願い事が届くとき


ホクラニ天文台の正面入口の扉を押し開けて外に出れば、仕事が長引いた分いつも以上に纏わりついていた冷気ともようやくサヨナラだ。それを引き剥がすようにプレサンスは早足で何歩か進み、後ろを振り返るように空を仰ぎ見れば。

「わあ……!」

北の空には、見事な天の川。思わず見惚れて溜息をこぼした。本物の河だったら氾濫しているといっていいほど広く、長く、大きく広がっている。あちらこちらに散らばっている星は、さしずめ飛沫といったところか。

アローラ地方は、世界で一番星の観測に向いているといってもいい。何せこの地方から全く見えない星座はたったの3つしかない。星は条件さえ揃えば何も今日だけでなく時期を問わず見えるけれど、やっぱり七夕の今日の星空はまた格別だ。

今夜の天気がどうなるか心配だったけど晴れてよかった、プレサンスの口元はほころぶ。正直、これを直に目の当たりにできただけこの地方に赴任した価値が大いにあったというものだ。昨日はポータウンあたりの雨雲がこの辺りにまで少し遠出をしていたが、彼女にとってはありがたいことに長居するつもりはなかったらしい。去年も順調に行けばここで見られたはずだったのに、出発が遅れたばかりに一番よく見える時期を逃して悔しい思いをした。それだけに喜びもひとしおで、バスを待ちがてらじっくり見ていこうとすぐさま決めた。

念のためナッシーバスが来る時間を確かめようと一旦腕時計に視線を落とせば、まだ時間があることが判った。それに何より予定通りには来ないだろうしね、とプレサンスは一人頷く。アローラののんびりとした風土がそうさせるのかは知らないが、交通機関のダイヤはあっても当てにならないものだということにはもう慣れてしまった。行く前にはあれこれ不安だったし来てしばらくも驚くことの連続だったのに、いつの間にか当たり前のことになっちゃうものなんだなあ。そう振り返りながら、バス停の近くにあるベンチに腰を下ろした。

寛ぐならポケモンセンターがいいのは解っていても、足が向かない理由は二つ。まず、寒すぎる。慣れることもあれば無理なこともあるもの、それがプレサンスにとっては寒がりを克服できないことだった。

プレサンスは生まれも育ちもホウエン地方はトクサネシティだが、わりと南に位置している街だから暑いのには強いほうではある。ただ、アローラ地方は屋外の気温が高いのは同じとして、室内はどこもかしこもホウエン地方以上に冷房が効きすぎているのだ。

そして、屋内が寒いのは天文台だって例外ではない。気温がどうのというよりも精密機械がたくさんあるので仕方がないが、仕事中は白衣の下にカーディガンを羽織らないと耐えられないし、ブランケットだって手放せずにいるのだ、仕事が終わった今同じ思いはもうしたくなかった。ここは山頂だから屋外も涼しいくらい。それでも容赦なく吹き付ける人工的な冷たい風に晒されるよりはマシだ。

そしてもう一つの理由は、何より屋内に入ると空が良く見えないから。仕事柄というだけでなく、個人的にも星への興味と好奇心は尽きないし、暇さえあればついつい眺めていたくなる。おあつらえ向きなことにベンチは北向き、観察もしやすいときている。バスが来ればすぐに気が付く距離だから乗りそびれることもない。上を向くと首が鳴った。人工の灯りが少ない分、ここで目にする星空は自宅のあるマリエシティよりもずっと良く見えて、光は疲れ目にすうっと沁みてくる。

星は、空は、いいものだ。すごくロマンがある。プレサンスはホクラニ天文台の広報室の電話相談スタッフだ。研究をしつつ天体や暦、天文現象に関することの問い合わせに答えるのが主な仕事だが、つくづく天職だと感じている。データブックや彗星の軌道計算を行うディスプレイと一日睨めっこして目が疲れても、冷えや肩こりに悩まされても、好きなことを追い求められるのだから。

