世の中そんなに甘くない(後)


プレサンスはクチナシと恋仲になってから、彼の手の感触が好きなことに気がついた。そして髪を撫でてもらうのはいっとう好きになった。ただ、今日はもう一つ好きなところが増えた――普段はどうにもやる気がなさそうなのに、自分を想うあまりヤキモチを妬いたところだ。つまりそれほど愛されてる、って思っていいんだよね?最初はビックリしたけど…でも、そういうところも好き。そう思いながら話を続けた。
「えっと…クチナシさんへのお菓子作り終わってラッピングも終わってテレビ見ながら休憩してたら、生放送の番組だったんだけど、ハウオリショッピングモールに入ってるお気に入りのブティックが、今日バレンタインセールやってるって言ってて」
「うん」
「最近防衛戦が多くてお買い物に行きたくてもなかなか行けなかったし時間もあると思ったし、せっかくだから何かいいものないかなって、ちょっと覗いてすぐ帰るつもりでお財布と鍵だけ持って出かけたの。だから遅くなるとか連絡できなかったの、ごめんなさい…」
「なるほどな」
「そしたら行く途中でハウと会ってチョコマボサダもらって。そのすぐ後に、あの一番大きい花束持ったイリマさんが、ボクは諦めませんよっていう一言だけ言ってあれ渡してすぐ行っちゃって…」
プレサンスの視線が紙袋からはみ出んばかりにひときわ大きな花束に向くので、それを追ってクチナシもその方を向いた。果たしてそこには【この想いは変わらず】と洒落た手書きの文字で書かれたカードが添えられている。
「とりあえずお買い物が済んでお店出たら、マーレインさんに会ったの。今夜新しくオープンするレストランでディナーでもどうですかって誘われて…せっかくだけど、でもクチナシさんとの約束があるしどう傷つけずに断ろうかって悩んでたら、アーカラ島のキャプテンの3人も通りかかって。カキさんがマオちゃんの食堂でいきのいいチョコレートパフェの踊り食いを披露するのでぜひ今すぐコニコシティに行きましょう、ってスイレンちゃんが言うから、面白そうだし行こうかなって…あ、でもカキさんは慌ててたけど。なんでかな」
「そうかい」
クチナシはプレサンスの話に合わせて、それぞれがどんな人物だったのか記憶の糸を手繰り寄せながら話を聞いていた。しまキングともなればひとまずは他の島のキャプテンやリーグに挑む実力者たちについても親しいとまでは言えないが顔と名前、使うタイプくらいなら知っているのだ。だがプレサンスが話すにつれてまた眉間にしわが寄る。ハウってのはハラのだんなの孫だったか、プレサンスが前々からよく名前出してるんだよな。イリマの贈り方は気障だがしつこくない分却って印象に残るのかもしれない。しかしマーレインが、なあ…クチナシにとっては思いもよらないダークホースの出現といえた。あのひょろっこいあんちゃん、ゲームに夢中だと思って安心してたってのにちゃっかりプレサンスに声かけてたのか。頼むからいつも通り天文台のあたりで大人しくやっててくれよ。それに、スイレンってのは確かカイオーガがどうしたとか真顔でホラ吹く水のねえちゃんだろ?マオって草のねえちゃんや炎のあんちゃん…カキって言ったか。あいつら仲がいいらしいし実は裏で手結んであれこれうまいこと言って誘い出して、なんやかんやであのあんちゃんとプレサンスをイイ雰囲気にしようとしてたんじゃねえか?そんな誘いに乗ろうとするなんて…いや、そもそもいきのいいチョコレートパフェの踊り食いって一体なんなんだ?そりゃ気になっちまうよな…そう思っている間にも話は続く。
