さらけ出して(前)


ヴェラ火山はいつものように白い煙をアーカラ島の晴れ渡る空にたなびかせている。カキは恋人のプレサンスと、火山の裾野にある今日の目的地に向かって歩きながら、幼いころから慣れ親しんできた山を見上げた。頂上の光景は見慣れているけれど、最近はそういえばこうして全体を仰ぎ見ることは意外になかったような気がするな……。

そう思う間に頬に一筋汗が伝う。この辺りはいつもと変わらずじっとりと汗ばむ暑さだ。同じ汗でも踊りで体を動かして流すのならともかく、こうして気温などのせいで滲むのは気持ちのいいものではない。

でも。横目でプレサンスと、それからしっかりと繋がれた自分と彼女の手を見て思う。火山の近くで晴空の下にいるのに加え、お互いの体温も相まって少し汗ばんではいる。なのに、その部分だけなら全く不快ではないのだから不思議だ。一番好きな相手となら嫌ではないものなのだな。ただ、これが――ふと物思いをしそうになったが。

「着いたよ!うわ、すごーい!」

それは一旦中断することにした。目的地に着いて、プレサンスが驚き混じりの歓声を上げたからだ。

二人は今日、今後オープンする予定の高級温泉リゾート施設を訪れていた。カキはヴェラ火山公園を試練の場としている縁で、カヒリから最初のモニターを務めてくれないかと依頼され、プレサンスを連れてきたのだ。

ここはハノハノリゾートホテルの運営会社が、山のリゾートにも手を広げようと開発を進めてきたものだ。火山に近いという立地から安全性を特に重視すること、周辺に棲む野生のポケモンたちとも共存を図り自然を壊さないこと、といった厳しい基準を満たすよう工事が進められ、この間完了したばかりだとか。ヴェラ火山の雄大な姿を眺めつつ、この火山の恵みである温泉を楽しむのはもちろん、地熱を活用した料理を出すレストランや岩盤浴といったものも売りにするそうだ。人間用の施設がメインではあるが、小さいもののポケモン用の温泉もあるし、一流の技術を誇るスタッフによるロミロミを手持ちと一緒に受けることもできる……事前に地図などと一緒に送られてきたパンフレットには、そういったことが載っていた。

「カヒリさんに大感謝だね。でもリゾートのオーナーのお嬢様なのに一番に入んないなんて、ホントにいいのかなあ」
「カロスで念願だった大会に出場することになったので、早く現地で調整に入りたいからとは言っていたが……ともかくそうだな、ありがたく楽しもう」
「うん、せっかくの機会だからマオたちの分まで満喫しちゃお。マオもスイレンも家族旅行楽しんでるといいなあ、ホウちゃんとスイちゃん大はしゃぎしてたしね。ライチさんは原石の買付に行ってるんだっけ」
「ああ。そういえば予定より順調にいったから、今いるヒウンシティの名物アイスを買い込んでホテルで堪能していると連絡があったな。おれたちにも同じものを土産に送ってくれたらしいぞ」
「やったあ!」

10人までなら家族や友人知人を同伴してもよいとのことだったので、カキは最初は自分の家族、プレサンスはもちろんのこと彼女を通してその家族にも、それからマオやスイレンやライチにも声を掛けたのだ。

しかしカキの母は話を聞くなりニッコリ笑って「気持ちはとっても嬉しいけど、プレサンスちゃんとのデートにしちゃったらどう?後はお若い人同士でってやつよ」と言い、父もその横で同じように笑顔でうんうんと頷いていて。プレサンスの両親もほぼ同じ反応だったというし、マオとスイレンには二人ともそれぞれ久々の家族旅行、ライチも本業の関係でイッシュ地方に行く予定があり折角だけれどと言われ、かくして二人だけで赴いたというわけだった。

普通、彼氏が家族や同性の友人ならともかく、共通の友人知人とはいえ異性もそうしたところへ誘ったという話をしたら、ガールフレンドは怒ったり複雑な想いを抱いたりするところかもしれない。

だがプレサンスはそうした素振りを見せないどころか、本当に嬉しそうに「私だったら独り占めしちゃうかもしれないのにカキってば心広いんだからなあ、惚れ直しちゃう」と言ったのだから恋は盲目というべきか。そしてカキもカキで、恋人以外を誘ったことを何の気なく話したその直後、機嫌を損ねてしまうのではと女心には疎くても流石にそう思い至り後の祭りだと焦ったけれど、嫉妬するどころか大らかに構えるプレサンスに惚れ直したのはむしろ彼の方で……。

それはさておき。二人は入口をくぐってスタッフに出迎えられ「気付いた点は遠慮なく意見を寄せてほしい」などの簡単な説明を受けた。

そのあと見送りを受け、水着と手回り品以外のものをロッカーへ預けてから少し奥へ進むと、真新しいタッチパネル式の案内看板がいくつも設置されている一角に着いた。

「どっから行こうか?一口に温泉って言っても色んなコーナーがあるみたいだよ。へえ、【電力の一部は地熱発電で賄われています】、かあ…」

プレサンスはその一つへ近寄るや、早速覗き込みながらもう片方の手で操作をし始める。その横でカキも内容を見てみた。

そうして表示された利用案内によればほとんどが混浴で、中でもヴェラ火山を真正面から見られるガラス張りの展望温泉が一番規模が大きいらしい。他にも豪邸のプール並みの湯船を備えた昔のアローラ王族の豪華な浴室や、これだけは男女別になるがカントー地方の浴場を再現したコーナーなどもあり、様々な雰囲気を楽しめそうだ。

