放ってちゃんにまっしぐら(前)


…今、何時?アラーム鳴った?いつもより早く目が覚めたけど,仮眠明けの寝ぼけた目はベッド横に掛けてある時計をいつもどこだっけって探してしまう。やっと見つけても古ぼけてて表示が薄いから何時なのかもすぐには読み取れない。上半身だけ起こして目を凝らす。えーと,6時7分か…あくびをして眠気を押しやった。いつもならアラームやニャースたちに起こされて半分ぼーっとしたまま起き出すのに…いつもなら。今日は久々に自然と目が覚めて気持ちいい。そういえば仮眠室のドアの向こうにいるニャースたちが起きてる気配がしない。珍しいなあ。いつも仮眠明けに顔を洗うよりも先にまずすることといえば,眠い目をこすりながらこの交番にいるニャースたちに朝ご飯をあげることなんだけど。私が起きる前だろうとお腹が空いたらお構いなしに仮眠室の前でニャーニャー大合唱するんだもん,アラームの鳴る前に起こされるのもザラなんだ。多分あの子たちは私のことは時々クチナシさんに代わってエサくれる人間ぐらいにしか思ってないんだろうし。そんなわけでニャースはそこまで好きじゃないけど,クチナシさんが保護した子たちだからまあいいかって思えてる。これもある意味惚れた弱みなのかな。
それと,あともう一ついつもと違うことが。雨の音があんまり聞こえてこない。今日はいつもより小雨かな?そう思ったけど,窓のところを見てすぐに違うって分かった。
「うそっ晴れてる!?」
思わず叫んじゃった。だってこの辺りはソルガレオに見放されたみたいにいつも雨が降ってばかりなのに、カーテンをすり抜けて陽の光が差し込んでいたんだから。四六時中雨なのにいつからか慣れっこになって,雨音が普段よりしないのはいつもより小雨だからであって晴れてるはずがないって思いこんじゃった。窓辺に近寄ってカーテンをちょっとめくれば,見上げた空には雨雲どころかちぎれ雲一つ見当たらない。ガラス越しとはいえ眩しい光が仮眠明けの目に沁みて顔をしかめたけど,おかげで眠気はきれいさっぱり吹っ飛んだ。うわー,ポー交番に着任して1年ちょっとだけど晴れてるの初めて!常夏のアローラにあるのに陽の光に縁のないこのあたりのお天気がいいと,なんだか別の景色に見えてくる気さえするから不思議。来たばっかりの時は雨音が耳について落ち着かなかったのに,今じゃそれが聞こえなくて晴れてるから落ち着かないなんてね。
そうだ,せっかくだから…カーテンを全開にして窓も開け放して。全身で受ける陽の光とからっとした風が気持ちいい。ニャースたちが起きた時によくする仕草を真似して,目を細めてうーんと伸びをした。

ご飯を急かされなかった分,ちょっとゆっくりめに顔を洗って作って制服に着替えて仮眠室を出ると,ニャースたちがみんな窓際の陽だまりの中で折り重なって寝ているのが見えた。私より一足先に起きたんだろうだけど,お日様の光を浴びようとしてそれぞれのお気に入りの寝床から移動したみたい。寝言みたいにムニャーなんて鳴き声を上げてたり,体が柔らかいから人間にはまず無理な寝相だったり,見てると中々楽しい。クチナシさんが何匹も保護してる理由ちょっと分かるかも。それを横目で見ながら備え付けのミニキッチンに向かった。自分とあの子たちのご飯用意しないとね。
「にゃにゃん!」
ミニキッチンの戸棚からポケモンフーズの箱を手に取ると,私にはようやく聞こえるかどうかの微かな音がカサッとした。それを聞きつけた1匹がパッと目を覚まして足元に駆け寄ってくる。そういえば物音に敏感な子だっけ。つられて他の子たちも起き出してこっちに飛んでくる。フーズの箱を持ってるだけで私の足元は我先にねだってくる子でたちまち大渋滞。えさのちからってすごーい!…なんてね。順番だからねって宥めながら交番のそこかしこに散らばった餌皿にパッケージ通りの分量をきっちり入れて回れば,ようやく私も朝ご飯。コーヒーを淹れるためにヤカンを火にかけて,冷蔵庫に入れておいたカットフルーツとクリームマラサダを取り出した。諸々準備ができてソファに掛けて「いただきます」っていつもクチナシさんがするみたいに言ってから,今日は何をしようか考えながらマラサダを口に運んだ…とはいえ,今日も何もなかった昨日とほぼ同じことの繰り返しになるんだろうなとは思いながら。

