい。それはそれとして早く体拭いときな」
「ありがと……あっ!そうだそんな話よりこの子見てほしくて来たんだった。おいでペルシアン、里帰りだよ!」

タオルを投げ渡してやったってのに、プレサンスはそれを受け取っても体を拭くより先にボールから手持ちを出しやがった。ったく、ヒトの話聞けっての。風邪ひいてもおじさん知らねえからな…見てほしいって言われちゃそうするしかねえ、そう思いながらそっちを見れば。

「スニャァーオ」
「へえ……こいつ、最初にやったニャースかい」
「そ、あの時もらった子。ついこないだ進化したんだ」

忘れるもんか。プレサンスがしまめぐりに出るってなった時、交番にいた中で一番懐いてたんでパートナーにやった癒し系のあいつ。おれが「こっち来な」って呼ぶよりも前に嬉しそうに鳴きながら擦り寄って来たんで、撫でてやるとひっくり返って腹を見せてきた。おれのペルシアンもボールん中から懐かしそうに見てるし、あとで引き合わせてやっかな。

「うん、毛づやも良けりゃ顔もふっくら真ん丸ときてる。プレサンスが大事にしてる証拠だな」

アローラのニャースはプライドが高くて扱いづらい。博士が新人に渡すポケモンとは違って初心者向きでもない分、ある程度まで育てたら別に捕まえたポケモンを代わりに主力にするようになる奴がほとんどだ。まして、懐かせて進化までさせる奴となれば更に少なくて、おれがしまキングやらされるようになってから覚えてる限り片手の指で十分足りるくらいだろうな。

何を手持ちに入れて何を外すだとか、最初のパートナーを使い続けるかどうかなんてのは、全くもってあんちゃんやねえちゃんの勝手だとおれは思ってるんで、四の五の口出しする気はねえ。けどよ、おれもパートナーには向かねえのを承知で、ニャースが好きだから最初のパートナーとして選ばせてんだ。なのに育て上げる奴がなかなかいねえってのは、正直言やぁ寂しいっちゃ寂しいわな。その上しまめぐりに出た奴らだって、出発したが最後今どこでどうしてるとか、連絡を入れてくることもほとんどありゃしねえ。たまに手紙を寄越すのがいるかどうかで、わざわざ直接顔を見せに来たのはおれの知る限りプレサンスが初めてだ。ハラのだんなやライチのほうはどうなのかってのは詳しいことは訊いてないんで知らねえが、多分大体似たようなもんだろう。

だからこそやっぱ、なんだかんだ感慨深いよなあ、こうして成長ぶりを見るってのは。親御さんの気分ってのはこういうもんかね。しばらく撫でられて満足したのか、プレサンスの方に戻っていくあいつのペルシアンを眺めながら呟いた。

「にしてもプレサンス、アローラニャースを手なずけてペルシアンにするあたり、おまえさんも見どころあるじゃねえか」
「やった!私ね、小っちゃいころからいつかクチナシさんみたくペルシアンと一緒にブラックホールイクリプス使えるようになりたいってずっと思ってたから、そう言ってくれて嬉しいな。ね、ペルシアン?」
「ぶにゃう!」
「ま、あくZワザ使えるようになんのはおれに勝ってからのお楽しみだし、いくらこの先お前さんがもっと実力付けたってあっさり負ける気もねえがな」
「使えるようになるのはまだ先だけど予習はちゃんとしてるもんね。だってクチナシさん前に見せてくれたじゃない、あくZのおどり。今でもちゃんと覚えてるよ」
「そうかい。いっちょやってみな」

軽い気持ちでそう言った――この時はまだ純粋だったっつうか、“そういう”目的は無かったんだよ、うん。

「オッケー、じゃあいくよペルシアン、“ブラックホールイクリプス”!」
「……!」

マジか。とっさに出そうになった一言をよくこらえたもんだと思うよ。プレサンスに釘付けになりながら、純粋に成長ぶりを喜んでた気持ちは見事にどっかにぶっ飛んじまって、でもって気が付いちゃったワケだ――背が伸びたんだなとか顔付きが変わったなとか、それ以外にもな。ランニングじゃねえやタンクトップだっけか?とにかくそっからチラ見えする胸がとっくにまな板卒業してるしよ、ショートパンツから見える脚がもう大根脚じゃなくなってスラッとしたものになってるときた。何より、面倒がって拭かずにいた服が濡れて体に貼り付いたまんまなもんで、その……そういう意味での“成長”も目の当たりにしちゃってさ。

繰り返すけどたった1年でこれかよ。やべえな……おじさん、プレサンスのせいで何かに目覚めちゃったよ。悪ぃな、やっぱおじさんも男なんだわ。今のもっと見なきゃ気が済まねえ。見えそうで見えないってのがまたいいんだわ。待てよ、やり直させてそのたんびに細かく色々ダメ出ししてってのを繰り返しちまえば、見放題なんじゃねえか?思いつくが早いか、気が付きゃ口が勝手に動いてて。

「ダメだな。今のじゃ“むげんあんやへのいざない”になっちまう。ほれ、もっかいやってみなプレサンス」
「え〜!」

まあなんだ、そういう目で見てるってバレなきゃいいってこった。「もう一回!次こそはっ」とかなんとか息巻いてるプレサンスに見えないように、そっとニヤッと笑いながら思う。

――なんたって、成長を見守るのは大人の一番の務めだから。なあ?



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