秋色シネマは甘やかに(前)


「あれ…いない」

プレサンスは目当ての人の思わぬ不在に思わず独り言を漏らした。

今日は土曜日。そしてここはミアレシティはプラターヌポケモン研究所。最愛の人であるプラターヌに「久々に研究所でデートしようよ」と呼ばれて来てみれば。

そろそろ寒くなってきたからねー、たまには暖かい部屋で温かい飲み物でも飲みながら二人っきりでいたいな、という誘いに一も二もなく乗ってやって来た(ちなみに以前、何故仕事場を逢瀬の場所にするのかと彼に訊けばいわく「いつもの仕事場で恋人と過ごすっていうのがたまらなくてねー、それにこれがホントのオフィスラブってね!」という答えが返ってきた)。
それはさておき、「寒くなってきた」という彼の言葉は嘘ではない。11月に入ってもう10日も経ち、このところずいぶん気温が下がって来ている。この間春が来て夏が過ぎて…と思っていたらもうそんな季節が巡ってきていた。道理で肌寒くなってきていたわけだ。だから屋内でぬくぬくと彼と時間とぬくもりを分かち合いたかった。

待ってるよ、って言ってたのになあ。辺りを見回してみる。しかし約束通り裏口からパスコードを入力して入り3階まで上がってきたが、ここまで彼の気配どころか人の気配もない。人が出払った休日の研究所なのだからプラターヌはともかく他に人が見当たらないのは当然なのだが、これでは誰かに彼がどこにいるのか訊くこともできない。二人の時間を邪魔されたくないからホロキャスターは置いてきてしまったし。困ったなどうしようか、ひとまずこの場所にいようか。でも呼んだからにはすぐ戻ってくるよね、とりあえずあの人のデスクの近くで絵でも眺めていようかな。
そう考えながら、その方向へ足を向けたがそこにはやはり彼はいなかった。が、代わりに人影ならぬ物影はあった。彼女の眼を出迎えたのは――

赤いの、緑の、黄色いの。彼のデスクの上に積んで置かれた、カラフルで小さな長方形の箱だった。


何かしら?興味を惹かれて近くに寄りしげしげと見てみた。ざっと10はある。研究に使うのだろうか?でもそれにしては明らかに本や文献の類ではないし、なんだか場違いというか使途が分からない。
書いてある言葉は…これはたぶんカンジというのだったか、カントーとかで使われてる字だったっけ。あいにく知識が無いから自分には読めない。でも中には何が入っているのだろう、と気になり出した。文字で分からなければ見た目から推理だ、とばかりに箱の表面を眺めてみる。
赤い箱には細長い棒状の何かが何本も写っている写真。それはほとんどが茶色に占められ、根本にわずかにきつね色が見えていた。一方で緑のパッケージのそれには赤いのとは反対にきつね色以外の色は見られない。黄色いのは何だろう?失礼かなとは思ったけれど、かの不思議の国を冒険する少女が人語を話すミミロルを追いかけ始めたように好奇心には勝てないもので。デスクから取り上げて手にとってみればごく軽い。振るとかさかさと音を立てるそれの中身を当ててみようか、などと思っていたら。

「だーれだっ」
「きゃー!」

突然真っ暗になる視界。誰かの手で目を塞がれたらしい。そして降ってくるのは、耳が焦がれてやまない声。机の上のそれに気を取られていたプレサンスは悲鳴を上げた。
でも、それは驚きや怯えを含んだものではない。むしろどちらかといえばふざけた響き。
どうしてって?誰かはちゃんと分かってる。あの人しかいないしあの人以外ないもの。
彼女はその声の主の問いかけに答えた。確証と、待たされたことへの少しばかりの意趣返しをする気持ちを持って。

「あなたはちょっと意地悪で、でもとっても素敵な私の大好きな人でーす」
「その人の名前は何ていうのかなー?」
「んー…何ていうんだったかしら?あんまり待たされたからその間に忘れちゃいました」
「ひどいなあ」
「思い出した!その人の名前はね…大好きな人、って書いてプラターヌ博士って読むの」
「はい、よくできました」

