誰が射止めるマーメイド


遮る雲一つない空に浮かぶ太陽は今日も今日とて絶好調。「アローラが常夏なのは自分のおかげなんだ」と言わんばかりに容赦なくカッと照り付けていて、腰を下ろしているレジャーシート越しにも灼けた砂浜の熱が伝わってくるほどだ。カプの村のポケモンセンターで待ち合わせてから、このウラウラ裏海岸に着くまでは時間にしてみればせいぜい10分かかるかどうか。それでもこの陽気のせいか汗がしたたり落ちている…いや、違うな。グラジオはその原因が気温だけではないことはとうに気が付いていた。緊張のせい、もっといえば隣に並んで座るプレサンスのせいだ。シートの上、すらりとした脚を伸ばして海を眺めている彼女の横顔をそっと見れば、ちょうど玉のような汗が一筋ツッと流れ落ちたところだった。
プレサンスに少しだけ目をやっては心臓をドキンと高鳴らせて。合流してからこうして海岸に落ち着くまでというもの、グラジオは今の今までそんなことを繰り返してばかりいた。久々に会ったプレサンスはやはり眩しかった。おまけに水着姿なものだから、照れてしまうあまりに彼女をほとんど直視できなくて、でもやっぱり見たいと思わずにはいられなくて、チラチラ見るのが精一杯だったのだ。海水浴に行くからには予め水着で来ようと決めてあったので予想外の格好というわけでもないし、アローラにはそこかしこにビーチがある分水着の女性など珍しくもなんともない。けれどこれが好きな相手となると話は別だ、露出が激しいデザインというわけではないのにこんなにも破壊力があるものだとは。プレサンスの水着の胸元に多くあしらわれたフリルが潮風をはらんではためくのが視界の隅に見える。どうにも気になるが部分が部分なのでジロジロ見てあらぬ誤解を与えたくはない、だがそれでも気になってしまう。堂々巡りをして何になる、黙っていないで何か話すべきだろう…自分を叱咤するけれど、そうしたところでいきなり滑らかに話せるようになるわけでもない。あれはエーテルパラダイスに潜入した時だ、ハウがプレサンスに向かって「グラジオって言葉が少ないのがカッコいいって思ってるよねー」と言っていたのを耳にした時の記憶がふと蘇えってくる。あの頃は確かにカッコいいと思っていたふしもあったのは否定できないが、今では別にもうそんなことはない。ふくらみ過ぎた緊張に言葉の通り道を塞がれてしまって声にできないだけなのだ。
「…グラジオ?疲れてない?」
プレサンスが沈黙を破った。ほとんど話さずにいたので気を遣わせてしまっただろうか。照れを忘れて反射的に声のした方に向くと、彼女の顔にもグラジオの感じている緊張とはまた違うそれが浮かんでいるのが解る。珍しい、と思った。いつだって、それこそバトルの時でもそれ以外の時でも自然体で構えているのに、今日に限っては何だか落ち着かない様子なのだから。
「いや。大丈夫だ」
「ならいいんだけど…誘ってくれたのは嬉しいけど、やることが山積みだって言ってたから」
「後始末のほうはビッケたちに助けられながら何とかやっている。早ければ来月あたりにでもカントーに行く目途が立ちそうなところだ」
「そっか、でも無理しないでね。カントーに行ったらリーリエによろしく。…あと、ルザミーネさん…良くなってるといいね」
「ああ…」
会話がそこで漣にさらわれ終わりそうになって焦る。誘ったのはオレなのだから何か話さなくては。ハウならこんな時も気負ったりしないのだろうなと少し羨ましくなってから――そうだ、まずは無難にバトルのことでも話題にしたらいいだろう。時間が経つにつれ少し緊張がほぐれてきたのもあるが、せっかくこうして会えたのだから少しでもやり取りを長く続けていたかった。
「防衛戦のほうは連戦連勝のようだが、オレもいずれさらに鍛えて必ず勝ちに行く。覚悟しておくんだな」
「む、こっちこそ絶対負けないんだからね!…それにしても」
「?」
そこで言葉を切ったプレサンスは――グラジオは気が付かなかったが――凄腕トレーナーの顔から一人の少女の顔になって、少しはにかんで言った。
「初めて、だよね。会ってバトルしないのも、二人だけでこんなふうにどこか出かけるのも」
「そう…だな」
そうだ、二人だけなのだ。彼女の言葉に改めて今の状況を思い出しながら、ようやく掴めたまたとないチャンスなんだと意識する。と、プレサンスは意を決した表情を浮かべて口を開いた。