念願だった警察官になれて3年目,私はこのポー交番に異動してきた。そしたら,警察学校を卒業してすぐの研修で教官を務めていて,その時から素敵だなって思ってたクチナシさんの直属の部下になれた。この交番には私とクチナシさんだけしかいないから,好きな人に誰よりも近くにいる分想いが募っていくのを止められなくて,でも告白してフラれたら気まずいしで足踏みしてた。ただ,同期の子が異動して1年ちょっとでまた異動になるのを見てから考えが変わった。自分の仕事にはそれが付き物なんだって十分理解してるけど,いつどこへ異動になるか分からないし,辞令が出たらよっぽどの理由がない限り拒否できない。おまけに仕事柄最悪の場合殉職ってこともありうる。もし離れたら次にいつ想いを伝えられるかわからない,しないで後悔するよりダメ元で好きですって伝えよう,そう決意して想いを告げた…ら,なんと受け入れてもらえて,しかも幸い異動にならずに今もポー交番にいられて…そんな感じで,私の警察官ライフは割に順調って言えた。
この交番はスカル団が乗っ取ってたポータウンのすぐ近くにある。前は色々やらかしてくれてたけど,ある時を境にピタッと悪さはしなくなった。とはいえ未だに「俺らもう悪いことなーんもしてないっスカら!」「そーそー!ここにいるだけだもーん文句ありまスカー!?」なんて言って残党が居座っちゃってるから、元々住んでた人もまだスカル団がいるからって敬遠して戻ってこようとしない。私としては事件っていう事件も起こらないのを喜んでいいやら、それともせっかく警察官になれたのにこれっていう仕事がほとんど無いのを悲しめばいいやらで複雑だけど…。
ともかくスカル団が悪さをしなくなった上にそもそもの人口が少ないんだから,そう何か起こったりしなくなるわけで。それにこの辺りはハウオリシティみたいな大都市でも観光地でもないから道を聞いてくる人とか,迷子とか,あとは落し物の届け出もまずないわけで。だから仕事って言ってもニャースのお世話して,時々遊びに来るアセロラちゃんやエーテルハウスの子たちに例えばライドポケモンに関する交通ルールだとかを教えて,でもパトロールはして。とはいえやっぱり特に何もないから,手抜きしてるとしか思われないだろうけど事実だしそれ以外書きようがないので「異常なし」って日報に書くくらい。前はそれなりに忙しかったんだけどな,スカル団への対応。とても二人じゃ手に負えなくなるって判断して,マリエシティの署にも何回か応援を頼んだことだってあった。
ただ最近はその頃がウソみたいに不気味なほど大人しくなった。しばらく前にたった一人で乗り込んだ島めぐり中のトレーナーの子があっという間に負かしちゃったから。何かあった時に備えてクチナシさんと様子を見てはいたけど,あの実力は本当に圧倒的だった。あの後少し経ってから,そのトレーナーの子との大試練を終えたっていうクチナシさんに「スカル団が大人しくなりましたね」って言ったら「あのあんちゃんは連中のボスどころかもおれも負かすほどの実力だったからな。あいつらも到底適わない存在がいて、イキがったって無駄だってことが理解できたからだろうよ」って答えられたけど確かになあって思う。警察の面目って一体…ともちょっと思ったけど,治安が少しでもよくなるきっかけになるならそれそれ,だよね。
ともかくスカル団は今日も大人しくしててくれそうなので良し,その上お天気だから今日のパトロールはずぶ濡れにならなくて済みそうでなおさら良し。それにしてもこのクリームマラサダ美味しいなまた買おう…そう思ってたらカリカリって音がするのに気が付いた。ソファから腰を浮かしてカウンター越しにその方を見ると,ドアを引っ掻いてからこっちを見てくる子と目が合った。その子の餌のお皿はもう綺麗に空っぽだ。