「…でもそこにいきなりグズマさんが乱入してきて、エネココアを腹がブッ壊れるほど奢ってやるって言われた直後にどこか連れていかれそうになったし…あと、グラジオまでなんでだか来て止めてはくれたんだけど、すぐ後に来たザオボーさんと競争するみたいに同時にメッセージカード突き付けて来て、しかも受け取るまでここを動かないって言いだして…さすがにどうしたらいいんだろって思った…」
「…まあ、なんだ。とんだオフになったんだってことはよく分かった」
ふぅ、と息をつく。今日のことを振り返るにつれて疲れを増していくばかりのようだ。ポンポンと頭を撫でてやった。
「それでなんとかみんなを落ち着かせてせっかくだけどって断って、あとプレゼント受け取ったりして…そしたら周りで見てた人たちまで自分も自分も、って色々渡してきて、その相手してたら約束の時間ギリギリになっちゃって、慌ててカイリキーに荷物持ってもらって帰ってきたの。ショッピングモールの警備員さんたちも大変だっただろうし、他のお客さんにも迷惑だったかも。はあ、悪いことしちゃった…」
「そっか。でもそうして相手を無下にしないうえに思いやれるってのはすげえな。その優しさに惹かれちゃうんだろうなあ、そいつらみんな。おじさんもだけどな」
「えへへ…」
しかし――クチナシの言葉に顔を上げて照れ笑いを見せはしたけれど、今日のことを振り返りおえた彼女は急に小さく見えた。細い肩に初代チャンピオンの重責を背負ってはいるが、プレサンスはまだ10代。ただでさえちょっとしたことでも注目され騒がれることがどれだけのストレスになるだろう。買い物くらい自由にしたっていいだろうになあ。急に気の毒になってきた。でも、そこでプレサンスを狙う悪い虫がついてもいいのかと訊かれたら話は別で。しかしだからといって家から出るなと言い付けて、プレサンスの自由を奪って。それで何になる?そもそもそんなことを強制する権利が自分にあるわけがない。こうしてそばで受け止めてやることはできるかもしれない。だが、それしかできないのか。歯がゆさに思わず唇をかんだ。
――あと、気になることがもう一つ。
「そういやママさんはどうしたよ?お出かけか?」
プレサンスの家を訪ねる度にごゆっくり、と含み笑いを浮かべて出迎える彼女の母の姿が見当たらないのを思い出して急に気になったのだ。そして、思わず忘れそうになっていた今日の密かな、そして最大の目標を遂げるためにも、ここにいてくれない方が好都合だからどこにいるのか確かめる意味でも。落ち込みから立ち直ってきたのか、プレサンスは疲れた表情を引っ込めいつもの明るさで答えた。
「そ、久しぶりにカントーに帰ってるの。実は明後日が結婚記念日でしかも結婚20周年だから、パパにプロポーズされた思い出のところに旅行に行くって」
「! …そりゃあ何よりだ」
自分がなさんとしていることがプレサンスの口から出て、思わず反応が遅れた。
「この日だけは毎年夫婦水入らずで過ごすから私はお留守番なんだよね。小っちゃいときは親戚のところに預けられたりして寂しかったけど、どこでディナーするとかこんなプレゼントもらったのとか大はしゃぎしてるママ見るとすごく羨ましい。私もいつかあんなふうに何年経っても仲良しな夫婦になりたいなあ。そうだ今日流れ星降ってるでしょ、お願いしたら叶うかな?」
「…その夢、遠くないうちに叶えてやっから。ちょっと待ってな」
「へ?あ、ようやくプレゼントくれるの?やった!ねえねえ早く早くっ」
「ああ」
よし、今だ。話の流れに乗っかってやるしかねえ。クチナシは普段の動作からは想像もできない速さでベッドから立ち上がりプレサンスの前に向き直った。あまりの早業にプレサンスはきょとんとしていたが、お待ちかねのものをくれるのかと思い至ったらしくその顔がぱあっと明るくなる。そうだよ、プレゼントだ。ほかでもない、永遠の愛を捧げる証を。