それにしても今年も会えないかなあ、ジラーチ。首の後ろに手をやって軽く揉みほぐしながらプレサンスは思う。うちの望遠鏡に映ればいいのに。

そもそも、星に関わる仕事を選んだのはジラーチに会うという子供の頃からの夢があるからだ。今日訊ねられたことも併せて思い出す。幼い男の子からの「ジラーチってほんとうにいますか。どこにいったらあえますか」という緊張気味な声での問いかけ。利発そうな少女からの「ジラーチが目覚める1000年のうちの7日間っていつですか?今日ですか?それとも何百年も前に過ぎちゃいましたか?」という早口での質問……。

方針としては、星や宇宙に関係があるとされるポケモンにまつわる問い合わせにも答えることになっている。ただ、それは例えばピィやゴチルゼルなど、既にある程度研究が進んでいて生態が判っている種族に限っての話だ。幻や伝説とされるポケモンとなると、さすがにわずかな伝承以上のことは把握していないので「こちらでもわかりかねます」と答えるほかはない。

でも――子供の時読んだ絵本には「きよらかな こえで うたを きかせて あげましょう。1000ねんの ねむりから 7にち だけ めを さまします」なんて書いてあったなあ。肝心の、それがいつでどこにいるのかは誰も知らないんだよね……だけどもしかしてもしかすると、いつか会えるかもしれないよ。夢を壊さないような言葉を選んで、遠回しだけれど希望をにじませた「わかりません」を、もちろん電話口ではちゃんとですます調で伝えるくらいは構わないんじゃない?プレサンスは誰に話すでもないけれど呟いた。どこにいるか正確なことは誰も知らない、つまり正解がないならあの星の中にいるかもって思ったっていいよね、勝手に結論付けて本当にそうならいいのにと願った。

長い長い時の中。ほんの一瞬だけ目を覚まして、頭の短冊に書かれたことを叶えてくれるらしいポケモン。小さい頃は純粋にただ会ってみたいだけだった。願い事を聞いてもらいたいわけじゃなかった。

でも大人になった今、もし出会えたら……子供じみてるって笑われるだろうけれど、それでも。

「プレサンス、お疲れ様」
「所長」

物思いは穏やかな声に呼ばれてそこでいったん中断することになった。我に返ればそこには上司のマーレインの姿。プレサンスは声が裏返りそうになるのをなんとか抑えて答える。

「隣いいかな。あとこれ、よかったら」
「あ……はい。ありがとうございます」
「どういたしまして」

何やら飲み物のカップを手渡されたので手を伸ばしたけれど、落とさずに済んだのが不思議なくらいだ。マーレインはプレサンスのぎこちなさにもちろん気が付いてはいたけれど、気にしないふりをして微笑みを返し、彼女の隣に遠すぎず近すぎずの間隔を空けて座った。



それから何分が経っただろう。空はすっかり濃紺に染まり、星々の輝きをますます引き立たせている。本当ならそろそろ到着しているはずのバスはエンジン音すら聞こえてこない。

そして二人の間に漂う空気は、お世辞にも心地よいとは言えない沈黙に包まれていた。

「プレサンスがトクサネシティの宇宙センター付属天文台とうちの天文台の提携事業でアローラに来て……そろそろ1年だね。ホウエン地方とは色々違うこともあって戸惑っただろうけれどどうかな、慣れたかい」
「おかげさまで……」
「それはよかった……マーくんとゲームしようと思ったんだけれどね、今日は解析マシンの改良が調子よく進んでいるからそっちに集中したいって言われて」
「そう、ですか」

これが最後に交わした会話だ。マーレインは、いつもは仕事を終わらせるが早いか従兄弟とゲームに興じるのに、とプレサンスに不思議に思われたかもしれないと先回りしてここにいる理由を話した。けれど彼女が返してきたのは反応の薄い相槌だけ、やり取りをそこから繋げていけず1分と持たなかった。