「どうしたの?」
「なーぉ」
その状態のまま問いかけると、その子は施錠したままの状態の入口の鍵の方に目線を向けて,でも鳴き声はこっちに聞こえるように鳴いた。クチナシさんほどじゃないけど短くない時間を同じ場所で過ごしてきた分,少しくらいなら何をしてほしいのかがわかってはきたからちょっと考えてみる。えーと,このちょっと甘えるような鳴き声って何かしてほしい時の声で,それからドアの前にいて鍵の方を見てるってことは…開けてほしいってこと?お天気がお天気だから濡れるのが嫌みたいで普段は外に出たがらないのに。ニャースの手じゃ開けられない作りっていうのもあるけど,昔王族に甘やかされたせいで今でもプライドが高いままのアローラニャースは,無駄かもしれないけどとりあえず自分でやってみてからって発想はそもそもない,自分以外がするものだと思ってる――それもクチナシさんに教えてもらったことの一つだ。私も食事中なんだけどな…ただここに来てすぐ,クチナシさんが見回りに出てた時に同じような状態になったけどどう対処していいか分からないでいたら,痺れを切らしたみたいで結局噛まれて痛い思いをしたことがある。ま、同じ目には遭いたくないししょうがないか。ソファから立ち上がって開錠して扉を開いてあげるとダッと外に飛び出していった。ただその子だけじゃない,他の子たちまでその瞬間を待ってましたとばかりに私の足元をすり抜けるようにして我先に出て行った,と思ったら外の日向に出て…特に仲良しらしい3匹は追いかけっこを始めて,草むらではしゃぎだす子もいて,さっきの子は陽当たりがいい道の隅に丸まってもう寝息を立て始めて。ご飯をねだる時以外であんなに動き回るなんて,ってちょっとびっくりしてその光景を見てた。ああでもそっか、外で思いっきり日向ぼっこしながら遊びたかったのかも。あの子たちにとってもきっと久々のお日様なんだろうしね。じゃあ食べ終わって片付けたら今日も頑張ろうかな,多分することあんまりないけど…。
でもそこでひらめいた。こんなにいい天気だしニャースたちは外に出てるしすることも特にない,それなら大掃除しちゃおうかな。この際だから掃除機は特に念入りにかけよう。あの子たちの前でちょっとでも掃除機使ったら,パニック起こす子がいたり掃除機に喧嘩売り始める子が出たりでもう大変なんだもん。日向ぼっこに出てる間にじっくりやっちゃおう。ソファに戻ってマグカップに残ったコーヒーを啜りながら交番の中を見回して,今日の段取りをあれこれ考える。餌のお皿だけじゃなく人間用の食器もよく洗って消毒して。ベッドのカバーやクッションも洗濯してカーペットと本体は日光消毒しよう。家具や窓の汚れも拭いて,最後に窓を開けて換気。点けっぱなしのパソコンで天気予報を調べてみたけど今日のウラウラ島は全域で晴れ,ピンポイント天気も見たけどポータウンも降水確率は10%だって。絶好の掃除日和じゃない?いつもみたいに雨が吹き込むこともないだろうし。よし、やろう。
…そう思ってソファから立ち上がろうとしたその時だった、交番の玄関扉がパタンと開く音がして。
「ニャースたちはいいよな,他人のこと気にしなくてよ」
その次には聞きなれた気だるげな呟き。間違えるはずがない,その方を向く前に口がその人の名前を呼んでいた。
「クチナシさん,おはようございます!」
「ようプレサンス。おはようさん。珍しいな,あいつら外に出てんのか」
「はい。晴れてるから日向に出たかったみたいです」
「そうかい」
クチナシさんはあの子たちがのびのび遊んでるのを見たからか心なしかご機嫌そう。…そういえば、よく今みたいなことを言ってるけど。トレーナーとポケモンは似るっていうし,ニャースのそういうところに影響されたのかもしれないけど…私としては気にしてほしいことがあるんだよね…。



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