「ねえグラジオ。その…似合ってない、かな?」
「何がだ?」
「だから!えっと…もう」
急に話題を変えられてグラジオは怪訝な顔になった。何が似合っていないかだって?いきなり何を言い出すんだ…そんな内心を感じ取ったらしいプレサンスは少し拗ねたように零す。
「…水着のこと。なんにも言ってくれないから変なのかなって」
「! そんなことはない」
何かを待ち焦がれているよなねだっているよな、そんな眼差し。そして水着という大ヒント。そこでやっと彼女の意図に気が付いた。そういうことか、もう少し鈍感だったら失望させてしまうところだった。すぐに察することができなかったのは少し情けないけれど――浅めの深呼吸をしたら。
「よく、似合っている」
「えへへ…よかった!ほんとはもっと早く言ってほしかったんだけどねっ」
正解を言い当てるとプレサンスは途端に喜びをあらわにした。ずっと見たかった顔に仕草、聞きたかった声。こんなに近くで目の当たりにして、感じることはただ一つ――やはり、魅力的だ。グラジオはこうして彼女を間近に見ていると赤らんでくる顔を、いつかの癖がまた出たのを装って手で覆いながらそっと喜びを噛みしめた。

ウルトラビーストの件が一段落つき、プレサンスはその後本格的に始動したアローラリーグのチャンピオンとして、グラジオはエーテル財団代表代行として。互いに多忙な日々を送るようになり――そして繋がりが弱くなっていっても却ってプレサンスへの想いを募らせていくうちに、気が付けば季節がいくつか変わっていた。
だが皮肉なことに、恋心をはっきり自覚してからは会うこともままならなかった。財団の影がしでかしたことの後始末は、いつかプレサンスにも話したようにやることが山積みだったからだ。オフもなかなか取れない。降格されたことで却って責任が軽くなり休暇が取りやすくなったザオボーが、私用とでも書いておけばいい休暇届の理由欄にわざわざ“ポケモンリーグ挑戦のため”と書いて提出してくるので、引き裂いてしまいたい衝動と闘いながら承認印を捺したことも何度かあった。たまのオフにはプレサンスのバトル動画を何度も見返しながら戦略を練ったり、連絡先は一応交換していたので彼女が寄越してきたメールを読み返して仕草や声を思い返したりするのが心の支えだった。だがいつしかその程度ではとても耐えられなくなったのだ。プレサンスに、逢いたい。逢いたくてたまらない。その一心でどうにか仕事をこなし今日の都合を付けた――誘った時は気が急いて「どこかに行かないか…二人で」と、自分の名前さえ名乗らず挨拶も抜きに開口一番そう勢い込んで喋ったせいで、プレサンスにいたずら電話かと誤解されてしまったのだが。

プレサンスは水着を褒めてもらってすっかりご機嫌になったようだ。そろそろ泳ぐつもりなのか手首をブラブラさせたりという準備体操らしき動きを始めていて、そしてすっかりいつもの調子を取り戻して訊かれるともなくつらつらと話を続けている。
「それでね、最初はポニ島がいいかなって思ったんだけど、潮の流れが速いから海水浴は禁止されてるんだってハプウちゃんとご飯食べた時に聞いたんだ。ハウオリシティのビーチなら行きやすいしいいかなあって思ったんだけど、やっぱりいつもお客さん多いからはぐれちゃうかもだしね。それにグラジオは人がたくさんいるとこ好きじゃなさそうな気がしたから、どこかいいとこ知りませんかって訊いたら裏海岸教えてもらったの」
グラジオはそうか、と頷きながら、この海岸を教えてくれたのが誰かはさておき感謝しておこうと思った。こうして人気のない場所で、それも水着姿のプレサンスを独り占めできるのだから。誘いに乗った彼女に「どこか行きたいところがあるならそこにしよう」と伝えるとすぐ「じゃあウラウラ裏海岸がいいな、だめ?」と言ってきたのだ――彼の方から水着姿が見たいだとかそんな考えを抱きながらビーチを提案したわけではないのだ、決して。