どうしよう。二人は互いの内心思うことが同じとはつゆ知らず焦りを募らせていた。目線を空に向けたまま、ただ時ばかりが過ぎてゆく。

緊張するなあ……プレサンスは溜息に思われないよう気を付けて、そっと息を吐いた。別にマーレインが大嫌いで隣に座られるのも苦痛、というわけではない、むしろその逆だ。

嬉しいは嬉しいよ。けど。冷やされていた体にぬるいエネココアはありがたくて、とうに飲み干してしまった。まだほんのり温もりの残る空のカップの渕を意味もなく指でなぞっても、隣に彼がいるというだけでプレサンスの胸は高鳴って収まりそうにない。

親しみやすそうなひとでよかった、それがプレサンスがマーレインに対して抱いた第一印象だったし、実際その通りだった。今背を向けているラナキラマウンテンにポケモンリーグができるまでは。

プレサンスはバトルに興味も才能も無い――ついでに言えば恋愛経験も無い――。手持ちは歳の離れた兄に捕まえてもらったマッスグマだけ。アローラリーグが創設されたのはさすがに聞いているが、そうなんだ、ホウエンにもあるけどまあ何かすごいことなんだろうな、そんな遠い世界のことのように感じていた。

だが、ある雨の日。空を眺めていても仕方がないから、普段はほとんど見ないテレビでも久々に見ようかとザッピングをしていた時だ。膝の上でうとうとしているマッスグマを撫でながら、リモコンでスイッチをオンにする。

まず映ったのは、ロイヤルマスクなるプロレスラーが29連勝を達成したとかでインタビューに答えているところだった。が、プレサンスは格闘技にさして興味は無いのですぐに他の番組に替えた。その後も次々と見ていくけれど、マラサダ専門の料理番組やら、カロス地方の伝統ある自転車レースの録画放送やら、ジョウト地方からの移民が多い土地柄故の昔のジョウト地方の時代劇やらも、これといって面白そうではない。

いい加減溜まってる家のことしよう、そう思いながらも指が惰性で動き続けるうちにとうとう最後のチャンネルまで来た。果たして映し出されたのはバトルフィールド。対峙する2人のトレーナーの動きからして、たった今手持ちを繰り出したばかりらしい。

なんだ、バトル専門チャンネル?なら別にいいか。電源をオフにしようとしかけて……振り返れば、あの時すぐに消してしまわなくてよかったと思わずにはいられない。

“さあ始まりましたアローラリーグチャンピオン防衛戦!新たなる挑戦者マーレインははがねタイプの使い手、チャンピオン撃破なるのでしょうかっ!?”
「所長!?」

プレサンスは思わず叫んでしまった(その拍子にマッスグマも驚いて飛び起きてしまった)。

だって、実況中継のアナウンサーが口にしたのはよく知る名前だったのだから。「起こしてごめんね」とマッスグマに謝ってからテレビの画面に目をやれば、そこには同じ名前の別人ではなく、確かに知っているマーレインその人が映っていた。

いや、マーレインであって彼でなかったと表現したほうがいいだろうか。職場で顔を合わせるときの穏やかな印象とはまるで様子が違っていたのだ。バトルにかけては譲れないものがあるのか、熱くなり過ぎず、しかし真剣に熱中しているのが画面越しにも感じ取れて――そういえば他の職員に「所長は元キャプテンだ」と教えてもらったのを思い出した。休憩中、プレサンスにしまめぐりをはじめ、アローラ地方の風習などをかいつまんで説明してくれる中でのことだったけれど「簡単に言えばバトルの実力者ってことだよ」と言われたっけ。でも手合せをする機会はなかったし、ましてチャンピオンに肉薄するほどだったなんて。

……かっこいい、プレサンスはただただそう思った。普段は見せないマーレインの横顔に、どうしようもなく惹きつけられていく。あんなカオするひとなんだ……白熱したバトルを見るとき、人はドキドキするという。でも自分が感じているものはそれとはきっと違うのだと、何故だかはっきり解っていた。

