キャンディひと粒で


何十分か前に勢いよく降り出したにわか雨は、今しがたようやく止んだばかりだった。早くも立ち込め始めた草いきれが鼻をつく。ともかくこれでフィールドワークが再開できるだろう。

途端に吹き始めた風に流されていく雲の隙間から見えてくる太陽の光は、雨宿りをしていた樹も照らし始めていて、雨が上がったばかりの分なおさら眩しく感じられた。太陽は雨に押しやられている間、あとでその分も照ってみせるぞなんて考えたりするのだろうか。

そんなことを考えながら横にいるプレサンスの方を向くと、ちょうど今日で何個目かのキャンディを口に放ったところだった。

「プレサンス、晴れてきたことだしそろそろ行かないか」
「はーい」

彼女もわたしのアシスタントの一人だ。それにしてもこうして並んで歩くのはいつぶりだろう。いつもはブランシェ、スパーク、キャンデラの誰かが持ち回りで付いてくるけれど、今日は久々にプレサンスに声を掛けた。アシスタントという立場こそ3人と同じでも、プレサンスもわたしと同じように色々な場所を動き回って実地に調査をするから顔を合わせる機会はあまりない。せいぜい1か月に1回報告に来るときくらいだ。だからこそ「お互いが普段どんなふうにフィールドワークをしているのか知っておくのもいいんじゃないか」と提案したんだ。

……半分は本当、もう半分は二人だけになるための口実といったところだけれどね。

わたしは……そう、プレサンスを憎からず思っているよ。おそらくプレサンスはまだわたしのことを“そういう”対象には見てくれていないだろうけれど。とはいえ何も努力をしていないわけではない。例えばほら、プレサンスが今おいしそうに味わっているキャンディとかね。

誰だっていいと想う相手の喜ぶ顔は見たいもの、ついでに良い印象を与えたいものだ。それには何か好きなものをあげればいいのは解っていた。でもあまり豪勢なものをあげたところで不自然に思われてしまう。ストレートに好みを訊くのもあからさますぎる……。

悩みを抱えていたそんな時、ヒントをくれたのはキャンディだった。ある時報告に来たプレサンスは、わたしが端末の操作をする間の時間つぶしのつもりだったのか、ポケモンにアメを与え始めてね。そうしながら「美味しそうだねえ、どんな味がするんだろ」なんてちょっと羨ましそうに呟いたんだ。

その様子を横目で見てわたしは閃いたんだ。キャンディくらいなら重くないし――心理的にも財布にも――負担にならないかもしれないぞ、と。すぐに少しいいキャンディを取り寄せて、プレサンスが来た時にさり気なく渡したんだ。年甲斐もなく心臓がバクバクいったものだよ。

だが幸いなことに、プレサンスはとても喜んでくれた。よく日焼けした顔が嬉しそうに綻んだ時はとても嬉しかった。

「どれにしようかな、っと……コレにきめた!」
「ほどほどにしておかないと虫歯になってしまうぞ」

彼女がポケットを探ってまた取り出したところをたしなめた。相当気に入ったらしく、それ以来フィールドワークに出る時は何個も持っていくようになったんだ。口をもごもごさせながら美味しそうに味わう様子が、その、何とも愛らしいもので。結局見逃してしまうんだ――と。

「そういえばウィロー博士」
「ん?」

あとで捨てるつもりなのか、プレサンスは虹が描かれた包み紙を服のポケットにしまって話しかけてきた。キャンディで膨れた頬まで可愛らしいと思ってしまうなんて相当参っているだろうね。

「今思い出したんですけど、最近見たことないポケモンが出るって噂になってるんです!見た人みんな雨上がりの空に七色に光りながら飛んでいく鳥ポケモンだっていうんですよ。図鑑もデータなしって表示されるだけで認識できないみたいなんですけど、今日このお天気ならひょっとして見られたりするかもです!」
「それは興味深い。この世界にはまだ知られざるポケモンがいるのだろうね」
「絶対見逃せないですね。それにしてもその点キャンディっていいですよねえ、ポケモン探しながら手軽に食べられてしかも美味しいんですもん。だから食べちゃうんですよお」
「そうだね」

そう、とてもいいものだ。プレサンスの言う「いい」と、わたしの言う「いい」の意味合いは違うけれど、顔には仕方がないなという苦笑いを浮かべながら心の中で力強く頷く。何と言っても、キャンディ一粒でプレサンスがそうして喜んでくれるのだからね。



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