有名どころのビーチと比べればここへのアクセスはお世辞にも良くないが、裏を返せばその分訪れる人も少なくプレサンスの言う通り静かだ。現に周りを見回せば他の海水浴客はといえばカップルが1組だけだが、彼らは彼らでよろしくやっていてこちらに構うつもりもなさそうだった。あと、きのみのなる木の近くに厳密に言えば客ではないだろうが保安員も兼ねているのか警察官が一人いる。しかし彼も持ち込んだらしいビーチパラソルの下にビーチベッドを置いて寝そべり夢の中、周りにいるヤドンのようにのんびり休憩と洒落込んでいた。
その姿を見たグラジオの脳裏にライバルの一人のことがよぎる。警察官だがおよそそうには見えない、このウラウラ島のしまキング。グラジオは彼のこともライバルと見ていた。噂だと、なんでもプレサンスと時々どこぞの高級レストランだかで食事を共にしているとか、しかもその中で一番高いメニューをご馳走しているとか。好きな相手以外にまずそんなことはしないはずだから――Zリングを授けてくれたという多少の恩はあるけれど、それとこれとは別の話だ。あんなおっさんに譲るとかないからな。
「ねえってばグラジオ!泳ごうよー」
「っ!あ、ああ」
彼女が指先でちょいちょいと肩をつついてきて、恋敵に傾きかけていた意識が引き戻された。いやそれだけのせいではない、彼女が屈んでいるものだから、目の前には先ほどまでグラジオの視線を吸い寄せんとしていたその部分が真正面に来ていたからというのもある――釘付けになりそうだった視線をさっと引き剥がして何でもないふりをしながら立ち上がった。興味がないと言ったら大ウソになるがそんな素振りは見せたくないのだ。おっさんのことなんか考えてなんになる、今はプレサンスと過ごすことだけに集中しよう。
「ポケモンたちも出してやらないか?」
「うん!アシレーヌも喜ぶと思う」
「シルヴァディ、出てこい」
「おいでアシレーヌ!海だよー!」
二人は念のためそれぞれ一匹だけ連れてきていた一番のパートナーに呼びかけながらボールから出してやった。アシレーヌは着地するとやはり水タイプらしく海に来たのを喜ぶような鳴き声を上げ、その声は穏やかに打ち寄せる波の音と合わさり優しいハーモニーを奏でた。
他方でシルヴァディは出てきたその場で何かを踏んだらしく、少し驚いた様子で左の前足を持ち上げ地面に目をやった。何かの破片で怪我をしたのかとヒヤリとしたが、砂が落ち姿を見せたのが大きな真珠だと判って胸を撫で下ろした。初めて目にしたものに好奇心が湧いたらしく、前足で転がしたり臭いを嗅いだりして観察し始めたシルヴァディを見やっているとあの頃を、孤独を埋めようともがいていた頃が思い出されてきた。そういえばまだヌルだったころ、初めて外の世界の地面を踏んだ時は今の何倍も驚いていた。長いことラボの冷たくて硬い床以外の地面を知らなかったのに、それとは正反対の熱く柔らかい感触がしたのだから無理もなかっただろうけれど。
――だが、今は。シルヴァディはグラジオにも見せようと思い立ったのか、鼻先で足元に真珠を押しやってくる。プレサンスはニコニコしながら見守ってくれていて、アシレーヌもシンクロするかのよに楽しげに鳴く。孤独はもう過去に置いてきた、広い世界で悪くない関係といえる人々にも巡り会えた。しかしプレサンスとは、プレサンスとだけは、悪くない関係でい続けるだけでは満足できそうにない。仲良しなどというレベルで終わりたくなどない。彼女の心を、他でもない自分だけが埋め尽くしたい。シルヴァディの仕草も愛おしいし、プレサンスにもっと近づくその一歩をこうして今踏み出せたのだという実感もあいまって自然と頬が緩んだ。
「グラジオ、よく笑うようになったよね」
「そうか?ビッケにも前と雰囲気が変わったと言われたが」
「うん…」
プレサンスはその時続けて小さく「かっこいい」と言ったのだ。しかしその言葉はグラジオの耳に届くことはなかった。踏まれた砂が立てるザリ、という音と。
「よう」
そして、背後から投げられた気だるげな声がかき消したからだ。
「「クチナシさん?」」
「元気かよ?」
グラジオもプレサンスも同時にその声の主に思い至り振り名前を呼びながら振り返る。果たしてそこにはやはりクチナシの姿があった。いつか会った時とは服装が違い、今日は水色と白のボーダーシャツにハーフパンツ型の水着だ。サンダルだけがいつもと同じもので、砂を踏みながらのそりのそりと二人の方へ近づいて来る。