その後は一進一退の攻防が繰り広げられ、プレサンスは時が経つのも忘れて釘付けになったが、手に汗握るバトルはチャンピオンが意地と粘りを見せ競り勝った。でもきっとベストを尽くしたからなのだろう、マーレインは清々しい表情を浮かべていた。その表情も目に焼き付けながら、ああ、さっきのドキドキってこの人のこと好きになったからなんだ、と感じた――。

ただ。画面越しならいいとして、プレサンスはその頃以来マーレイン当人と直接顔を合わせると、何故だかどうしても緊張するようになってしまった。意識するあまり態度がよそよそしくなるだけでなく、言葉や表情まで堅くなってしまうのだ。

もう一度溜息に見せかけないように息を吐く。上司から想い人として見るようになった彼を好きか嫌いかと訊かれたら、もちろん前者に決まっている。

彼女もういるのかな、いないといいな。でもそういえばこの間マリエシティのポケモンセンターで、ピンクと金のメッシュ入れた気の強そうな女の子と何か話してた。あの子と付き合ってるのかなあ……そんな光景を思い出しては悶々としたり、あれ以来マーレインがチャンピオンに挑む時には欠かさずチェックするようになったり。それだけでなく、初めて知った恋心はプレサンスの子供の頃からの夢にまでも影響を与えた。ジラーチに逢いたい、逢ったら所長から告白してほしい……なんて厚かましいのでやめておくとして、せめてぎこちない態度を取ってしまうのをどうにかしたい――そんな願いごとを掛けたいと思うようにまでなったほどに。

でも一体、どうすればいいんだろう。ジラーチに逢う方法も、焦がれる相手の前での上手な振舞い方も、まるで解らないままでいる。彼に抱く感情が恋だということは解っていても。



一方でマーレインもまた、プレサンスが自分のことを思い浮かべている傍らで、何でもないようなふりをしながら吹き出しそうな焦りに必死で蓋をし続けていた。

ポケモンセンターのカフェスペースに飲み物を買いに出た帰りだった。プレサンスが一人でいるのを見て思わず引き返し、彼女の分も購入して勢いで声を掛けたのだ。

こうして隣に収まれたまではいい。でも……何度か横目で見やったプレサンスの横顔は、その度に彼を惹きつけてやまない。

ただ、彼女は星空と熱く見つめ合ったまま一向にこちらを向く気配はない。それなら話し掛けて気を引きたいところだけれど、だからって何て言おう?「遠くの星を見るのもいいけれど、横にいるボクのことも見てくれないかな」とか……いや止そう、キザにもほどがあるね。想像しただけなのに恥ずかしくなってきてしまった。もし口にしようものなら、よくて苦笑いされるか、今以上に距離を置かれるかのどちらかになるだけのはずだ。

マーレインはロズレイティーの入ったカップを口に運びながら、これにいい話題を思いつく成分とか入っていたらな、と思いつつ振り返る。

そもそもいつからだったろう、プレサンスの態度が素っ気ないものになってしまったのは。少なくとも、出会ってからしばらくは今のような感じではなかったというのに……当たり前ではあるが、話しかければちゃんと応えてくれはするのだ、仕事のことはもちろんちょっとした雑談でも。しかし二言三言で終わらせてしまうし、何より知り合って間もない頃と比べて明らかにぎこちないというか、よそよそしいというか。

付き合いが長くなるほど色々な面も見えてくるものだ、その中で何か気に入らないところが見えてきたから接したくないとか。気に障ることを気が付かないうちに言ってしまったから嫌われてしまったとか。目で追うようになった相手に素っ気なくされるのが辛くて、プレサンスの雰囲気が変わったことに気が付いて間もないころは、そんな風に色々と考えては落ち込んだものだった。