そこまで言って声の主―プラターヌは彼女の目を覆っていた手を除けた。
すると彼がそうするが早いか、プレサンスは彼に飛び付いて――その後はお決まりの流れだ。

ちゅ。「よく来てくれたね」そんな意味を込めた彼から口付けがまず注がれる。すかさず少女も「会えて嬉しい」の思いをこれまたキスに乗せて応え。そして、笑みを交わし合う。言葉なんてこの瞬間だけはいらない。彼らの時間はいつもこうして無音のシネマのように始まるのだ。

さて、恋人は帰ってきた。さっきから気になっていたこれの正体を早速訊いてみよう。
「あの、この箱なんですか?さっきから何だろうって思ってたの。随分たくさんありますね」
「やーそれね。ショコラのかかったのはパッキーって言って、何もかかってないほうはポリッツっていうんだ。どっちもジョウト地方の会社が作ってるお菓子だよ」
「えっお菓子!?」
お菓子と聞いてとたんに瞳を輝かせるプレサンス。彼女も女子のご多分に漏れず甘党なのだ。それを見てプラターヌはまったく現金なんだからなー、と少し笑う。

「昨日会った友達がお菓子の会社に勤めてるんだけど、最近カロスでもそのジョウトの会社と提携してプロモーションを始めるからって言うんでたくさんくれたんだよ。ボクもシンオウにいた時に知ってからお気に入りだったんだ。でもこっちじゃ扱うところがそんなになかったからねー、お言葉に甘えてちょっと多く受け取ったよ。こっちではTenshiって名前で仕掛けるって言ってたな。あ、これはオフレコでね」
「Tenshi?」
「昔ジョウトにいた王様の呼び方だよ。もっとも、時代がかってる言葉だから現地でももうほとんど使われてないんだけどね」
聞き慣れない言葉をそっと転がしてみれば、すかさずそんな答え。シンオウ留学の頃に知ったのかも。さすが博士だな、と肩書きという意味でも彼を指す意味でもそう思った。
「それとね、ジョウトやシンオウでは今日をパッキーとポリッツの日って呼んでるんだ」
「そうなんですか。でもどうして?」
「どうしてだろうねー?」
「む、いじわる!」
「ごめんごめん、さっきのお返しのつもり。プレサンスが可愛いからついからかいたくなっちゃってねー。カレンダー見てごらん、答えが分かるよ」
傍から聞いていたら何はなくとも逃げ出したくなりそうな甘い会話――ただし彼らはごく普通のありふれた会話をしているつもりなのだが――のあと、プレサンスはその言葉に促されるように壁に掛かったカレンダーを見た。ポケモンたちの自然な姿をとらえた月毎に変わる写真が目に入る(ちなみに今月の写真は枯れ色の落ち葉の中をぬって冬支度にいそしむパチリスたちだ)。それをちらりと見やったあと、下にある日付を確認してみれば。
「あ、そうか分かりました!11月11日だからですね」
「ご名答」
なるほど、この細長い棒形のお菓子はそのまま数字の1に見立てられる。そしてそれが4つ並ぶ今日こそ、確かに彼の地の人々の言うパッキーとポリッツの日にふさわしいだろう。

と、そこに待ちかねていた誘いの声。
「待たせてごめんよ。コーヒーを切らしてたのに買いそびれたものだからちょっと出てたんだけど。せっかく来たんだからプレサンスも召し上がれ」
「嬉しい!いいんですか?!」
「もちろん。それに『食べてみたいな』って大きく顔に書いてあったら無視できないよー」
「えへへ、ばれちゃった。実はちょっとお腹すいてて」
「では…そんな可愛い腹ぺこさんをお待たせしてしまった罪の償いを、私めにさせてはいただけませんか?」
「はい、そなたにその名誉を賜りま…ぷふっ、やだどうしてこんな話し方になってるんですかっ」
「ありがたき幸せ、至極光栄に…あはは、僕までおかしくなってきちゃったよー!じゃあいつも通りに戻ろっか。こっちおいで」
「はーい」

芝居がかった口調での応酬から目が合い―そして一転笑い転げ合う。
(やっぱり、博士の恋人やるって最高!)
自分をべたべたに甘やかしくれて、でもそれは全く鬱陶しくなくて。だから彼が好きなのだ――
プレサンスはそんなことを思いながらプラターヌが差し出した手に自分の手を重ねる。そして彼と手をつないで応接室へと足を進めていった。



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