クチナシはプレサンスと恋仲になって以来不安が拭えなかった。島めぐりの最中に出会いまあ何だかんだで恋仲になったはいい。ククイが選びぬいた実力者たちをあっという間に下して、若くしてチャンピオンになって。
だが彼女は成長するにしたがって実力を伸ばすだけでなく本当に美しくなるばかり。生来の人柄も色々な経験の中で磨かれて、更に強く周りを惹きつけてやまなくなった。当然言い寄る男も数知れず、となるのは必然ではないか。このままではいつかっさらわれてしまうか分かったものではない。事実チャンピオンに就任して以来人気は高まる一方だし、それは今日の出来事がはっきり証明しているのだから。こりゃはっきりさせとかねえとダメだな。優しくて、悪く言えば鈍くて、でもそんな欠点だって丸ごと愛しいプレサンスに、伝えるべきことを伝える時がついに来たようだ。やっぱりこれだけは男から言わせてほしいもんだからな…よし。ゴクリと喉が鳴った。心臓は先ほどから早鐘のように鳴りどおしだ。柄にもなく緊張しているのがはっきり見て取れるに違いない。いつになく真剣なクチナシの様子に気圧されたのか、プレサンスもいつものおしゃべりぶりはどこへやら、彼が次の言葉を紡ぐのを緊張した面持ちで待っている。このままだんまりというわけにはいかない、これを伝えてこそなのだ。ままよ――スッ。膝をついて。
「愛してる。結婚、してくれ」
ついに直球の告白とともに、プレサンスを独占する証――婚約指輪を、そっと差し出した。一粒ダイヤがあしらわれ、その台座には表からは見えないところにさり気なくアクZのクリスタルに刻まれた紋と同じ意匠を彫刻したものだ。最初に今年のバレンタインには指輪を贈ろうと思い立った時は、エンゲージリングの意味を込めるつもりはなかった。隙あらばあわよくば、と狙う連中が増えるだろうからそれを避けるためのものぐらいに思っていた。しかし後から閃いたのだ。これ以上プレサンスに他の野郎が近づくのは耐えられない。それならいっそ、これを贈ると同時にプロポーズしてしまい自分だけのひとだと知らしめてしまえばいいと思い至ったのだ。その選択が間違いではなかったと、今ならはっきりと言える。
「え…う、うん!」
「受け入れてくれるか?…なら嵌めてやっから。左手出してくれ」
「う…うん…っ、ふええ」
プレサンスはたちまち顔をくしゃくしゃにして大粒の涙をボロボロとこぼし始めた。
「一生外したら駄目だぞ?」
「…っ、そんなわけっ、うう〜」
「泣くなよ、べっぴんさんが台無しだ」
「だ、って…ゆめ、みたいでっ!わたしの、こと、そんなに、すきなんだって、うれしくてっ…ね、クチナシさん、っ」
「どうした?」
「…っ、ひっく、す、すき!だいすき、っ!」
「そりゃあ嬉しいねえ。勿論おじさんも、だぜ?」
残念でした、ってな。プレサンスはおじさんのなの。お前さんたちの恋が実るほど世の中そんなに甘くねえの。ここにはいない数多い恋敵たちに向けて勝利宣言をしながら、指輪を嵌めた薬指にキスをした。そしてそんな二人の空間の外では、その瞬間に流星群が爆発的に流れ始めた――生涯続いていくだろう幸せの道を一緒に歩み始めた二人を祝福する花火を打ち上げているかのように。

数か月後。『チャンピオン婚約を発表!!お相手はウラウラ島しまキング!!』『アローラに衝撃走る!数年越しの歳の差熱愛ついに実る!?』
プレサンスとクチナシが婚約したことを発表するや、アローラ中はそんな大ニュースで持ち切りとなり。そしてしばらくはそこかしこで、ある者は悔しがりまたある者は悲しみにくれ、しかし別のある者はこれで諦めてなるものか、この次こそは自分がプレサンスと…というように、かえって野望に燃える男たちの姿が見られたとか。



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