「……【このリゾートの収益の一部は、ヴェラ火山公園周辺の環境保護活動や火山の研究支援等に使われます】……あっごめん待たせちゃって。こういうのってつい読んでみたくなるんだよね」
「いや、大丈夫だ。どのコーナーから回りたい?」

プレサンスがこういうものを隅々まで読むのが好きなのはよく解っているから、カキは別に苛立つことなどない。どれが気に入ったのだろう、そう考えながら彼女の言葉を待った。

だが。

「……あのさ」
「どうした?」

ちょっと眉根を寄せたプレサンスは、珍しく歯切れの悪い口調で話し始めた。

「前々から思ってたけど、さ……カキはどうしたいとかないの?カキに訊いても結局いつも私がああしたいこうしたいって決めてるでしょ、ワガママ言ってばっかで悪いよ。もしかしたら我慢しちゃってない?」
「い、いやそんなことはない、おれはプレサンスのしたい通りにするのがいいと思うんだ。我慢なんてしていないしワガママだと思ったこともないぞ」

カキは先ほど隅に押しやったはずの物思いが、強引に頭の中へしゃしゃり出ようとしてくるのを感じながら、それでもキッパリと疑念を打ち消した。

彼はプレサンスが「どこそこで何をしたい」と望んだら、よほどのことがない限りほぼその通りにしている。別に自分で考えるのが面倒というわけではない。例えばデートをするにしても流行のスポットだとかに詳しくはないので、なまじ自分の方で下手なプランを立てるよりしたいようにしてもらえば満足してくれるだろうと思っているのだが。

「ホントに?」
「本当だ」

カキの目をじっと覗き込んで訊くプレサンスを、真っ直ぐ見つめ返して頷いた。すると数秒ほどして納得してくれたのか、彼女も小さく頷きいつも通りの表情に戻ってくれた。

「ん……そっか。じゃあ離れちゃうのは寂しいけど、まずはカントーのコーナー行ってみたい」
「わかった」
「お父さんがホウエン地方のフエンタウンっていうところに単身赴任してたころに会いに行った時に見たんだけどね、そこのポケモンセンターには温泉があったんだよ」
「うん」
「アローラのポケモンセンターにはカフェスペースがあるでしょ、だからそういう感じであっちのポケモンセンターにはどこも温泉があるのかなって思って調べたけど、ホウエンでもそこだけにしかないんだって」
「そうなのか」
「ただレアなもの見たのはいいけど、入れなかったのがずっと残念でさ。ホウエンもカントーもまあ近いみたいだし、それなら温泉だってきっと似たようなものじゃないかなって」
「うん。そう、かもな」
「じゃ、まずはそこってことで……だけどホントにいいの?また私が決めちゃったから、次はカキが行きたいコーナー選んでよね」
「ああ」

言い合いになりかけたけれど、喧嘩にまで発展せずによかった。カキは胸を撫で下ろしながらプレサンスの話に相槌を打つ。お喋りなほうでもない彼にとって、色々と話題を提供してくれるのはありがたい。それに自分でも単調な返事だとは自覚しているけれど、それに機嫌を損ねずにいてくれることも。

そうして「正式にオープンしたらまた来ようね」とか「レストランの料理にヤドンのしっぽの地熱蒸しとかあったら食べてみたい、普通に蒸したのと味違ったりするのかな」などとプレサンスが話すのを、半ばぼんやりと聞くままに通路を進めば、早くも最初のお目当てに到着だ。

ここからは男女別になり水着に着替えるので、手を離さなくてはいけない。プレサンスは手を離すその直前にはいつも、あたかも今生の別れの時にするかのように名残惜しそうに一段とギュッと力を込めて手を握る。もちろんカキも同じ気持ちだから応えるように同じことをする。

だから今回もそうしてから「じゃあまた後でね」と、プレサンスが女子更衣室入口に下がった長くて赤いカーテンをくぐり、その向こうへと姿を消した。「誰もいないのだから一緒に入ろう」などとは言いださないあたりも好きだ、とカキは思いつつその後姿を見送る。自分たち二人以外の利用客はいないとはいえ、施設のスタッフたちはいるのだ。いかに少しの間だって離れがたいからといって、ルールに反することはできないことぐらいちゃんと弁えている。

それから少しして、カキも男子更衣室入口に下がった青いカーテンをくぐった。そして手早く水着に着替え終えて浴室へ向かいながら、先ほどまでプレサンスとしっかりと繋いでいた手を今度はまじまじと見る。温もりはもう既に消え去ってしまいかけらも感じ取れはしない。火山で炎タイプのポケモンたちと接しているから、そこまで重くないとはいえ火傷の痕がいくつもあって、加えて暇さえあればトーチ棒を触っているせいで豆だらけの、そしておそらく同年代の中でも大きい方に入るだろう自分の手。そして、自分ほどではないが少し日焼けしているのは同じなのに、その点以外は正反対の柔らかくて小さなプレサンスの手。言うまでもなく心地よい。

だが――カキはその感触を思い出しながらも、先ほど交わした会話と、そして到着の前にしそうになっていた物思いとが合わさって、とある悩みに姿を変えたのを感じていた。



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