しかし最近では、プレサンスが自分のことを好いてはいてもあえて避けているのでは、とも思い始めていた。全くの勘違いというわけではなくて根拠もあるのだ。

だって今はさておき、仕事中にプレサンスからの視線をよく感じるし、すぐに逸らされてしまうけれど何気ない時に目が合うことだって1日に何度もあるのだから。加えて、先日プルメリから言われた言葉もあり、その考えは少しずつ確証へと変わりつつあった。もっとも、そこに至るまでは短くはない道のりだったけれど――マリエシティのポケモンセンターで偶然会い相談を持ちかけたが、その内容が恋愛がらみと知るや呆れ顔になったプルメリは「あたいにウダウダ相談する前にあんたで確かめな、こっちだってチャンピオンに勝ちたいんだから油売ってるヒマなんかありゃしないよ」と踵を返そうとした。

それでも「そこをなんとか」とマーレインが拝み倒せば、結局は渋々ながらも持ち前の面倒見のよさを発揮して最後まで辛抱強く話に付き合ってくれたあとに、プルメリはこう言った。

「それさ、好き避けってやつじゃないの。嫌いなヤツだったら視界にすら入れたくないと思うもんでしょ。そのプレサンスって人から見られててしかも何回も目が合うってんなら可能性としてはあるかもね」

ともかく、もしプレサンスのよそよそしさの原因が、プルメリの推察通り好きなあまりに……というのだったらどんなにいいか。少なくとも嫌われているよりよほどいい。

同じ職場にいるとはいえお互い決して暇ではないし、他の職員の目もあって機を逃してしまっていたけれど、今ここで「そうえいば知り合いの女の子から聞いたんだけどね」と切り出してストレートに確認してしまえば……。

マーレインはそこまで思いかけたが、これもちょっとなあとストップをかけた。まして想い人の前だ、いくら知り合いの一人とはいえ、流石に別の異性のことを話題に出すのは避けた方がいいはず。あれやこれやと思いを巡らせてはみるけれどなかなか踏み出せないなあ、と苦笑いした。

「いいか、まずは絶対に成功させるという思いを込めつつこころのめで相手を見つめる!そしてすてみタックルのごとくアタックだ!いわくだきで砕かれた岩のようになるかもしれないがその時はその時だぜ!」

プレサンスへの想いを自覚したころ、旧友にアドバイスを求めた時に頂戴したありがたいお言葉がふと蘇ってきた。何とも彼らしい表現だが、こころのめで見つめてはみていても砕けるのが怖くて“わざ”を繰り出せずにいるんだよ、だから当たるはずもないんだ……。

もう何度目になるか覚えていないけれど、マーレインはまた横目でプレサンスを盗み見る。彼女は相も変わらず星空に釘付けだ。距離から言えば星の方がずっと遠いのに、恋する相手は隣にいるのに、星よりずっと遠くに感じてしまう。星、か。星になったらプレサンスに見つめてもらえるだろうか、そんなことを思うなんて恋煩いも大概だ。



でも……そうだ!星だ!青天の霹靂ならぬ満天の星空の霹靂だろうか、マーレインは思わず膝を打ちたくなった。どうして今まで思いつかなかったんだろう。「星が大好きすぎて気が付いたら見ちゃってるんですよね」なんてプレサンスはいつか話していたし、そもそもお互い天文学者なんだから星の話題なら乗ってきてくれるんじゃないだろうか!当たり前のことすぎて意識もしなかったけれど、これならもしかするかもしれないぞ……さり気なく深呼吸に見えない深呼吸をして、彼は口を開いた。

「そういえば……ホウエン地方やジョウト地方、あとカントー地方とかでもそうだったかな、今日は星に願い事をする日なんだってね。タナバタっていうんだっけ」
「あ、はい。………詳しいですね」
「ありがとう。星にまつわることは他の地方の風習でも色々調べているんだ」

二人を包む静まり返った空気が何十分かぶりに震えた。故郷と星とに関わることなら食いついてくれるかもしれない、というマーレインの目論見通りにプレサンスは反応してくれたし、緊張も少しだけ和らいだように見える。しかもちゃんとこちらに向き直って――社交辞令とは思いたくない――褒めてくれたという予想外のおまけつき。彼は無性に嬉しくなって、その勢いのまま話を膨らませようと言葉を紡ぐ。