…おい待て。グラジオは叫び出したくなった。なんでよりによって今あのおっさんと出くわすハメになるんだ!それにオレたちのことは放っておけばいいだろうにどうして寄って来るんだ!出で立ちからしてパトロールの線はなさそうだから非番なのかもしれないが、だからといってなぜ。そんな一人悶々とするグラジオをよそにプレサンスとクチナシは。
「この裏海岸いいところですね、教えてくれてありがとうございます!やっぱり島のことはしまキングに訊いて大正解でしたっ」
「そんなに褒められたらテレちゃうっての、なんも出ねえぞ」
口でこそそう言うものの、クチナシはプレサンスにお礼を言われて満更でもないといったふうにニッと笑みを浮かべて応える。グラジオはいい気になっている闖入者をありったけの怒りを込めてキッと睨んでやったが、軽く往なされただけでまるで効いている様子がない。その時「いいとこ教えてもらったんだ」「しまキングに訊くのが一番」…先ほどまでのプレサンスの言葉が思い出されてきて合点がいった。誰に教えてもらったのかは明かさなかったが、この海岸のことを教えたのはクチナシに違いない。邪魔者に感謝なんかするんじゃなかった、と歯噛みした。おまけに自分を差し置いて親しげに話しているものだからシャクに障るどころの話ではない。これだけ打ち解けているということは、もしや食事がどうのこうのという話は噂ではなく本当だったのか?オレの知らないところで…!二人きりのはずだった時間が台無しにされたうえに、意中の相手はライバルと楽しそうにしている。こんな光景を目の前でまざまざと見せつけられては嫉妬を覚えずにいられるはずがない。何より彼女は気づいていないようだが、クチナシの目は油断ならないギラギラした光を湛えてプレサンスをなぞっているではないか。あの邪な眼、排除せねばな…!グラジオは湧いてきた衝動に突き動かされるまま二人に割って入った。
「プレサンス、アシレーヌも連れて少し向こうに行っててくれ。少しこのおっさ…いや、クチナシさんと話がある」
「え?なんで…」
「どうしてもだ!いいから!」
プレサンスは話を突然中断させられ困惑した様子でグラジオの方を向いた。どうして解らない、このおっさんから護るためなんだ――そんな思いを込めてもう一度強く促した。
だが、冷静さを欠いたまま言ったのがよくなかったのだろう。
「…わかった。あっちにいるね…アシレーヌ、行こ」
まずい。グラジオはハッとした。プレサンスの表情はたちまち曇り始め、その様子はヒートアップしていた彼に冷水を浴びせた。誘っておいて今の仕打ちはいくらなんでもないだろう、これではただの八つ当たりだ…そう思ったがもはや後の祭り。彼女はクチナシに軽く会釈すると、しょんぼりしたように項垂れたままパートナーを促して力ない足取りで遠ざかっていく。たちまち焦りがこみ上げてきたが今更どうしようもない。シルヴァディが傍らでオロオロしたようにグラジオとプレサンスたちの方とを交互に見ている。巻き込んですまない、という意味を込めて一撫でしてからボールへ戻した。あまりこうした場面は見せたくない。
…本当に何してやがる、オレ。おっさんから少しでも早く引き離したかったのは確かだが、それなら適当なタイミングを見計らってプレサンスを連れて離れればよかったはずだ。そうすればいいところを、なぜ最悪の言い方と方法で…今度は嫉妬からではなく自己嫌悪から来る苦い気持ちに苛まれ始めてしまい、紛らわそうとクチナシを見据えると視線がかち合った。
「で、話ってのは?言っとくがおれはあんちゃん相手にするシュミはないのよ」
「オレもそんな趣味はない。何の用だ」
「おいおいつれねーな、とんだご挨拶だ。せっかくあんちゃんの恋路を応援しに来たってのによ」
「邪魔しに来たの間違いだろう」
和やかという表現が全く似合わない会話を続けながらプレサンスの視線を背中に感じて振り向く。レジャーシートを敷いていた場所に戻っていた彼女と一瞬目が合ったもののスッと逸らされ、そしてそのままアシレーヌの首元に寄りかかるように顔を埋めたのでグラジオの視線は完全にシャットアウトされてしまった。あれは完全に拗ねている。傷つけてしまったのに帰ることなくまだここに留まってくれているだけどれほどいいか…でも、近くにいるのにこんなにも遠い。衝動に突き動かされたとはいえ、何が悲しくてようやく会えたプレサンスを放り出して恋敵と話なんか始めてしまったのだろう。しかもその間にクチナシの意識と視線は次第に明らかに別の方向へ、もっと言えばグラジオの頭越しにプレサンスの方へ向いているような…。