「プレサンスの願い事って何だい?」
「ジラーチに会うことですね」
「へえ……タナバタの伝説に出てくるポケモンだったかな、1000年に1度目を覚ましたときに願い事を叶えてくれるんだよね」

マーレインは相槌を打ちながら内心驚いた。言い淀んだり言葉に詰まったりもせず、即答といっていいくらいの速さで返事が返ってくるとは。はい、と頷いたプレサンスは、そのまま目を輝かせながら怒涛の勢いで話し出す。

「子供の頃からの願い事っていうか夢なんです、ジラーチに逢うの。1000年に1度目を覚ますその時なんて生きてる間に目撃できる保証なんかどこにもなくてそれこそ天文学的に低い確率ですけど、それでも諦めたくなくて。それで、えっと、もしかしたらあの星空の中にいたりしないかななんて思ってて」

つっかえもするが話しぶりは打って変わって滑らかだ。マーレインが頷いてくれるのは嬉しかったが、プレサンスは同時に自分にいら立ちもしていた。ホントはもう1つあるんだけど――きっと彼にとってはどうでもいいことならこうしてつらつら言えるのに、なんで想いは打ち明けられないんだろう……鬱陶しいって思われただろうな、これくらいにしておこう。急に沸き起こって来た気恥ずかしさを振り払いたくて話題を振った。

「じゃあ、所長ならどんなお願いするんですか?」
「ぼく?」

微笑みに隠してこそいたけれど、マーレインも舞い上がったり落胆したりで忙しかった。折角話に乗ってきてくれたうえに好きなことを語るプレサンスが見られたのに、もっと話を続けてほしかったよ……それでも話を振られたからには応えなくては。

願い事、か。……プレサンスに好きだよって伝えること。でもいきなり言われたらきっと驚かせてしまう、最悪こうして話すことももうできなくなるかも。隠すつもりはないんだ、今は伝えられそうにないだけであって……。

「まずはチャンピオンに勝つことだな。挑戦するからにはやっぱり勝ちたいよ。この間はあと一歩まで迫れたんだけれど」
「毎回凄いですよね、所長のエアームドとチャンピオンのジュナイパーのぶつかり合い。所長も熱中してるところが素敵だなあって思いながら見てますよ」
「あ、ありがとう。あとはこれからもマーくんと楽しくゲームができますようにとか、ボックスのシステムがダウンしませんようにとか、かな、うん」

プレサンスが無意識のうちに零した本心に、マーレインは動揺が収まらない。毎回、だって!しかも笑って、素敵だって……!待てよ、チャンピオンの彼のファンだから観戦してるだけかも……そう思う間にまた訪れようとしていた沈黙に、やり取りの息吹は今にも溶けて消えてしまいそう。プレサンスはきっとまた星空に視線を向けてしまうはず……。またあれこれと考えそうになったけれど、彼はそこで思った。

こうして自分の中でモヤモヤを抱えていたって、どうにもならない。ぼくも好きなことを語るプレサンスが、何かに熱中するきみがずっと好だったんだ、だからちゃんと見つめ合いたいんだ。ようやく久々に会話らしい会話ができてプレサンスに向き合えて解った、気持ちをごまかすなんてもう無理なんだ。本当のことを、このまま、いつまで経っても伝えらえれないままなんて嫌だ。砕けるのが怖いなんてもう言ってはいられない、だから――。

「さっき、願い事を1つ言いそびれてたのを思い出してね。聞いてほしいんだ」

あの時の、目。本気の目。プレサンスは好きになった目に見つめられながらの、まっすぐな告白と――そしてきっと信じてはもらえないだろうけれど「ボクのことをしんじてくれるプレサンスのねがいごと、とくべつにかなえてあげるね」という誰のものかもわからない微かな柔らかい声を、その時確かに聞いたのだった。



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