「それにしてもよ、なかなか出るトコ出てるじゃねえか。欲を言えばもうちょいとじっくり近くで見たかったんだがな」
「な…プレサンスをそんな目で見るな!」
「カタいこと言わないでほしいねえ。穴場のデートスポットを教えた礼にかわいこちゃんの水着姿拝むくらい構わねえだろ」
やっぱりそういうことが目的か、この油断ならないおっさんめ!グラジオは顔を顰めた。何が恋路を応援しに来た、だ。そもそもそっちが声を掛けてさえこなければこんなことには――。
と、クチナシは先ほどまでの揶揄うような雰囲気を引っ込めおもむろに口を開いた。
「プレサンスがおれとメシ食ってる時に何話すのか知りたくねえかい?」
「…いや」
「まあ聞きなって」
「オレは知りたいとも知りたくないとも言っていない」
吐き捨てるように答えて、早くプレサンスに謝りに行こうと踵を返しかけた時だった。
「口を開けばあんちゃんのこと話してるぜ、プレサンスは」
「オレの…?」
「そ。仲良しでもないし悪くない関係だって言われたって気にしててよ。私はグラジオのこと好きなのに、恋愛したいって思われないのかな…だとかな」
思わず引き留められたグラジオは、告げられた話をポカンとしながら半信半疑で聞いた。声真似が似ていないのはこの際置いておくとして。プレサンスが…プレサンスも、オレのことを…好き…?本当なのか?このおっさん、もしやいい年をしてオレをかつぐつもりじゃないだろうな?だがクチナシからは嘘を吐いていそうな雰囲気が微塵も感じられないのだ。その間にも話は続く。
「この間なんかあんちゃんにデートに誘われたから、ウラウラの穴場なら裏海岸がいいって教わったしそこに行こうって言ったんです…って大喜びで報告してきてよ」
「…」
「何もこんなおじさん捕まえて話すことじゃねえだろうとは思うけどよ、あれほどのかわいこちゃん目の前にしたらどうでもよくなっちまうわな」
つまり、だ。プレサンスもグラジオのことを想っていて、その相談とやらをクチナシとの食事の時に持ちかけていて…ということか。プレサンスが恋敵を頼ってそういった話をしていたことは面白くない。だが、それ以上に彼女の気持ちが目の前の恋敵ではなく自分に向いていたことを知って嬉しく思わずにはいられなかった。
「ほら」
クチナシが顎をしゃくった――その方を見れば、プレサンスはまだそこにいる。
「向こうに行ってくれって言われて素直に聞いて、しかもまだ帰らずにいる。…健気だねえ。それくらいあんちゃんにホの字なんだ、大事にしてやらなくてどうするよ?」
「…解っている」
押しつけがましいことや決めつけるようなことは言わず、結論を出すのは相手に委ねる。クチナシのそんな物言いは普段と同じようでいて、だがその実“泣かしたら許さない”という言外のプレッシャーがひしひしと感じられた。
「これまで何度おじさんにしなよ、本気だよって言いそうになったか。…妬けるねぇ」
零した一言には、余裕を装っても隠し切れない悔しさが微かに、でも確かに滲んでいた。しかしグラジオは、クチナシがその程度で退くような男ではないと解っていた。そうそう簡単に諦めたりなどしないだろうとも。
その予感は、見事に当たった。
「だがよ、さっきみたく寂しがらせてばっかりいるようじゃ」
再び戻った眼光の鋭さに一瞬怯むグラジオを真正面から見て、クチナシは宣言した――いや、宣戦布告した。
「おれがさらっちゃうぜ」
あの目は、本気だ――。グラジオは気圧されまいと恋敵の真紅の目を見つめ返した。二人は少しそのままの状態でいたが、やがて余裕の表れなのかクチナシが先に視線を外して、海岸の出入り口へと歩みを進め始めた。
“忠告は有難く受け取る。だが、プレサンスを射止めるのはオレだからな”
グラジオはそんな思いを抱きながらその背中に一瞥をくれてやる。去っていく背中はいつも通り猫背だ。けれど視線を受けつつもその背は“うかうかしてたら知らねえぞ”と、妙に力強い返事をして遠ざかっていった。



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